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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年10月号

特別支援教育の課題
~教育相談と支援研究の立場から~

井上雅彦

はじめに

平成19年の文部科学省の「特別支援教育の推進について(通知)」によれば、「特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒への教育にとどまらず、障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ様々な人々が生き生きと活躍できる共生社会の形成の基礎となるものであり、我が国の現在及び将来の社会にとって重要な意味を持っている。」としている。この中で示されている特別支援教育の理念は、その対象が「障害」と診断された子どもだけにとどまらず、特別な教育的ニーズを持った子どもたちすべてに対して適用されうるという方向に拡大してきていることを示している。

特別支援教育が本格的に施行されて1年半になるが、本論では限られた紙面ではあるが、その課題をいくつかに絞って筆者の考えるところを述べてみたい。

環境側の評価

ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類)による障害モデルでは、社会的不利益の原因として、個人因子だけでなく環境因子を規定し、その相互作用によって個人の活動が制約を受けたり、社会参加の制限が生じていくとしている。これに対し、文部科学省によって示されたガイドラインや各都道府県等が作成している指針では、担任教師による気づきと第一段階スクリーニング→校内の特別支援教育コーディネーターの協力による評価→専門家チームによる評価→医療機関による診断、というプロセスのいずれかの段階で必要な支援が提供されるというのがもっとも標準的な流れとして位置づけられている。この流れでは、子どもの側の能力的な評価や診断は十分になされるであろうが、危惧されるのが“子どもの困難性はどのような教育的環境や支援の中で生じているか?”という点の評価が軽視されがちであるということである。

たとえば就学指導委員会や就学相談、加配の配置を決定する会議などで、子どもの診断名とIQやプロフィール、問題となる行動などが提示されたとしても、それらの困難性が現在、どのような支援の手だてを行っている中で生じているのか、あるいは支援の手だてがない中で生じているのかによって対応はまったく変わってくる。特別支援の取り組みを行っていない学級や学校から子どもが追いやられたり、逆に手厚い支援がついたりといったことのないよう、どのような支援を行っていて、どのような困難性が生じているのかという環境要因を評価の中で具体的に記述することが必要となる。

連携の促進と情報共有

発達障害児の支援については、一人ひとりの状態に合わせた幼児期から成人期までの連続した一貫した支援の流れが必要である。特別支援教育という学校教育の枠組みの中では、1.小学校への就学時、2.小学校から中学校へ、3.中学校から高校へ、4.さらには大学へといった学校間の移行と、5.学年間の移行に関する連携の問題を克服していく必要がある。

1の就学時連携の課題に関しては、各地域の幼稚園(公立・私立)・保育所(公立・私立・無認可)の数や割合によって実情が異なるが、一般的に、就学時に就学指導委員会に情報があがってくる場合と、委員会にあがってこないが特別な支援ニーズがある場合を分けて考えてみる。後者は園がニーズに気づいていないか、親と園との関係が崩れているか、親が相談を拒否している場合などである。前者に関しては、個別の(教育)支援計画があがってくるはずであり、それをもとに連携をすすめるということであるが、後者の場合は、小学校側が実態把握ができないまま就学を迎えると、クラス編成や4月からの支援の配置などにバランスを欠き、学級経営にも支障を来す場合もある。

就学前の機関に所属している場合、特に幼稚園の場合は、「指導要録」の中に特別なニーズをより具体的に記載することが必要である。保育園(所)の場合はこのような制度はなく、無認可園や在宅の場合では、実態把握はさらに困難である。

兵庫県加古川市では2007年度から就学相談と「すこやかアンケート」を併用実施するというシステムを実施している。このアンケートは、就学前検診の時に保護者に対して行うもので、「登下校に不安がある」「持ち物管理が難しい」「読み書きなどに不安がある」「休み時間など見守りが必要」など、親から見た支援ニーズについて評価するようになっている。特別支援教育コーディネーターによる就学相談にもつなげられるようにすることで、就学前のニーズの把握の一つの手段として注目される。

2の小中学校連携は、ともに市町村立ということで本来連携しやすい環境にあるが、小学校側がどのような情報を出すべきかという基準と中学校側が利用したい情報、保護者が伝達してほしい情報の間に差が生じやすい。これらを懇談や学校訪問などによって克服する必要がある。学習上・行動上のニーズだけでなく不登校やいじめ、対人関係での配慮点、ケースによっては、保護者連携のポイントなども重要な情報となる。

今後、小中学校段階での特別支援教育で支援を受けた学生が入学してくることを考えると、3や4の充実は大きな課題である。進路先の選択範囲が広くなると、学校だけでは把握しきれない部分が出てくる。親の会などでの卒業生からの情報収集と情報提供、大学においては、大学間などで発達障害学生支援に対するネットワーク作りを通して保護者や高校にも情報提供していくこと、また単位取得や生活面への支援だけでなく、就職課などによる卒業後のサポート体制なども課題となる。

5に関しては、保護者が担任が替わるたびに何度も同じことを説明しなければならなかったり、説明しても実施してもらえないことでストレスをためたりといったことが日々起こっている。しかし、一方では個人情報保護法が制定され、学校や公的機関が個人の相談データを管理し、かつ適切に共有することは多くの点で困難があることも事実である。

情報の共有について考える場合、状況に応じて取り扱いの仕方を吟味することが必要になる。井上・真城(2005)は、前述のように保護者が「何度も同じ説明をしないでもすむようにしてほしい」と望んでいるにもかかわらず、なかなかそれがかなわないといったケース、その反対に「これまでの情報を伝えないでほしい」と保護者や本人が望んでいるケース、さらには、保護者や本人と情報を共有することが適切ではないと判断されるケースを想定し、評価の際に、「課題」や「問題」という表現ではなく、学習や行動面における困難を「強める要因」と「軽減する要因」という表現を用いることを提案している。

つまり、「子どもの中にどのような問題があるか」という視点からとらえるのではなく、子どもの現在の状況にどのような要因が関わっているのかを、さまざまな角度からとらえようとすることを重視するということである。また、井上・真城(2005)は、さまざまな情報を「共有しなければならない情報」「共有した方がよい情報」「共有しない方がよい情報」「共有してはいけない情報」などに吟味しておくことや、おのおのについて区別した理由を添えて、後日まで情報が「活きている」ようにしておくことが重要であることを指摘している。

いじめ・不登校・行動障害への早期かつ適切な対応のために

平成19年の文部科学省の「特別支援教育の推進について(通知)」においても、「特に、いじめや不登校などの生徒指導上の諸問題に対しては、表面に現れた現象のみにとらわれず、その背景に障害が関係している可能性があるか否かなど、幼児児童生徒をめぐる状況に十分留意しつつ慎重に対応する必要があること。そのため、生徒指導担当にあっては、障害についての知識を深めるとともに、特別支援教育コーディネーターをはじめ、養護教諭、スクールカウンセラー等と連携し、当該幼児児童生徒への支援に係る適切な判断や必要な支援を行うことができる体制を平素整えておくことが重要であること。」とされている。

また多くの研究で発達障害といじめ、不登校、生徒指導関係の問題との関連性が指摘されているにもかかわらず、いじめ問題や不登校、生徒指導上の問題は、教育委員会や学校内の校務分掌の中で、独立した部門だけで対応しようとするケースが目立つ。

この現状を解決するためには、校内の委員会やスクールカウンセラーの担当事例としてあげられているいじめや不登校などのケースに対して、発達障害としての支援ニーズを持つか否かを、教師やスクールカウンセラーの勘や思い込みのようなもので判断するのではなく、LDIやADHD-RS、ASSQ、PARSなどのスクリーニング尺度等を利用することで、できるだけ客観的に判断する仕組みをつくることが必要である。

発達障害としての支援ニーズを持つ場合は、いじめに対しては、フラッシュバックや対人的な関わりに対する過敏性への配慮などが必要であるし、不登校であれば、登校できた後の学習や友人関係のフォローが必要となる。

重篤な行動障害、長期の引きこもり、家庭内暴力などのあるケースに関しては、学校だけで対応せず、教育委員会や福祉・医療機関、大学などの専門機関と連携してチームを組むことが必要である。どのようなケースの場合、最低限どこと連携していくかという基準作りも必要である。義務教育の中学3年を過ぎると、公的な教育的支援はほとんど得られなくなる現状から、学校側のより早い連携対応が必要となる。

また、連携はゴールではなく最初の最低限の条件である。連携システムがあったとしても問題の投げ合いでは解決を先延ばしするだけでなく、重大な結果をもたらす可能性があることを、それぞれの関係者が強く意識し進めていく必要がある。

通級指導教室の拡充と専門性の確保

通級指導教室は、小学校の設置数に対して中学校での設置数が圧倒的に少ない。小学校で通級指導を受けていた子どもが、中学校へあがると通級指導が受けられなくなる例は多い。その結果、中学校では個別の指導機会を確保するために、別室登校の子どもたちのいる教室で一緒に学んでいるというケースもある。学習がより高度化・抽象化し、人間関係が複雑化する中学校で通級指導教室の役割は非常に大きい。小学校で通級指導を受け、中学校で通級支援を受けられなかったケースに対する調査を行い、通級指導教室拡充の必要性やあり方を検討する必要がある。

また通級指導教室担当教員一人あたりが担当する子どもの数は、地域や学校によって大きな格差がある。通級のニーズが高い地域では、教師一人が20人の子どもを担当しているという地域もある。一人ひとりに合わせたプログラムや教材を作る時間、スーパーバイズを受けるための時間、学級担任や保護者との連携のための時間などを具体的に確保していく制度を作るようにすべきである。

(いのうえまさひこ 鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学講座)

【参考文献】

・井上雅彦・真城知己(2005)一人ひとりを大切にする特別支援教育であるために『発達103』pp41-51.. ミネルヴァ書房