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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年8月号

わがまちの障害福祉計画 岩手県宮古市

岩手県宮古市長 熊坂義裕氏に聞く
住民の絆とセーフティネットの構築

聞き手:樫本修(宮城県リハビリテーション支援センター所長、本誌編集同人)


岩手県宮古市基礎データ

◆面積:696.82平方キロメートル
◆人口:57,874人(2008年4月現在)
◆障害者の状況:(2008年4月現在)
身体障害者手帳所持者 2,317人
(知的障害者)療育手帳所持者 419人
精神障害者保健福祉手帳所持者 339人
◆宮古市の概況:
宮古市、田老町、新里村が合併して新宮古市となる。市の9割を森林が占め豊かな自然環境を誇る。海岸線は陸中海岸国立公園として浄土ヶ浜の白い岩や奇岩の景勝地は観光名所。宮古型MBO(Management By Objects)で合併後の効率的な行政組織を運営している。2007年6月「宮古市自治基本条例」を制定し、市民協働に向けた積極的な市政を推進している。携帯電話に使うコネクター・金型企業の出荷額は世界有数のシェア。
◆問い合わせ:
〒027―8501 宮古市新川町2―1
宮古市保健福祉部福祉課
TEL 0193―62―2111(代) FAX 0193―62―7422

▼宮古市は2005年6月に合併により新宮古市として生まれ変わったとお聞きしましたが、市の特色や魅力についてお聞かせください。

宮古市は本州最東端に位置し、太平洋から昇る太陽を迎え、緑深き森北上山地から流れる川が大海にそそぐ、森・川・海とひとが共生する安らぎのまちです。明治以降、多くの津波災害犠牲者を出した歴史的な経緯があることから住民同士の絆が強く、協働の精神のもとに福祉のまちとして多くの独自の施策を展開してきました。

▼住民の絆が強いということをどのように実感しておられますか。

盛岡市から約100キロ、列車、車でも2時間近くかかります。樫本先生も遠いと思われたでしょう。しかし中央から遠いということは逆にまとまりやすいという利点もあります。住民同士の絆は非常に強く、これは宮古市の宝だと私は思っています。住民には問題は自分たちの地域で自分たちで解決しようという意識が高く、医療も学校もこの地域でほぼ完結しています。反対に完結できていないと困るんです。「何かあればすぐ盛岡まで」という訳にはいきません。そういう地域の特性がありますので福祉施策を進める上でも非常にやりやすく、市民と行政が非常に近い関係と実感しています。

▼障害のある人たちが地域で生活すること、地域生活支援について市長のお考えをお聞かせください。

人は必ず病気になり障害をもち、やがて死にます。また、いつどこで災害や事故に遭遇するか分かりません。病気や障害のある隣人は自分の将来の姿なのです。いざという時のために、国民のだれもが安心できるセーフティネットを構築することこそが国の最大の使命であり、同様に地域住民の安心と安全を保障することが自治体の最大の責務であると考えています。

また、道路を整備してまちをバリアフリーにするということだけでなく、障害のある人自身に「ここにいていいんだ、安心して宮古で暮らしていきたい、自分の役割があるんだ」という意識をもってもらうことが大切です。

▼障害者も含め地域住民が安心して暮らせるまちづくり、いわゆるセーフティネットの構築が重要というお考えですが、具体的にどのように進めていくのでしょうか。

住民の健康を守るということが安心して暮らせるまちづくりの基本です。そのためには、自治体病院が地域のセーフティネットの役割を担います。県立宮古病院の医師確保には岩手医科大学をはじめ各方面にお願いして何とか来ていただけるよう努力しています。また、4月1日に住民の安心、安全のためにデジタル防災行政無線局を開所しました。約3000人の災害時要援護者を消防署も把握し市とネットワーク化されています。国内最先端のシステムだと関係者から太鼓判をいただきました。今後は圏域の他の地区もデジタル化する予定です。

▼宮古市の今年の重点目標の一つが子育て支援と伺っていますが。

お産を扱う岩手県内の産婦人科医は50人をきり全国34番目、また全国で小児科医が一番足りないのも岩手県です。宮古地区では年間750件くらいのお産があります。市内には開業の先生も含めてお産を扱う産婦人科医が5人、小児科専門医が5人いらっしゃるので他の地域に比べて比較的恵まれているかと思います。小児科医、産科医の不在が全国的にも問題となっていますが、地域で安心して子どもを産める環境をつくることもセーフティネットであり、少子化対策、子育て支援はまちの活性化につながります。子どもや親同士の交流の場である「つどいの広場」は、買い物のついでに気軽に立ち寄れるように大型ショッピングセンターの中にあります。

▼地域自立支援協議会を含む圏域の地域支援体制はかなりしっかりした組織になっていますね。

平成15年に官民協働のネットワーク「宮古圏域障がい者福祉推進ネット」、通称レインボーネットを設立し地域福祉の推進に努めてきました。末広町商店街の空き店舗を活用して「はあとふる広場」を開設し、作業所の製品や野菜などの販売、視覚障害者によるマッサージ等を行い、身体障害と精神障害のある人を中心に、自分たちでローテーションを組み毎日4~5人で運営しています。2階は障害者同士の交流スペースとなっています。広いスペースを有効利用して市民も共に参加して楽しめるような企画を考えているようです。

19年4月に宮古地区地域生活支援事業として宮古圏域の5市町村(宮古市・山田町・岩泉町・田野畑村・川井村=総人口95,539人、20年4月1日現在)が共同委託し、宮古圏域障害者支援センター「はあとふるセンターみやこ」がオープンしました。元産婦人科医院の建物(3階建て)を改築して駅から歩いて10分と便利なところにあります。レインボーネットの事務局や自立支援協議会の事務局もここにあります。ここでは障害のある方が地域で自立した生活をしていくための総合的な相談や支援を行う拠点機関として、就労、居住、制度、教育などに関する情報の提供や権利擁護の援助を行っています。また、(社福)若竹会が運営する就労移行支援や生活介護を行う多機能事業所「すきっぷ」、ホームヘルプサービス、デイサービスもここで行っています。平成19年度の相談件数は延べ3,921件で前年度より560件も増えています。

自立支援協議会では、県振興局や5市町村の担当者も熱心で会議の出席率は大変良いです。その中の相談支援部会では処遇困難事例のケース検討、地域生活支援調整会議では福祉施設入所や精神科病院入院中で地域生活が可能な方の支援計画策定やマニュアル策定などを行ってきました。

▼障害者の就労支援をしている市長さんもファンのカレー専門店があると聞きましたが。

鳥もと「カリー亭」といいます(本号「列島縦断ネットワーキング」参照)。平成7年に市内で焼き鳥屋を経営する小幡勉さん、佳子さんご夫妻が、宮古市立養護学校(現在は県立)の3人の卒業生を作業実習生として受け入れたのがきっかけで作ったお店です。知的障害のある人の自立を支援し、彼らだけで独立したお店を持たせ、養護学校や入所施設を出た彼らが売り上げの利益で寮母さんを雇い、共同生活をしながらお店を切り盛りしています。知的障害のある4人が調理から接客、会計まですべてこなし、順調に経営を続けています。

▼他の就労状況はいかがですか。

平成14年に宮古地区チャレンジド就業・生活支援センター(県の委託事業)を開設して、基礎訓練から職場実習、就職先の開拓、職場定着支援、離職後の支援等を行っています。19年度は193人の方を支援し、27人が就職しました。残念ながら離職してしまった方の支援にも力を入れ再就職に結びついた方もいます。また圏域と大槌町、釜石市を合わせた就労支援の協力事業所は204か所に上っています。いわゆる法定雇用率にカウントされない56人以下の小さい事業所が多いので数値には反映されませんが、圏域の障害者雇用率は1.33%で前年度と比較して0.17ポイント上昇しています。官民協働がうまくいっている証しと自負しています。

▼最後に今後の障害者施策における抱負をお聞かせください。

宮古市でも障害の重度化、高齢化が進み、障害福祉サービスを必要とする障害のある方は増加傾向にあります。障害福祉施策のさらなる充実の必要性を感じていますが、まずは国の制度がしっかりしてもらわないといけない。市町村はその枠組みの中で限られた財源でしか動けないというジレンマがあります。人件費削減や住民の意識改革など自治体で努力できることはしていますが、現在の国の施策は、自治体と国民への負担増が目につきます。私も国の審議会委員をいくつか引き受けており、今後も必要なことは発言していきたい。そして、市民の理解を得ながら、地域と行政及び関係機関が協力して障害福祉施策に取り組んでいきたいと思います。

障害は個性です。障害のある人もない人も、共に地域で安心して暮らせる社会を実現するため市長としてできることは最大限やっていきたいと思っています。特に、宮古圏域を対象とした相談支援や地域生活移行支援施策はさらに充実していく必要があると考えています。


(インタビューを終えて)

内科医師でもある熊坂市長さんの活動スタイルは、現場から学ぶ、障害のある方から学ぶという医師のスタイルが基本となっており、それが障害のある方の声を大切にする宮古市の障害福祉施策に現れていると感じられました。「はあとふる広場」を覗くとお話のとおり、車や人通りが多い道に面し、小さな店舗が並ぶ駅前の商店街の一角にありました。周囲の商店とまったく違和感がなく地域に溶け込んでいる雰囲気でした。宮古市は、住民の固い絆と市長さんの唱えるセーフティネットに守られ、障害のある人たちが住み馴れた地域で安心して当たり前のように暮らせる、働けるということに全力を傾けています。今後も国にもの申す市長として障害者施策を推進してくれることを期待しています。今度は知的障害の方が当たり前のように働く「カリー亭」の美味を目的にまた訪れてみたいと思わせたまち、それが宮古市でした。