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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年2月号

障害の理解をいかに進めるか
~司法分野の現状と課題

佐藤彰一

1 ルールが違う

障害のある人も、障害のない人と同様に、地域生活をしていれば、他の人とのトラブルに遭遇する。ところが地域社会に張り巡らされている法的ルールは、障害のない人たちが障害のない人の生活を念頭において作っていることが多い。そのため障害のある人が、トラブルに巻き込まれた場合、自分とは違う世界、いわば外国でトラブルに遭遇したような困難を経験する。

トラブルの中には障害のある人が「被害者」と位置づけられるものもあるが(各種消費生活被害など)、「加害者」と位置づけられるものもある。しかし、この被害者・加害者という区別は、障害のない人の世界での分類であって、障害のある人にとっては、加害者・被害者そのどちらにカテゴライズされてもトラブルはトラブルである。また触法事例が刑事事件として立件された場合がニュース報道で多くなっているが、民事の請求事件も、裁判にならないものを含めて増えつつあるように思う。

2 消費生活トラブルについて(「せめぎあい」と信頼獲得合戦)

知的障害・発達障害をもつ人々の消費生活トラブルは増えているといわれている。被害類型としては、サラ金・クレジット関係、キャッチセールス、宝石・絵画・学習教材などの高額商品購入、携帯の使用・貸与、なかにはゲームやCDの無計画な購入、結婚、美容に関わる被害もある。独居の在宅障害者の場合には、リフォーム詐欺の被害にあうこともある。要するに、被害の類型としては、障害のない人が遭遇するものと異なるところがない。

だが、トラブルの予防と解決をめぐっては、被害認識が薄く、事実関係の詳細も分からず、極端な場合、だれに騙されているのかも分からないなど、本人も支援者も困惑することが多い。

そこで、障害のある人の生活感覚の形成が重要だといわれている。生活感覚の形成には、周囲には無駄遣いと見えてもご本人には自分の生活についての自己決定である「愚行権」の許容や金銭管理をめぐって「せめぎあい」が繰り返されることになる。そして、そのような「せめぎあい」は、基本的な信頼関係がなければ、成り立たない。悪質事業者の介入や、「悪い」友人・知人の誘いに対抗して、この信頼関係を形成・維持するのは、非常に困難な作業である。そこで、直接の支援者の周囲あるいは後方にさらなる支援者(たとえば行政や法律家)が連携していることが必要だし、この「遠い」支援者は、前記のせめぎあいや信頼獲得合戦が、障害のある本人と直接の支援者の間で持続・展開されていることを、理解している必要がある。

本人の借金を支援者や家族が肩代わりしたり、本人の預貯金などの管理財産から勝手に払ったりして、当面のトラブルを表面的に解消することは、一時的にはトラブル対応として成果を上げるが、本人の生活感覚が形成されないことと、事業者や周囲からおいしいターゲットと刻印され、トラブルリピーターを生みやすい。しかも、肩代わりした支援者や家族が疲れ果てたうえに、過剰な感謝要求(これほどまで世話をしているのに……)や過剰な失望感(裏切られた・もう顔もみたくない)を抱いて支援の感情的な打ち切りと、本人の生活破壊をもたらすことがある。

これは、「せめぎあい」の欠如と信頼獲得合戦の敗北を意味するが、そのことで困るのは、結局ご本人である。民事では深刻な多重債務者になることがあるし、刑事事件に発展することもある。深刻な司法問題を引き起こした事例の背後には、こうした支援の失敗があることを司法関係者は認識すべきだし、支援者の側にも自己理解が必要である。

3 「加害」事例

暴行、窃盗、放火、痴漢、言葉だけをみれば重大犯罪である。しかし障害のある方がこれらの犯罪に関与した事例は、社会実態としてみれば些細なケースであることが多い。わずか数10円を盗んで累犯加重の懲役実刑を受ける人がいる。自分の住んでいるアパートの押入れに火をつけて(押入れの近くのものを取るため)懲役2年半の実刑判決を受けた人がいる。

刑事事件とならない場合であっても損害の賠償請求を受けることは非常に多く、しかも請求額が過大になることと、「被害者」が匿名性を帯びる傾向がある。障害者のトラブルの相手の人は、たとえ悪意のない人であっても、普通の対応をしない。「気持ち悪い」ということである。障害のある人が被告となる民事・刑事のいずれの事件も世間は「奇妙」に見る。そしてそれが捜査段階やトラブル対応の初期段階から、事後の訴訟段階まで含めて、障害のある人の司法手続上の困難をまったく無視した経緯が展開される誘引になる。言葉のない自閉症者を長時間にわたって取り調べて黙秘していると判断するなど、その典型である。司法のバリアフリー、この実現へ向けて関係者の不断の努力が必要である。

4 不幸な出逢いを、さらに不幸にしないために

音楽会やスポーツ大会などの各種イベントで障害のある人とない人が触れ合うことは楽しい。しかし、トラブルをきっかけに互いに関わりを持つことは不幸である。この不幸な出逢いをさらに不幸にしない工夫が必要である。

以下、紙幅の関係で、項目だけを挙げておこう。(1)謝罪や交渉の手法を蓄える。(2)裁判以外の解決の場を考える。(3)障害関係者と法律家を交えた権利擁護の知見の共有化。(4)障害のある人にとって平凡な日常生活のデータを一般にも理解してもらうデータの集積。(5)成年後見の「適切」な利用。

(さとうしょういち 法政大学・弁護士)