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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年11月号

報告

台北デフリンピック2009
~第21回夏季デフリンピック~

粟野達人

1 大会概要

2009年9月5日から9月15日まで、台湾・台北市で国際ろう者スポーツ委員会主催「第21回夏季デフリンピック」が開催されました。当大会には、77か国から2,500人の選手が参加して、20競技が実施されました。日本からは245人(選手154人、役員91人)が選手団として参加し、陸上、水泳、卓球、テニス、バドミントン、ボウリング、バスケットボール、バレーボール、ビーチバレー、サッカー、柔道、空手の12競技に挑みました。

デフリンピックは、聴覚に障害のあるアスリートの国際大会です。「デフリンピック」とは、英語の「Deaf」(耳の聞こえない)と「Olympics」(オリンピック)の合成語(deaflympics)で、「オリンピック」「パラリンピック」同様、聴覚障害スポーツ最高峰の大会となっています。

当大会は、障害当事者である聴覚障害者自身が運営し、参加者が国際手話によるコミュニケーションで友好を深められるところに特徴があります。競技は、スタートの音や審判の声による合図を光とランプなどで視覚的に工夫する以外、オリンピックと同じルールで運営されます。夏季大会と冬季大会がそれぞれ4年に1度開催されています。またパラリンピックより古い歴史があり、1965年の第10回から日本は選手団派遣をし、今回で12回目の出場になります(表1)。

表1 夏季デフリンピック開催地一覧

回数 開催国 開催都市 大会規模 日本国選手団派遣 日本国選手団成績
参加国数 選手数 選手 役員
フランス パリ 145
オランダ アムステルダム 10 210
西ドイツ ニュールンベルグ 14 316
イギリス ロンドン 12 293(283)
スウェーデン ストックホルム 13 264
デンマーク コペンハーゲン 14 405
ベルギー ブリュッセル 16 524
イタリア ミラノ 25 625
フィンランド ヘルシンキ 24 595
10 アメリカ ワシントン 27 697 11
11 ユーゴスラビア ベオグラード 33 1183 13
12 スウェーデン マルメ 32 1061 13
13 ルーマニア ブカレスト 32(37) 1118(1468) 17 25
14 西ドイツ ケルン 32 1213(1663) 34 11 45
15 アメリカ ロサンゼルス 29 1053(1648) 52 15 77
16 ニュージーランド クライストチャーチ 30(32) 959(1469) 40 16 56
17 ブルガリア ソフィア 51 1705(1900) 41 13 54
18 デンマーク コペンハーゲン 62(57) 2068(2078) 44 14 58
19 イタリア ローマ 71(81) 2405(約4000) 60 26 86 10
20 オーストラリア メルボルン 75 3500 102 33 135
21 台湾 台北 77 2500(選手のみ) 154 91 245
22 ギリシャ アテネ                

今回の台北デフリンピックの大会運営面では、開会式、閉会式、入国から移動、競技運営、インターネットによる情報提供、ボランティア、組織委員会指定の選手ホテルの警備など十分な体制がとられ、今までの夏季デフリンピック大会で最高の大会と言えるほど素晴らしい大会で、台湾政府の国総勢の信念を感じられました。さらに開会式、閉会式、各競技場も地元台湾の観客、応援でいっぱいで、その中で競技する選手たちは最高の喜びと実力を発揮できたと言えます。

日本の各競技チームはこの4年間、4年前のメルボルンデフリンピック以上の選手の強化育成などに務めました。アジアで初のデフリンピック開催ということもあり、日本選手団として史上最高のメダル40個の目標を持って挑みました。その結果、日本選手団は金5個、銀6個、銅9個、合計20個を獲得しました。世界レベルも予想以上に上がっており、目標数こそ果たせませんでしたが、4年前より実力はアップしたと思っています。これも皆さんから多大なご支援、ご協力を頂いたおかげであり、深く感謝しております。改めてお礼申し上げます。

2 日本選手団の特徴

1)夏季大会では過去最高の代表団人数

2)最年少出場選手は水泳競技女子選手の14歳

3)最年長出場選手はボウリング競技男子選手の66歳

4)デフリンピック日本代表選手選考規程に基づき、154人の選手を選考

3 9月5日開会式について

台北スタジアムで夜7時から開始。2万人が参加した過去最高の盛大な開会式であった。国の総力を注いだイベントであり、まさに北京オリンピック開会式並みと言っても過言ではないスケールの大きい素晴らしいものであった。会場だけではなく、台北名物である「台北101」(2004年秋に世界一の超高層建築物として竣工された台北国際金融センター。高さ508メートル、地上101階の高層ビル)も迫力ある花火を映し出し、観客のみならず台北市内全部が感嘆に包まれるほど圧巻なものであった。

4 成績について

1)過去最高のメダル数

熱戦の結果、参加国77か国のうち、国別メダル獲得順位は9位となりました(表2)。

表2 国別メダル獲得ランキング(上位10か国)

国名 金メダル 銀メダル 銅メダル 合計
ロシア 29 41 28 98
ウクライナ 20 22 25 67
韓国 14 13 34
中国 12 17 38
台湾 11 11 11 33
ベラルーシ 10 23
アメリカ 10 22
南アフリカ 12
日本 20
スウェーデン 10

2)メダリストたちの頑張り

■空手

9月7日、男子60―67キロ級(出場8人)に小島崇寛(たかひろ)選手(愛知県)が登場、決勝で台湾の選手を破り優勝し、日本待望の「初」金メダルを獲得した。

9月8日、女子50―68キロ級(出場5人)に栗本紗弥選手(大分県)が登場、決勝で台湾の選手を破り優勝し、空手競技で2個目の「金」を獲得した。

■水泳

9月8日、男子200メートル背泳ぎ(出場21人)に茨(いばら)隆太郎選手(東京都)が出場し、2分13秒10のタイムで金メダルを獲得した。2位選手に3秒以上の差をつける圧勝であった。

9月12日、女子バタフライ200メートル(出場者13人)決勝で今村可奈選手(大阪府)が2分24秒45で銅メダルを獲得した。また同時に日本新記録を更新した。なお、1位の中国の選手は2分22秒46と世界記録と大会記録を更新した。

9月13日、女子自由形800メートル(出場者15人)で今村可奈選手が、銅メダルを獲得した。

■卓球

9月9日、卓球団体戦決勝トーナメントで、上田萌(もえ)選手(新宿区)・佐藤理穂選手(杉並区)等が参加した女子チームはウクライナを3―0で下して決勝進出、予選リーグで敗れている中国に雪辱を期すも1―3で敗れ、銀メダルとなった。

9月12日、女子ダブルス競技(出場21組)で、小浜(こはま)京子選手(大阪府)と鈴木由樹子選手(北海道)が組む「姉妹」ペアが、準決勝で中国に1―4で敗れたが、3位決定戦で韓国組を4―2で下して、銅メダルを獲得した。

9月14日、女子シングルス(出場者50人)決勝で、日本選手団主将を務める上田萌選手が、中国の選手と激しいデッドヒートを繰り広げた末、3―4で惜敗した。上田選手との準決勝に敗れた佐藤理穂選手は3位決定戦に回り、中国の選手に4―0で完勝、銅メダルを獲得した。

■柔道

9月9日、男子90―100kg級(出場者5人)で山田光穂(こうすい)選手(滋賀県)がすべての試合(第1戦フランス、第2戦ロシア、第3戦トルコ、第4戦モンゴル)を一本勝ちで決め、柔道競技初の金メダルを獲得した。

■陸上

9月9日、男子ハンマー投げ(出場者9人)で、日本選手団旗手を務める森本真敏選手(滋賀県)が61.08メートルの最長不倒を記録、金メダルに輝いた。森本選手は、自分の持つ世界記録とともに大会記録を更新、世界王者の貫禄を見せ付けた。

9月12日、女子槍投げ決勝(出場者9人)で佐藤優(ゆう)選手(愛知県)が42.56メートルを記録、銅メダルを獲得した。

9月13日、男子槍投げで、佐藤將光選手(愛媛県)が59.32メートルを記録、銀メダルを獲得した。

9月14日、女子マラソン(出場者11人)で嶋田裕子選手(大阪府)が3時間41分01秒で2位に入賞、前大会のメルボルンに続き銀メダルを獲得した。同じく男子マラソン(出場者26人)で、金子誠一選手(山口県)が2時間40分21秒のタイムで3位に入賞、銅メダルを獲得した。続いて山中孝一郎選手(東京都)、山田真人(まさひと)選手(福島県)がゴールイン、4位と5位に入賞した。日本選手3人の連続ゴールに20人を超える日本の応援団は歓喜にわいた。

■テニス

9月12日、混合ダブルス種目(出場12組)の3位決定戦で、松下哲也選手(大阪府)と阿部八千代選手(徳島県)のペアがドイツ組に2―0で勝利し、銅メダルを獲得した。

9月13日、男子シングルス決勝で梶下怜紀(れいき)選手(広島県)がフランスの選手に0―3で破れ、2位に入賞した。

■女子バレーボール

9月13日、3位決定戦でベラルーシを3―0のストレートで下し、銅メダルを獲得した。

■バドミントン

9月14日、日本人ペア同士の決戦、混合ダブルス3位決定戦で、小堀知史(こぼりともふみ)(熊本県)・石井満里(まり)(北海道)組が2―1で宮崎大介(熊本県)・井上美緒(埼玉県)組に勝利、銅メダル1個を日本選手団にもたらした。

■ボウリング

9月14日、出場した66人の女性選手の高得点者16人のみが出場する女子マスターズ戦で、松清(まつきよ)俊子選手(愛知県)が銀メダルに輝いた。

■その他の成績

前記の他にベスト8入りの入賞は、個人競技と団体競技合わせて合計40ありました。

5.最後に

2週間の全競技を廻り、いろいろとサポートをしてきた中で、特に感動させられたことを紹介します。

■ボウリングは女子1名のみ参加。松清俊子選手(62歳)は参加選手66人がデットヒートを繰り広げる中で、10日間総計54ゲームも投げ、若手選手を次々と破り、準優勝したこと(若手選手はパワーとスピードで攻めていたが、松清選手は安定したフォームで、まるでウサギとカメの競争のようでハラハラした)。

■陸上ハンマー投げで森本真敏選手は、最後の6回目で思い切り投げて、何と!世界新記録で優勝!

■陸上マラソンは早朝スタート、日本選手(男3人、女1名)は猛暑の中で苦しみながら走り続け、男子選手は連続で3位、4位、5位と連続ゴール!女子選手も2位でゴール!

■女子卓球選手の団体戦およびシングル戦、ダブルス戦の勝敗は紙一重の差であり、ものすごいスピードでピンポン球が往復し、観客全員が息を飲み込むような中で、途中で転倒しても見事に球を跳ね返し、ラリーを続けたが、最後にわずか2点差で準優勝だった。次のデフリンピックでは金色に輝くメダルが掲げられることを期待したい。

ぜひ一度、皆さんに夏季・冬季デフリンピックをじかにご覧になって感動していただきたいと思います。

(あわのたつひと 第21回夏季デフリンピック日本選手団団長)