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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年9月号

仲間として支援者として
聴覚障害をもつ親の育児生活における問題

種池麻祐子

1 はじめに

私は、普段は自立生活センターリングリングで活動しているが、プライベートでは、関西を中心に耳が聞こえない親が集まる場で活動している。

聴覚障害(以下、聴障)者といっても、聴力の程度・聴力を失った時期や環境によって、コミュニケーション(以下、コミ)手段が、手話・口話・筆談等と異なるし、集団コミの経験や、聴者(聞こえる人)と共に過ごした経験により身に付く協調性・社会性がどの程度あるのかも異なる。

現在の聴障児教育は、かつてより良くなってきているが、育児中の聴障をもつ親のほとんどは、情報保障が欠けている状況の中で育った人ばかりだ。子どもの時に、聴者からいつも助けられてきたため『聴者は万能の神様のような存在』だと思い込んだという話もある。これは極端な例だが、しかし、見て分かる情報を選んで決断する経験が少なく受け身的な聴障者、聴者との関わり方に慣れていない聴障者がいることは珍しくない。父母(子どもにとっては祖父母)に子育てを任せっきりの聴障をもつ親も意外と多いと聞いている。それは、情報不足、社会経験の欠如と関係があるのではないだろうか。

2 昔と今

かつて聴障をもつ親は、文章が苦手な人が多く、子どもに通訳をお願いするケースが多かった。それは、聴障をもつ親に問題があったのではない。昔は通訳制度の確立がなかった。社会から多くの偏見や差別を受け、聴者との関係を築くことは簡単なことではなかった。情報不足により子育て方法が分からなかった。一つの要素だけでなく、いろいろな要素が重なってそういう状況になったといえるだろう。

今は、多くの育児書、インターネットにも育児に関する情報が多大にある。ITの普及により連絡が取りやすくなり、昔よりは便利になった。相手や状況に合わせて口話や筆談の手段をとっている聴障者が増えてきた。しかし、口話や筆談ができるからといって、聴親(聞こえる親)との関係がうまくいくのかというと、はじめに述べたようにそうとは限らない。

関西の耳が聞こえない親の集まりでも、近所の付き合い方に戸惑う人が多い。ほかによくみられる悩みは、聞こえる子どもとのコミがうまくいかない。普段は手話で会話しているのに、子どもとは手話で会話しないという親も少なくない。口話を否定する意味ではない。なぜ口話だけと決めて手話は使わないのか。「声で話すのが普通」という常識にとらわれてしまっているからではないだろうか。また、手話で話すのが恥ずかしいという子どももいる。それは、聴障をもつ親自体が原因ではなく、周囲・社会の影響が大きいといわれているそうだ。

3 保育・教育の場での情報保障

次に、情報保障に関して書きたい。手話通訳といえば、聴障者の存在がなければ生まれないものであり、聴障者だけの問題と思われがちだが、本当は手話通訳というのは、聴障者と聴者のかけはし役であるべきだ。聴障者は手話で話しているから通訳を利用する、聞こえる人は声で話しているから通訳を利用している、という意識に改める必要があると考える。

保育施設や学校の行事に聴障をもつ親が参加する時は、教育委員会が責任を持って通訳依頼する地域もある。市が派遣する地域が多いが、通訳制度があるのに、聴障をもつ親に知られてないケースが多いといわれている。保育や教育関係者に、聴障をもつ親がいたら、こういう制度があるということを伝えてほしいと願う。

4 必要な支援について

市区役所の保育課や保健センター・児童相談所等、育児に関する相談窓口の連絡先が電話番号しか表記されない地域が多い。聴障をもつ親でも虐待が起こっても不思議ではないだろうから、絶対にFAX番号も一緒に表記してほしい。耳が聞こえない親の集まりは、さまざまな地域から集まっているため、市町村ごとに分けられている子育て支援事業から支援を受けにくい状況がある。

また、育児相談の専門家なのに、聴障に対する知識不足と理解不足のために、二度と相談できないといった深刻な問題もある。児童相談員や保健師は、聴障をもつ親の育児生活の事情や聴障者の心理を学ぶ研修を受けてほしい。ただ聴障をもつ親の少ない地域もあるので、都道府県レベルの育児相談専門機関が、聴障をもつ親やその子どもの心理にも詳しい専門家を派遣するような仕組みができたらいいのではないだろうか。

それから、地域の子育てサークルを利用したことのある聴障者はごく少ない。子育てサークルへの通訳派遣の認可や、聴障をもつ親も楽しめるような親子遊びプログラム作成の配慮が必要だ。また、聴障者も、聞こえる人の関わり方のスキルや基礎知識(聞こえる世界を知る)を身に付けるために学習する場が必要だと考える。

今はまだまだ試行錯誤の状態であるが、必要な支援や仕組みができるためにはどうすべきか、聞こえない親と一緒に考えていきたいと思っている。

(たねいけまゆこ 自立生活センターリングリング)