「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年12月号
「親亡き後」も視野に入れた情報伝達ノート「きずなノート」作りの取り組み
多田運美
はじめに
障がいがある子を持つ親は、さまざまな悩みを持ちながらも、懸命に生きている。苦労の中にも喜びや幸せを感じているものである。そのような親が、常に持ち続けている共通の不安といえば、「親亡き後、この子はどのように生きていってくれるのか」であろう。この不安は、親の年齢が増すにつれて大きくなっていくものである。
また、一般的に、「親の思い」というものは、障がいのある子の成長とともに固まっていく。その「親の思い」というのは、健康であり続けてほしい、少しでも自立してほしい、周りに良い仲間を作っていってほしい、みんなから好かれる人間に育ってほしい、終(つい)の棲家(すみか)となる施設で安心して暮らしてほしい、そのためにも、社会人としてのしつけを身に付けさせておきたい、人並みの生活ができるよう財産を十分に残しておきたい、など十人十色であろう。
そのような「親の思い」を、自由に書き留めることができて、親亡き後にも残すことができる「ノート」のようなものがあれば……という話が、社会福祉法人神戸あゆみの会から持ち上がった。それが今回紹介する「きずなノート」である。
神戸あゆみの会は、設立から16年が経過しており、この間利用者、家族の方々から多大な協力をいただいてきた。法人としては、利用者、家族のために何か役に立つことがあればとの思いもあって、この「きずなノート」の作成に着手した。さらに神戸あゆみの会の利用者以外の方々にも、幅広く利用してもらいたいとの思いも加わり、この秋に「きずなノート作成プロジェクト・チーム(以下「PJ」という)」を立ち上げた。
「きずなノート」は、今回の特集テーマである「障害児の療育・教育・就労の連携」を推進していくこと、さらに、親亡き後においてもこの「連携」が途切れることなく維持されることの、二つの目的を持ったノートである。
「きずなノート」作成のコンセプト
PJでは、「きずなノート」作成のコンセプトを以下の7項目とした。
(1)対象は、主として知的障がい、身体障がい、精神障がいがある人と、その親、家族であり、障がいの種別や程度、受けた時期などにかかわらず記入できること。
(2)単なる記録だけはなく、親として周囲の方に伝えたいことが簡潔に記入できること。また、記入するのは、主に親、家族となるであろうが、できるかぎり本人の意思が記入できること。
(3)記入された内容については、将来にわたって有効に作用し、いざという時に役立つこと。
(4)記入された内容が、時間の経過とともに変化した場合にも、円滑に修正や加筆ができること。
(5)生涯のうちいずれの時期からでも、記入が開始できること。
(6)ややもすれば、思いつめたような内容になることが予想されるので、明るく楽しく記入できること。
(7)長期間の保存に耐えうるような、コンパクトかつ丈夫な装丁にすること。
「きずなノート」の内容
現段階での「きずなノート」の内容について紹介する。「きずなノート」は、以下のような本人の挨拶から始まる。
この「きずなノート」は・・・わたしにとって、今までの、そしてこれからの大切なことが一杯書き込んであるノートです。
それは、私自身の思いであり、またわたしを生んでくれて育ててくれた、親や家族そして関わっていただいた人々の温かい思いでもあります。なにかあった時は、このノートをご覧になってください。障がいがあっても、みんな仲良く、力一杯、明るく、生きていきたいから。そして社会にすこしでもお役にたちたいから。どうぞよろしくおねがいします♪
「きずなノート」は、以下のとおり3部構成となっている。
まず、第1部は、「今までの生活・今の生活」である。ここでは、本人の生きてきた記録とともに、現在の健康や生活の実情を親からのメッセージを交えて記入する。第1部は、本人に何かあった場合等に、ここを見れば、本人の特性をはじめとした本人に関わる情報がすぐに分かるようになっている。主な項目については、表1のとおりである。
表1 今までの生活・今の生活
項目 | 内容 |
---|---|
□わたしは | 障がいのある本人の自己紹介の欄です。 |
□大切な家族・緊急連絡先 | 親、兄弟・姉妹の連絡先です。 緊急連絡先は優先順位別に書き込みます。 |
□学びの記録 | 幼稚園、小中高等学校、その他の学校の就学の記録です。 |
□仕事(就労)の記録 | 就労の記録です。社会に貢献していることがわかる大切な記録です。 |
□わたしのプロフィール | 特性、趣味、好きなものなどを書きます。 |
□お世話になっている人 | 友人、療育・福祉の関係者、近所の人など大切な人々のリストです。 |
□想い出 | 楽しかったこと、頑張ったことなどを書きます。 |
□アルバム | 家族や友人の写真、好きな人とのツーショット、お気に入りの写真を貼ります(7枚程)。 |
□できること・できないこと | 日常生活における動作について書きます。 |
□健康診査の記録 | 健康診査などで医師などから言われた内容の記録です。 |
□病歴 | 今までに罹った主な病気の記録です。 |
□主治医・歯科医・薬局 | かかりつけの医師、かかりつけの薬局等を書きます。 |
□薬の記録 | いつも飲んでいる薬について書きます。 |
□障がい福祉・介護保険サービス | 受けている福祉・介護サービスを記録します。 |
□福祉支援 | 療育手帳、身障手帳などの手帳、障害基礎年金等についての記録です。 |
□各種の保険・年金 | 健康保険、雇用保険、国民年金、生命保険、傷害保険等についての記録です。 |
□生活収支 | 収入(基礎年金、給料など)や支出の概算についての記録です。 |
次に、第2部は、「これからの生活」である。「親や家族の願い、地域の中で」という副題をつけている。
ここでは、「これからどう生きていきたいのか」という本人の思いとともに、「どう生きていってほしいのか」という親の願いを記入する。その際、親亡き後だけではなく、親が、認知症などにより判断能力がなくなった場合や、何らかの事情で本人の世話ができなくなった場合も想定して記入する。主な項目については、表2のとおりである。
表2 これからの生活
項目 | 主な内容 |
---|---|
□住まい | 自宅や施設などの希望 |
□医療 | 入院・手術等に関する同意、付添い人、費用 |
□介護 | 介護保険サービスの希望(65歳以上) |
□成年後見人 | 任意・法定後見人、後見人のリスト |
□生活費 | これからの生活費(定期的な収入と支出) |
□財産 | 土地、建物、マンション、株、投資信託、預貯金、現金、負債等の有無と額 |
□遺言 | 遺言の有無、保管場所 |
□形見分け | 内容、保管場所 |
□葬式・墓 | 葬式の希望、費用、墓の希望など |
□親からの手紙 | 本人、兄弟・姉妹、親戚、親しい友人、施設の方々などへ親から伝えておきたいこと(こころの手紙) |
なまえ | サイン | 愛称 | 写真 |
---|---|---|---|
表紙を開くと右の挨拶文が入り、その下に署名する欄を設ける
そして、第3部は、「役に立つ知識」である。第2部を記入する際に、必要となる知識について、分かりやすく説明している。私たちは、日ごろ興味や関心がないことについてはその内容を理解しようとしないものである。ここでは、必要なときに必要な項目のポイントが理解できるようにしてある。主な項目は、表3のとおりである。
表3 役に立つ知識
項目 | 主な内容 |
---|---|
□成年後見制度 | 制度の仕組み、賢い利用の仕方、信頼できる後見人の選び方 |
□障がい者総合福祉法(仮称) | 新しい法律、制度の概要 |
□介護保険制度 | 制度の仕組み、賢い利用の仕方 |
□財産を守る方法 | 悪徳商法への対策、クーリングオフ利用法 |
□遺産相続の知識 | かしこい相続の仕方、生前贈与 |
□遺言の知識 | 遺言の種類、書き方、親の意思を込めた遺言の書き方、手続きなどの知識 |
□葬式の知識 | 葬式の内容、費用、戒名、墓 |
さらに、いざというときに備え、「きずなノート」の保管場所が、関係者にすぐに分かるように「きずな・あんしんカード」というものを作り、目につきやすい場所に置いておく。緊急の際には、このカードに記入された連絡先に連絡することができるようにする。「きずな・あんしんカード」の項目は、表4のとおりである。
表4 きずな・あんしんカード
項目 | 主な内容 |
---|---|
□緊急の連絡先 | 親、兄弟・姉妹、親戚、主治医、後見人など |
□健康保険証、生命保険証など | 名称、番号、保管場所 |
□きずなノート | 保管場所 |
おわりに
この「きずなノート」は、まず、神戸あゆみの会の利用者全員に配布して、活用したいと思っている。現在利用者数は、施設入所支援、生活介護、ケアホーム、居宅介護など合わせて約150人である。
「きずなノート」が有効に活用されれば、利用者の情報交換の重要なツールとして大いに役立ち、利用者、親、家族と、神戸あゆみの会との「きずな」はさらに深まっていくであろう。
さらに、新たに神戸あゆみの会のサービスを利用される場合や、神戸あゆみの会を離れ他の施設や事業所のサービスを利用される場合にも、スムーズな受け入れや引き継ぎができるものと期待している。
このように、「きずなノート」は、ケアを提供する側とされる側ともにメリットを生みながら、障がいのある本人のより充実した生活を実現していくことに役立っていくものと考えている。
障がいのある子を持つ親は、ややもすると悲観的な考えやマイナス思考になりがちである。この「きずなノート」は、そのようなマイナス思考を、本人のよりよい生活に向けてのプラス思考へと転換する一つのツールとなるであろう。そして、親亡き後の力強い支えとなることを願っている。
この「きずなノート」は来春(2010年4月)に完成の予定である。完成し実際に活用してみると、修正すべき部分、加えるべき項目などが出てくるであろう。その際には、必要に応じて改訂していきたい。また、この原稿をお読みいただいた方々からも、ご意見やアドバイスをいただければ幸いである。
今回、「きずなノート」作成中の時期に紹介させていただく機会を得た。もし将来、再びこのような機会をいただくことがあれば、「実践報告」という形でその成果を紹介させていただければと思う。
なお、「きずなノート」の作成にあたっては、「健康生活支援ノート」(滋賀県手をつなぐ育成会)等を参考にさせていただいた。
(ただかずみ 社会福祉法人神戸あゆみの会理事長)
○「きずなノート」に関する問い合わせは、次までお願いいたします。
ファーマ・ケア研究所 播本高志
電話:078―784―1235
URL:http://pharma-care.jp
E-mail:pharma-care@zeus.eonet.ne.jp
<社会福祉法人神戸あゆみの会>
社会福祉法人神戸あゆみの会の法人本部は、神戸市郊外ののどかな田園地帯にある。 その歴史は、平成5年、知的障がい児(者)の親たちが中心になって、知的障害者更生施設(当時)「あゆみの里」を開設したことに始まる。右も左もわからない素人による立ち上げには、大変な努力と苦労を要し、周囲からは「素人が素手で垂直の岩壁をよじ登っている」とまで言われた。そのような経緯があるからこそ、「親の思い」が目一杯に詰まった施設となった。
現在、神戸市西区において、障害者支援施設「あゆみの里」(施設入所支援 定員70名、生活介護 定員75名)の他、生活介護事業所2か所(定員計25名)、ケアホーム2か所(定員計8名)を運営している。
住所:〒651―2321神戸市西区神出町宝勢字辻堂西858―1
電話:078―965―2360(代)
URL http://www.ayuminosato.or.jp