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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年11月号

アジアにおける差別禁止法

池原毅和

1 障害者差別禁止法の動き

ADAが制定されてから来年で20年になる。ADAの成立は日本の障害分野の人たちに大きな衝撃を与え、日本でもこのような法律を求める声が巻き起こった。しかし、実際のところADAのような法律は一朝一夕にはできないだろうというと思っていたところ、ADAの成立に大きな役割を果たしたDREDF(Disability Rights Education and Defense Fund)が2000年にADAの10周年を期して行った国際シンポジウムで、障害のある人に対する差別を禁止することを内容とする法律を持っている国が世界で相当な数になっているという報告がなされ、再び大きな衝撃を与えられた。日本が、この分野での世界の動きについていけていなかったということが大きな衝撃であった。

2000年以降、国内でも再び障害者差別禁止法制定に向けた動きが市民・当事者団体や日本弁護士連合会などから活発化していったが、他方、国連では障害者権利条約の策定作業が始まり、2006年12月に障害者権利条約が国連総会で採択されるに至った。日本はまたも世界の動きに後れを取り、国内で障害者差別禁止法を作る前に世界で障害者権利条約が成立することになった。

日本は明治維新以降、アジアの中で西欧近代化を率先して成し遂げた国であるという一定の自負があり、法制度面では西欧近代法をいち早く取り入れた国ということができる。戦後の日本国憲法も20世紀の憲法としては社会権の保障を含めて新しい人権思想を取り込んだ憲法である。しかし、障害のある人に対する法制度については、世界の国々にもアジアの国々にも後れを取っているというのが現状である。お隣の韓国で2007年に障害のある人に対する差別禁止法ができたことは、再々度の衝撃でもあった。

現在、障害者権利条約の批准に向けて国内法の整備が急務となっているが、アジアの国々の状況にも目を向け学び、互いに競い合ってこの分野の法制度を改善していくことはたいへん重要なことである。

2 アジアにおけるさまざまな障害者差別禁止法

ここでは国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の加盟国を対象に見ていくことにする。障害者差別禁止法の分類としては、社会保障給付を中心に定めているもの(社会保障型)と一定の政策目標を定めてそれに向けた努力義務を規定するもの(プログラム型)、それとは異なり、障害のある人に権利を認めるもの(権利保障型)の3つに分類することができる。

社会保障型は障害年金制度などが典型であり、「障害」はその給付の前提となる資格要件として重要性を持つことになる。プログラム型では、リハビリテーションや教育、雇用、バリアフリー化などの政策目標が規定され、国がその実現に努めるべきものとされる。しかし、この法制度では、政策の誤りや問題点を是正させるための権利が障害のある人に与えられはしない。バングラデシュの障害者福祉法(Persons with Disability Welfare Act、2001年)はその代表的な法制度である。

権利保障型は障害のある人の平等権、差別を受けない権利をはじめ基本的人権を保障する法である。従って、差別を受けたり権利を侵害された場合には、障害のある人はその是正を権利として要求できることになる。

香港障害差別禁止条例(the Hong Kong Disability Discrimination Ordinance、1995年)は、権利保障型の法律であるが、障害のある人の差別を受けない権利を保障し、差別を受けた場合には裁判所に訴える方法のほかに香港機会均等委員会(Hong Kong Equal Opportunity Commission)に申し立てをする方法も保障している。同委員会は訴訟の援助のほか自ら訴訟を起こす権限があり、さらに、構造的な差別や不平等が認められるような場合には、委員会自ら調査に乗り出すことも認められている。

フィリピンの障害のある人のマグナカルタ(Magna Carta for Persons with Disabilities、2007年)は、権利保障型に属する。この規定領域も雇用、教育、保健、社会保障、アクセス、政治的権利、当事者組織などにわたってさまざまな生活領域を網羅している。しかし、同法にはプログラム規定もあり、雇用促進やリハビリテーション、教育の領域でいくつかの国の責務などについては、障害のある人の側の権利としての規定ではなく国等の義務としての規定になっている。

フィジーの人権委員会法(Human Rights Commission Act、1999年)は、障害を理由とした差別を禁止しており、雇用、住宅、教育、アクセス、財貨・サービスの提供など広い領域について差別禁止を定めている。また、権利の救済方法として訴訟のほかにフィジー人権委員会への訴えの方法も定めている。

韓国の障害者差別および権利救済等に関する法律(2007年)は、障害者権利条約の規定にも注意を払った優れた差別禁止法になっている。同法は、教育、財貨・サービスの提供、移動、アクセス、司法・行政手続、参政権、性、家庭生活、健康など網羅的にさまざまな生活領域にわたって差別禁止を定めている。また、権利救済の方法としても国家人権委員会に申し立てを行い是正措置を求めることができるほか、差別を理由とする損害賠償訴訟について原告となる障害のある人の立証責任を軽減するなどの工夫も凝らされている。

これに対して、障害のあるインド人法(Indian Persons with Disabilities (Equal Opportunities, Protection of Rights and Full Participation)Act、1995年)では、割り当て雇用や職業訓練所、リハビリテーションサービスなどを実現することを国や自治体に求めているが、その義務に対応する権利が個々の障害のある人に認められているのかは明確ではなく、権利保障型とプログラム型を折衷した規定方法となっている。同法は権利救済機関として、障害のある人のための弁務局(Office of the Chief Commissioner for Persons with Disabilities)を設置し、権利侵害事例の調査権を付与している。

スリランカの障害のある人の権利擁護法(Protection of the Rights of Persons with Disabilities Act、1996年)は、障害のある人の権利を増進させる制度的な枠組みを推進させる規定を置いている。基本的にはプログラム型の法制であるが、雇用と教育における差別禁止、建築物等のアクセス保障については権利規定を定めている。また、同法は障害のある人のための国家評議会(National Council for Persons with Disabilities)を設置し、調査、勧告、啓発などを通じて障害のある人の権利を擁護し増進させることを任務としている。

パキスタンの障害者条例(Disabled Persons’(Employment and Rehabilitation)Ordinance)は、雇用とリハビリテーションの分野で障害のある人の権利を前進させる制度的な枠組みを作ることを主たる目的にし、義務的なものとしては割り当て雇用制度を定めるのみである。同法は障害者リハビリテーション国家評議会(National Council for the Rehabilitation of Disabled Persons)を設置しているが、個別的な権利救済を行う機関ではない。

中国は2008年に障害のある人の保護に関する中国人民法(Law of the People’s Republic of China on the Protection of Persons with Disabilities)を制定した。同法は障害者権利条約を視野に入れた網羅的な法律になっている。同法は障害のある人の尊厳と平等の保障、差別の禁止などについて、障害者権利条約の規定と類似した規定を定めている。また、権利救済の機関についてもやや不明確ではあるが規定を置いている。

ラオス人民民主共和国の障害のある人の権利に関する布告(Decree on the Rights of Persons with Disabilities、2007年)も、障害者権利条約に準拠した網羅的な法律となっている。同法は障害のある人の平等な権利の保障を定めるほかに、国の責務などのプログラム的な規定も定めている。しかし、権利救済の方法として行政的あるいは司法的にどのような方法がとれるのかについては、同法の規定は明確ではない。

タイも2007年に障害のある人のエンパワメント法(Persons with Disabilities Empowerment Act)を制定しているが、同法は基本的にプログラム型の法律である。

マレーシアは2008年に障害のある人の法律(Persons with Disabilities Act)を制定している。同法は障害者権利条約成立後に作られた法律として、障害者権利条約の規定に極めて近い規定を定めている。しかし、権利救済の方法については明確な規定を置いていない。

3 アジアの障害者差別禁止法と日本

以上のように、アジアの国々においても1990年代の半ばころから現在までに、相次いで障害のある人の権利を保障し差別を禁止する法律が出来あがっている。その中には、プログラム型で権利保障が不十分なものもあれば、権利救済の定めが完備していないものもあるが、障害者権利条約が成立することから、各国の国内法の内容も具体的な権利性を認めること、さまざまな生活領域にわたって網羅的かつ個別的に差別禁止と権利保障を定めること、委員会方式の権利救済制度を司法救済のほかに定めることなどの方向が見えてきている。

こうした方向性では、韓国の障害者差別および権利救済等に関する法律は極めて参考になる法律であり、また、中国、ラオス、マレーシアなどの新しい法律も障害者権利条約を積極的に取り込んだ参考になる法律といえる。

日本では、長年、障害問題は福祉領域の問題とされ、障害のある人が平等の権利を訴えるという枠組みで法制度を考えてこなかった。従って、日本の法制度を分類するとすれば、プログラム型ということになり、国や自治体の責務としての規定はあるが障害のある人の側が主語に置かれた権利規定は見られない法制度になっている。また、そのプログラム性から障害のある人が自分の置かれた状況を裁判所に訴え出て司法的に権利救済を受けること、あるいは、そうした手続きを通じて社会を変えていくことも困難な状況に置かれてきたといえる。

しかし、障害者権利条約の成立とその前後にわたるアジア諸国の法制度の改革をみると、プログラムアプローチから権利アプローチへと進化し、さらに、権利アプローチは一般的、包括的な規定の仕方ではなく、生活領域ごとに個別化、細分化し、それが網羅的に差別禁止法にまとめ上げられる方向にあることがわかる。また、伝統的な司法救済の方法だけでなく委員会などの独立機関を創設して、そこでの権利救済が認められる点も新しい動きの中に見えている。

日本では、障害者基本法の総則規定に差別禁止規定に加えて合理的配慮義務の規定を書き込むことなど包括的・一般的な規定の仕方でことを済ませようとする動きもある。しかし、障害のある人の権利と平等性の保障は、個別領域を網羅していく丹念な作業をしなければ、総則的な包括規定だけでは、裁判官や判断機関の裁量の幅が広すぎ、有効な権利救済に結びつかないというのが国際的な認識である。同時に、障害分野について専門性のない裁判官が構成する司法機関による権利救済という方法だけでは十分な権利救済を図ることができないという点も重要であり、障害のある人が加わった委員会のような組織が、権利救済の第一次的な任務を負うことも重要である。

こうした点からすると日本においては、障害者権利条約の批准の条件として総合的かつ網羅的な障害者差別禁止法を作ることが急務である。その法律は障害者権利条約と前記の先進的なアジア諸国の障害者差別禁止法に学び、生活領域別に網羅性のある差別禁止規定と権利救済手続きを持つものとなっていなければならない。

(いけはらよしかず 弁護士・東京アドヴォカシー法律事務所)