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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

利用者工賃月額7万円をめざして
―はらから福祉会の取り組み―

武田元

1 はじめに

私は、はらから福祉会の理念は、と聞かれたら、地域で当たり前の暮らしを実現するために(目的)、利用者工賃を月額7万円支給すること(目標)です、と答えることにしている。それはどのように考えても所得保障を抜きにしては、だれもが自分らしい暮らしを実現することは不可能だからである。

はらから福祉会は昨年度(2007年度)を初年度とする、利用者工賃保障5か年計画を立てた。利用者工賃を最低月額7万円にする計画である。なぜ7万円か。それは年金と合わせて13万円~15万円あれば、何とか暮らしていけるだろうという考え方からである。必要な所得をどうすれば獲得することができるかを考え方の基本とした。間違っても障害の程度や種別を基に、可能性の是非を論ずることだけは避けることにした。

2 はらから福祉会5か年計画

利用者工賃月額を毎年1万円ずつ上げて、目標年である2011年には、最低7万円を実現する計画である。

職員に徹底したのは、この目標金額は、現在の利用者を目の前にしてできるかできないかの可能性を論ずるのではなく、どうしたらこの目標金額を達成することができるかを論じてほしいということである。そのために、機会あるたびに、以下の考え方を確認することにしている。

(1)なぜ、工賃保障か

自分を利用者の立場に置いてみる。1か月1万円や2万円の収入で暮らせるのか。障害の重さや対応の困難さを理由にした低工賃は認められない。自分が働く立場だったら当然のことは、障害当事者にとっても当然のことである。

障害福祉関係者の中には、仕事の質や所得の保障と利用者支援を対極に置いて考えようとする人が少なくない。しかし、これは間違いである。

私は利用者工賃の金額は、その施設や施設職員の力量を測るバロメーターだと考えている。私は現場を離れて2年になるが、蔵王すずしろの施設長時代、見学者に言われたのは「ここは障害が軽いんですね」ということである。私はそれをこの上ない褒め言葉だととらえた。なぜならば、同じ利用者を休憩時間に見た見学者は、自分の施設の利用者と何ら変わりない姿をそこに見出すからである。確かな支援は、彼らを一人前の働き手に育て、障害を軽くすら見せるのである。利用者支援は工賃によって具体化するのである。

(2)なぜ、働くことか

働くことの意義は、いまさら言うまでもない。一つには前述した生活の糧を得るためであり、二つ目には社会的な役割分担であり、三つ目には自己実現を図るためである。このことに障害の有無や程度は関係ない。障害を理由に働くことが保障されなかったら、それは人間としての存在そのものが否定されたことになる。この考え方を基に、次の取り組みを行った。

1.仕事の整理をした。

それまでの仕事選定の基準の一つとして、収益性が高いことがあったが、これをより具体的にした。売り上げの30%が人件費に充てられる仕事であるかどうかが規準になった。その結果、品質にこだわるあまり原価が高くなっていたパンの何種類かを製造中止にした。市場価格の変動に翻弄されていたカット野菜も、種類を大幅に削減した。

収益性をクリアした品目については、利用者工賃を賄えるだけの売り上げがあげられるかどうかを基準に整理した。たとえば、利用者定員が30人の施設であれば、2009年度必要な工賃月額は、5万円×30人で150万円である。売り上げの30%が工賃とすれば、売り上げ目標は150万円÷0.3で500万円になる。どんなに収益性が高くても、月の売り上げが100万円程度では不合格となる。この考え方で整理された代表が、豆腐製造である。

これらの過程を経て、はらから福祉会の全施設が取り組む商品作りは、大豆関連商品に特化した。主な施設の主力商品は次の通りである。

○蔵王すずしろ(豆腐、豆乳、ゆば)
○びいんず夢楽多(油揚げ、厚揚げ)
○くりえいと柴田(おからかりんとう、ゆば入りレトルトカレー、レトルト豆乳カルボナーラ)
○えいむ亘理(豆乳、豆乳生キャラメル)
○蕗のとう共同作業所(おからパン、おからラスク)

大豆関連商品とは、原材料として豆腐、豆乳、おからを使うということである。たとえば、パンは小麦粉60に対しておからを40入れたおからパンとして、レトルトカレーでは具材としてゆばを入れることによりゆば入りレトルトカレー、レトルト豆乳カルボナーラはゆばと豆乳を入れることにより、大豆関連商品の仲間入りをさせた。

はらから福祉会の商品は、今、全国に発送している。主なところは障害者施設である。利用者工賃を高くしたいと考える施設に卸売りをするのである。幸い、はらからの豆腐はかなり知名度が高い。この豆腐を核にした販売戦略が、大豆加工商品の開発と製造へとつながった。

世はまさに健康志向の時代。健康に良くておいしいものを、これが大豆関連商品に特化した理由である。

2.民間企業と提携した。

自主製品を大豆加工に特化したので、新商品開発も考えやすくなった。具体的なアイデアも出やすくなった。問題は技術力である。はらからは、過去四半世紀にわたって、下請けをせず自主製品作りに知恵を絞ってきた。失敗もしたが多くのことを学んだ。その一つが民間企業との提携である。民間企業には商品作りに関して、多くの優れた技術、ノウハウがある。はらから福祉会は現在、4社と何らかの提携をしている。

たとえば、ゆば入りトマトカレーはレトルト商品であるが、県内のA社との提携商品である。はらからのゆばが入ったカレーをという構想が実現したのは、A社の福祉に対する思いと理解があったことは確かだが、それだけでは長続きしないと考えている。社会福祉施設が民間企業と対等の立場で(それに近い立場で)付き合うためには、それなりの努力をしなければならない。ゆば入りトマトカレーでは、その証明として当初の製造数を3万食とし、それを4か月で売り切った。

第2弾は、おからパンをB社との提携で商品化したが、やり方は同じである。

3 5か年計画の到達点

5か年計画の2年目の到達点は、残念ながら満足いくものにはならなかった。月額工賃4万円以上を達成できたのは、8か所の本体施設中3か所である。

最大の原因は、各施設の核になる仕事を整理し、製造・販売体制を整えるのに時間がかかってしまったことである。5か年計画3年目である2009年度は、4月から利用者工賃月額最低を4万円に、年度内に5万円を支給する計画である。

4 おわりに

障害者自立支援法は、それ自体の問題点もさることながら、現場の支援力の弱さを浮き彫りにした。はらから福祉会も例外ではない。はらからはこの四半世紀、一貫して仕事の質と所得の保障を追求してきたが、残念ながら、利用者数の増加に質的な面が追い付けないでいる。

はらから福祉会の5か年計画は、この状況から脱皮するための決意表明でもある。利用者総数約300人に、月額最低7万円の工賃を支給する、という計画は、障害当事者にとってみれば当然の願いである。この当然な、ある種ささやかな願いすら実現できないとしたら、私たちに福祉施設職員としての資質はないと、今、自分に言い聞かせている。

見通しはある。結果を出せないでいるのは、利用者の障害の程度や対応の困難さではない。原因はただ一つ、魅力的な仕事を準備できないでいることである。仕事を作り出すのは売る力である。どんなにいい商品を製造しても売り切る力がなければ、それは利用者の仕事にはならない。

はらから福祉会には、大豆加工で評価の高い商品が多い。これをどうしたら多くのみなさんにお届けすることができるのか、これが課題である。5か年計画の残された3年間、このことに力を尽くしたい。

(たけだはじめ 社会福祉法人はらから福祉会理事長)