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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

裁判員制度と視覚障害者
―模擬裁判を通じて見えてきた問題点とその解決に向けての一考察―

大胡田誠

1 はじめに

今年の7月17日と18日の2日間、東京地方裁判所において、視覚障害者が裁判員に加わった場合を想定した模擬裁判が行われた。私は、その模擬裁判を傍聴し、実際に裁判員を経験した視覚障害者の女性からもお話を伺う機会を持つことができた。本稿では、その模擬裁判の際に考えたことなどを中心に、視覚障害者が裁判員に選ばれた場合に問題となる点や求められる支援について考えてみたい。

裁判員裁判は、法律的な文章になじみのない一般人が、供述調書などの証拠書類を読まなくても、その場で検察官、弁護人、被告人や証人の話を聞いて有罪無罪、また有罪だとしたらどのような刑罰が適当であるのかを判断できるように進めていくというのが法曹関係者の共通認識となっているので、視覚的な情報の部分について適切な言葉での説明が行われれば、総じていうならば、日常的に耳からの情報の処理に慣れている視覚障害者にとって、必ずしも健常者よりも不利になるものではない。

確かに、今回の模擬裁判でも、検察側、弁護側とも、視覚的な情報については極力言葉で説明するように心掛け、裁判所も、耳で聞いて分かりにくそうな箇所については積極的に補足説明を行うなど、できる限り健常者の裁判員と視覚障害をもつ裁判員に情報の格差が生じないように配慮していた。この法曹関係者の姿勢は大いに評価すべきである。

しかしながら、実際に模擬裁判を傍聴し、裁判員を経験した視覚障害者の話を聞くにつれて、視覚障害者が健常者と同等の条件で審理・評議に参加するためには、視覚障害をもつ裁判員への支援体制について、もう一歩踏み込んで考えてみる必要があるのではないかと思わざるを得なかった。

具体的に問題だと感じたのは、1.検察側、弁護側から提出された書面類が視覚障害者に分かる形式では提供されなかったこと、2.視覚障害をもつ裁判員を専属でサポートする補助者が配置されていないことの2点であった。以下、それぞれについて述べてみたい。

2 点字資料提供の必要性について

裁判員裁判では、訴訟当事者は、法律家ではない一般の市民に自らの主張を伝えるため、できるだけ分かりやすく、重要なポイントが印象に残るように工夫して冒頭陳述や論告、最終弁論などを行う。そのため、裁判員の理解の助けとなるように、パワーポイントを使ったり、要点をまとめたメモを配布したりしてプレゼンテーションを行う場合が多くなることが考えられる。実際に、前記の模擬裁判の場合も、検察側と弁護側からは、それぞれの主張の要点をまとめたメモが合計10枚程度配布された。しかし、これらについて点訳、音訳資料などが作られることはなかった。やはり、いくら耳からの情報の処理に長けた視覚障害者といっても、初めて接する事件を、耳で聞くだけで理解することは非常に困難であり、手元に検察側、弁護側の主張の骨子などを記載した資料があることが望ましい。

ここで、裁判員裁判において、現実的に点字資料を用意することが可能なのかを考えてみたい。

まず、最終的に6人の裁判員が選出されるのは公判期日当日であるため、裁判員の中に視覚障害者がいることが分かってから準備を始めたのでは間に合わない。そのため、その事件の裁判員候補者の中に視覚障害者が入っていることが分かった時点で準備を始めなければならないが、これは、事前に裁判所に届いている調査票の情報などを使えば必ずしも不可能ではないと思われる。

次に問題になるのが、だれがどのようにして点字資料を作成するのかということである。現在では、自動点訳ソフトと点字プリンターがあれば、点字を知らない者でも、さほど時間をかけずに点字資料を作成することが可能である。そこで、たとえ各地の裁判所でこれらのシステムを整えるのは困難だとしても、全国でどこか1か所、統一的に点訳作業を行う場所を決めておいて(たとえば最高裁判所など)、個々の裁判所から、点訳したい資料のデータをEメールでその場所に送信し、担当者が、これを自動点訳のシステムで点訳して、公判までに郵便でその裁判所に送り届けるといったことは物理的にも可能なのではないだろうか。

3 専属の補助者の必要性について

次に、裁判の期間を通じて、視覚障害をもつ裁判員を専属でサポートする補助者をつけることの必要性について述べる。

まず、一般論として、適切な裁判を行うためには、裁判中、裁判員は、証拠や当事者の主張書面など、知りたい情報に、知りたいときにアクセスし、それを自分の分かる形で記録することが必要である。しかし、初めて裁判に参加し、手続や証拠のイメージを持っていない視覚障害をもつ裁判員が、独力でこれを行うことは極めて困難である。実際に裁判員を経験した視覚障害者も、「やはり、審理の途中で流れを止めて(裁判官や訴訟当事者に)質問をするということはかなり勇気がいることですので、写真や証人などの様子をちょっと聞くことができる人がいたら、もっと安心できたのかもしれませんし、私は点字を使えるから自分でメモが取れますが、もし点字を使うことができない視覚障害者が裁判員になった場合には、メモの補助をしてくれる人は必要なのではないでしょうか」と述べている。

ところで、今回、視覚障害者が参加した模擬裁判は、ことさらに意図されたわけではないはずだが、視覚障害者にとって、最も理解しやすい類(たぐい)の裁判であったと言って差し支えないだろう。なぜなら、視覚的な証拠は、死体に残った傷の位置や形状、死体の発見された状況などの、訴訟当事者からの口頭の説明で容易に理解しやすいものばかりであったからだ。

しかし、裁判員が関与する裁判で取り扱う事件は、このように口頭の説明のみで理解ができるものばかりとは限らない。

私は、以前、ある公園内で被告人と被害者がどのように動いたのかが一つのポイントになっている事件を取り扱った裁判員模擬裁判を傍聴したことがある。この事件では、検察側、弁護側とも、証人として出廷した目撃者に対して、その者が座っていた位置、被告人が動いた道筋、そのときの被害者との位置関係などを、公園の見取り図に書き込ませながら仔細に尋問し、その証言の信用性を吟味した。

私は、最初、なんとか頭の中にイメージを作って聞いていたが、あまりに複雑で、途中からは全く話についていくことができなくなってしまった。そのとき、私のこのような様子を見かねたのか、隣に座っていた知り合いの弁護士が、私の手のひらの上に公園内の様子、人物がどこにいてどのように移動したのかを指で描いてくれた。そうしたところ、私にも、当時の公園内部の状況が、まさに「手に取るように」理解できた。このように、たとえ点図などの資料がなくとも、補助者のアシストを受けることで、視覚障害をもつ裁判員が獲得できる情報は飛躍的に増加するのである。

これは一例に過ぎないが、実際の裁判では、いつ、どんなところで視覚障害者が困難を感じるのかあらかじめすべて予測することは難しい。そのため、その場に応じて、臨機応変に適切なサポートを行うため、ある程度裁判手続に通じた者が、常に身近にスタンバイしていることが望ましいと考える。

4 結びに変えて

紙幅の制限があり本稿では詳しく触れることができないが、視覚障害と裁判員制度を考える上での一つの大きな問題として、裁判員法第14条3号の「心身の故障のため、裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者」という欠格条項の存在がある。

視覚的な証拠が出てこない事件というのはおよそ存在しない以上、もしも、この「著しい支障」の有無が安易に判断されるならば、視覚障害者はすべての事件で裁判員になる資格がないとされてしまう可能性さえある。

しかし、一見「著しい支障」と思われがちなものも、障害者に立ちふさがる社会の多くのバリアがそうであるのと同じように、本人の努力と、理解ある関係者の協力があれば、意外とあっさり乗り越えられる場合が多いのではないだろうか。本稿が、障害当事者や法曹関係者にとって、裁判員制度における視覚障害者への適切な支援のあり方を考えるきっかけとなり、ひいては、「著しい支障」の領域を狭めることにつながっていくとしたら幸いである。

(おおごだまこと 弁護士)

【参考文献】

拙稿「裁判員制度と視覚障害」、月刊『視覚障害―その研究と情報』No243、8月号、2008(視覚障害者支援総合センター)