音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年1月号

列島縦断ネットワーキング【山形】

「玉魂(たまこん)一番星号」で自慢の一品「玉ゴン」をお届けします!

齋藤淳

「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またお願いします」今日も、元気一杯の声がスーパーに響きわたります。

知的障害者が運営する県内初の移動販売事業として、市民活動団体「みちのく屋台こんにゃく道場」は、平成19年12月に山形市で発足しました。

発足した理由は、私が以前寄宿舎指導員として勤めていた、県立の高等養護学校の卒業生数人が、一般就労になじめずに会社を辞めてしまい、自宅待機を余儀なくされているという声を聞いて、彼らに再チャレンジできるような働く場の提供をしたいという思いと、新しいカタチの社会参加型の福祉事業を展開していきたいという気持ちからです。

当初集まったメンバーは6人、全員男性でいろいろな市町村から集まってきました。彼らや保護者とともに、企画会議や商品開発を何度も行い、試行錯誤を繰り返した結果、彼ら自身が中心となって、調理、営業、販売、接客を分担し、自分たちで責任をもって運営していくスタイルの移動販売事業を開始することになりました。社会に自分たちを積極的にアピールするには仕事を待つのではなく、自分たちで新しいものを開拓し作り出すことが必要であると考えました。

移動販売にこだわったのには、大きく3つの目的がありました。第一に、常に地域に出向いて活動することで、住民の方々とごく当たり前に接し、社会の一員として地域住民の方々と共生を図ること。第二に、車両自体が店舗なので店と同じように、礼儀作法や接客マナー、注文に応じた金銭の授受、計算してお釣りを渡すことなど社会で生きていくための力が養えること。そして第三に、移動販売をすることで、市民の方々が私たちの活動を目にする機会が増え、そして同じような障害をもっている子どもの保護者などに、彼らの頑張って働いている姿を見ていただくことで、少しでも自分の子どもに夢や希望を与えることができるのではないかと考えました。

移動販売事業をしていくにあたり、私たちは山形名物の玉コンの販売に取り組むことにしました。山形は日本一のこんにゃく消費県で、中でも玉コンが人気なのです。玉コンとはピンポン玉のような丸いこんにゃくで山形の観光地やイベント、お祭りなどでは、醤油で煮たあつあつの串に刺した玉コンが必ずといっていいほど振る舞われます。ですから玉コンならば、はやりすたりもなく県内外の方にも広くアピールできるのではないかと考えました。

実際自分たちで納得する味を確立すべく、山形でも有名なお店の玉コンを食べては味の研究を続けてきました。かなりの時間を費しましたが、お客様に提供できる味がようやくだせるようになり、毎回作っても味にぶれがなく、同じ味をだせるまでになりました。調理担当の2人はこだわりが強い性格なのでその特性から、一度味を確立したら鬼に金棒です。でも、玉コンだけではオリジナリティーがでないので、みんなでアイデアを持ち寄り、煮玉子と玉コンを一緒に串に刺すことにしました。玉コンと玉子が合体した「玉ゴン」、それから玉子が2個ついた「メガ玉ゴン」の3種類を開発しました。味にはとことんこだわりました。同情心だけで買ってもらっても決して長続きしないので、飽きのこないおいしさ、また食べたくなる味作りを追求しました。

オリジナル3種
図 オリジナル3種拡大図・テキスト

しかし、移動販売事業をするには、保健所の数々の申請をクリアしなければなりませんでした。知的障害者が運営する移動販売車は保健所でも初めてのケースだったこともあり時間はかかりましたが、食品営業に関するすべての資格をクリアし、調理担当の2人も食品衛生責任者の資格を取得しました。

これで、ようやく営業できるかなと思っていたら、実はそこからがスタートでした。営業許可が下りたといっても、出店場所が確保されなければ事業は成り立ちません。まして、実績もなければ名もない団体である私たちですので、市内のスーパーや会社の空き店舗などを探して、出店のお願いをしてきましたが、ほとんどが門前払いでした。本当に試練の連続でした。それでも、県内のイベントをしらみつぶしに調べては主催者側と連絡を取り、出店のお願いをしました。営業担当の2人が頑張ってイベントの仕事をとってきたときには、みんなで抱き合って喜びを共感しあいました。

でも、イベントでの出店だけでは安定した収益にはつながりません。やはりスーパーなどの定期販売をさせてもらえる場所を確保することが一番の課題でしたが、依然としてスーパーの出店はなかなか決まりませんでした。今までに障害者団体と契約したことがない、衛生面の観点から契約できないということが大きな理由でした。しかし私たちは衛生面には何の問題もないし、移動販売車も食品提供においても、保健所からの申請も下りていることを店側にきちんと伝え、諦めずに何度も何度もお願いした結果、私たちの熱意が通じて、あるスーパーに試験的に置いてもらえるようになったのです。食の安全と安心を守るスーパーでの定期販売にこぎつけたことで、大きな自信と勇気につながりました。

スーパー出店当初は、一生懸命さが空回りし、お客様にご迷惑をかけてしまうことがよくありました。声の強弱をつけるのが苦手な接客担当のKさんは、無意識に大声を張り上げていたことで、小さい子どもが泣きだしたり、高齢者の方々がびっくりして耳をふさぐこともありました。また、注文を間違えたり、緊張してお釣りを間違ったこともあります。そんな時、的確にアドバイスや忠告をしてくださったのがお客様だったのです。「もっと小さい声で優しくね」「もう一度計算機で計算してみよう」「いつも元気をもらってるよ」「気持ちいい挨拶だね」「おいしいからまた買いにきたぞ」など、知らず知らずのうちに叱咤激励をいただいていることに気付かされました。そしてその言葉が、彼らのヤル気を起こす原動力につながりました。改めて地域住民すべての方々が彼らのよき理解者であり、よき指導者なのだと感じ、移動販売での活動の意義を再確認できました。

そして彼らも回数を重ねていくうちに、そのスーパーの客層や敷地の大きさから、声の強弱や販売方法を変えたりと、状況に応じた行動ができるようになりました。小さい子が買いに来た際にはしゃがんで渡したり手をひいてくれたりと、思いやりや優しさも育ってきました。

オリジナルの「玉ゴン」の味に魅せられたリピーターの方々も次第に増えてきたことと、スーパーでの実績を買われ、現在5か所のスーパーで毎週定期出店するまでになりました。現在はイベント出店とスーパーでの定期出店に加え、出前配達の3部門で活動しています。

最後に、私は「みちのく屋台こんにゃく道場」は彼らの最終的な就労場所でないと考えています。彼らの最終的目標は、地元に戻り、一般就労につながるような自立した力をここで培い、巣立ってもらうことです。そんな日を夢みて、今日も移動販売車「玉魂一番星号」が、私たちの自慢の一品「玉ゴン」を乗せて、ここ山形から、おいしさと夢をお運びします。

(さいとうじゅん 市民活動団体「みちのく屋台こんにゃく道場」代表)