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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年11月号

ワールドナウ

ベトナムの障害者と交通事情

伊藤彰人

私は鉄道の駅舎を設計するアーキテクトであり、現在、いくつかの発展途上国の鉄道建設計画に係わっている。途上国における、日本の円借款による鉄道建設事業は多く行われており、ベトナムの鉄道事業も近年、本格的に動き出してきている。鉄道は、交通渋滞緩和対策のみならず、近年の地球温暖化対策や環境への配慮等において優れた交通機関ということもあり、今後も海外鉄道事業は伸びていくものと推測されている。

現在、私はベトナムの交通とバリアフリーに関する研究も行っていることから、ベトナムの障害者と交通事情について少しご紹介したい。

ベトナムの概要

ベトナムは、南北に長く、北の首都ハノイ市と南の商業都市ホーチミン市の2大都市がそれぞれ政治、経済の骨格を成す国である。特にホーチミンは商業都市であり、約635万人(2007年)の人口を持ち、国内最大の都市である。都市の基盤はフランス植民地時代のものであり、途上国といっても都市の骨格は成されている印象がある。街中の道路などは広めであり、都市としての面的広がりも大きい。近年、都市計画も徐々に進みつつあり、郊外には商業施設などのプロジェクトや裕福層のための新地区なども誕生しつつある。

一方ハノイは、人口約329万人(2007年)で、都市の中心に旧市街と呼ばれる街区があり、街の印象は小規模にまとまっているイメージである。しかし、この国の首都であるため、行政的な色合いが強く、都市中心部の周りには行政機関の建物が多く存在しており、昨年、周辺省を合併し、人口600万人を超えたといわれている。また、両都市の気候や人々の気質も相違しているといわれ、対照的な両都市である。

ベトナムの一般交通の現状

ベトナムのバイク交通量の多さは有名である。交差点でバイクの大群が行き交う様は、どんな人でも圧倒される。自転車利用者はごく少数である。自動車は徐々に増えてきているが、やはり4人に1人が所有しているといわれているバイクに圧倒されている。特にホーチミンなどの市内では、近年、道路工事(雨水管工事)と重なって、厳しい交通渋滞を引き起こしている。これらの交通量の増加とともに、近年、特にベトナムの大都市では大気汚染が問題化してきている。市民は排気ガスや空気汚染を気にして、バイク利用者の中には、マスクを装着している人も多い(日焼け防止を兼ねる人もいる)。無論、大気汚染は、交通の要因だけではないが、バイク交通も極めて大きな要因と考えられ、近年では社会的な問題として認識されている。

このようにこの国の市民の交通は、バイク交通量が群を抜いている訳であるが、一般市民が利用する公共交通に限れば、バスがメイン交通といえる。バスは近距離から遠距離まで用意され、本数や運賃についても利便性が高い。ベトナムにおける、公共交通機関の利用率はまだまだ低いが、最近、ハノイでは都市施策によりバスの利用率が高まってきている。しかし、その反面、今度は混雑率の上昇が問題化されてきている。私も今年、ハノイの路線バスを利用したが、すし詰め状態であり、現状において、とても障害者対応できるとは思えない。

鉄道については、この国の鉄道は非近代的である。基本路線は、ハノイとホーチミンをつなぐ統一鉄道であり、ホーチミンにはこの路線の終着駅があるのみである。一方のハノイでは、この路線が市内を貫いてはいるが、その近辺に旅客路線は存在していない。また、その路線は非電化の単線1路線であり、とても近距離交通の役割は果たせていない。ちなみに、ハノイには、中国への国際路線や貨物路線等の複数路線が存在するが、いずれも市民の生活交通にはなり得ていない。

タクシーは、観光客にとっては経済的にも利便性においても極めて利用しやすいといえる。しかし、一般市民にとっては、まだまだ、気軽に利用できる状況にない。従って、一般市民においては、バイクタクシーやシクロなどの利用が考えられるが、シクロは、近年その数を急激に減らし、ほぼ観光用として存在する程度である。また、バイクタクシーの利用人口は定かではないが、基本的には自宅のバイクを利用すると思われる。しかし、視覚障害者の中には便利な交通として利用する人もいる。やはり、市民の主体的な交通手段は、何と言っても自らのバイクなのである。

障害者と交通

私は今年4月、両都市の主要な障害者団体や障害者支援団体、行政、障害者個人等を訪問し、交通利用に関するインタビュー調査を行った。そこで、この国の障害者の交通利用についての概要が把握できた。

ベトナムの障害者の日常における利用頻度の高い公共交通機関は、概していえば、一般市民同様にバスであるといえる。大都市において、バス路線は、路線バスから中長距離バスまで充実しているが、ほとんどのバスは、ノンステップバス等の障害者配慮されているものではない。従って、肢体不自由者や車いす使用者、視覚障害者の乗降は大変である。運転手は運行時間の制約があるため、運転も丁寧とはいえず、十分に停まらず発車したり、停車位置もまちまちのことが多く、障害者の乗降を嫌って無視する場合も多いようである。また、障害者は無料カードを利用できるため、これを嫌う運転手も多いようである。さらに、バスは混み合うことが多く、料金の支払い等についても大変なのである。また、聴覚障害者も文字案内の配慮のない車両に苦労している。ただ、ホーチミンにおいてはノンステップバスが1台導入されているようである。

鉄道については、前述のようにとても近距離を便利に移動できる状況にはない。ハノイの鉄道はあくまで長距離利用のための鉄道である。勿論、駅や車両のバリアフリー化は基本的にされていない。一方、ホーチミンでも同様に、日常利用するための路線ではない。しかし、これらの鉄道は、故郷が遠方にある人や、冠婚葬祭のため他都市・地域に赴く障害者にとっては、ごくたまにでも利用しなくてはならず、低プラットフォームにおけるステップ式の車両の鉄道は、多くの種類の障害者にとって不便極まりないことがわかる。車両内のトイレなども不便さは否めない。駅舎自体は、エントランスにスロープがある駅もあり、チケットも窓口販売のため、先進国の券売機よりも逆に融通が利くようである。また、改札には個別の改札ゲートがあるわけではなく、時間になると駅員により開かれて入場できるタイプであるため、皮肉にも改札についても問題が少ない。しかし、トイレなどは障害者対応になっておらず、それらの不満は大きい。

障害者が日常において多く利用している交通手段は、結局のところ、車いす利用者(下肢不自由者)は三輪バイクや三輪自転車であり、視覚障害者は知人の運転するバイクやバイクタクシーがあげられるようである。ただし、三輪バイクに車いすを積む場合には、自力かサポートが必要である。視覚障害者のバイクの2人乗りも決して安全とはいえず、やはり安全な公共交通機関の整備が求められる。

ベトナムは、建物は古くても都市部の街づくりの基礎ができているため、両都市の街の中心エリアを見た印象では、発展途上国であるという感覚が薄れてしまいがちである。しかし、現実は途上国であり、それ故、良くも悪くも交通機関にも経済が優先されている現状がある。

都市部の歩行環境と建物のバリアフリー化

最近、2大都市の中心部または周辺部では、盛んに歩道の改修が行われている。歩道は障害者にとっても移動ルートの骨幹であるため重要なバリアフリー整備箇所といえる。しかし、歩道の切り下げ部分は基準に則しているものの、視覚障害者誘導用ブロックの十分な設置は行われていない。実は、視覚障害者に関するバリアフリー基準が現在準備中であり、まだ十分対応し切れていないと思われる。ただし、誘導用ブロックをイメージさせるタイルは時折見かけることができる。だが、それほど有効に働いているとは考えられない。

両都市では、歩道に段差があるだけでなく、歩道が広い場合には、バイク置き場を兼ねたり、歩道上の道路側に植樹してあることが極めて多い。特にハノイの旧市街の歩道幅員は狭く、健常者でも歩行しにくい場合が多い。視覚障害者が歩行する際は、歩道を下りて道路の路肩を歩行せざるを得なく、大変危険である。また、両都市は海抜が低く、平坦なため、歩道と建物出入口との間に数段の段差があるのが通常である。しかも、建物規模によって、その段差は大きくなる傾向にあり、建物へのアプローチという基本的なところからのバリアフリー化もこれからの課題といえよう。

さらに、建物自体のバリアフリー化に関しては、両市とも十分であるとは言い難い。私は当初ベトナムの事業に関わる前、この国にバリアフリー関連の基準があるとは思わなかった。しかし、駅を設計する際、2002年に制定された建設省による建築物のバリアフリー基準があることを知った。その内容は、整備内容や全体のバランスが上手くなく、公共交通機関に対する基準も充実したものではないが、これらが存在している現実は評価できる。ただし、これには絶対的拘束力がなく、その内容が十分に反映されている建築物は、まだ私も見たことがない。

今回の調査時に、建設省の方の紹介で、最近建設されたバリアフリー対応がなされているというハノイの「Vincom Tower」というデパートを見たが、あくまで初歩的なバリアフリー対応であった。しかし、着実にバリアフリーを理解し、実行しようとしている雰囲気は感じられた。

今後のベトナムの交通

圧倒的なバイク交通、交通渋滞、大気汚染等の交通事情の中、近代化を成し遂げるためには、やはり鉄道が鍵を握ると思われる。これには、都市・交通計画と鉄道計画を十分関連づけて行うことが必要である。この国における鉄道事業はまだ始まったばかりであるが、鉄道は単独路線ではあまり効果を発揮しない。都市内交通を変えていくためには、都市鉄道網を徐々に、そして確実に構築して行く必要がある。

ベトナムでは、現実的に計画が着手されてきている。現時点において、都市鉄道及び都市間鉄道について、ハノイ5路線、ホーチミン7路線の新規またはリニューアル計画がある。現在、ホーチミン1号線プロジェクトがすでに進行中であり、ハノイ1号線も今年9月に正式にスタートを切った。両プロジェクトとも日本の円借款事業である。これらを足がかりに、他路線の計画も着々と進んでいくであろう。さらに最近、ベトナム政府は、日本の新幹線導入計画を明らかにした。ベトナムにおける鉄道交通整備が、将来のベトナムの交通渋滞緩和、利便性向上、環境改善のキープロジェクトになることが期待されている。

(いとうあきひと 株式会社交建設計)