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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年12月号

列島縦断ネットワーキング【岡山】

高次脳機能障害者の職場復帰を支える取り組み

後藤祐之・八木真美

高次脳機能障害支援普及事業と職場復帰ニーズ

岡山県では平成14年度から高次脳機能障害支援モデル事業を開始し、現在実施中の高次脳機能障害支援普及事業と併せて7年間に及ぶ支援を続けてきました。この間、「川崎医科大学附属病院」を医療の拠点に、「旭川荘」を社会的支援の拠点とし、それぞれの機関に支援コーディネーターを配置して、診断・評価・リハビリテーションから福祉サービス・就労支援などの社会的支援までをカバーできる拠点体制を築いてきました。

高次脳機能障害は脳血管障害や交通事故などにより脳が損傷を受けた結果、記憶力や注意力が低下したり、自分の行動プランを立てることが困難になったり、社会的行動が不適切になったりする障害であると行政的に定義されています。

さらに、大脳の左半球が損傷した場合には言葉の障害を生じるケースもあります。これらの能力はわたしたちの職業能力の基盤をなすものであることから、高次脳機能障害は働き盛り年代の人たちが職業生活が続けられるかどうかを左右することになります。

旭川荘で社会的支援を開始した平成16年度から平成20年度末までに、118人(実人数)の高次脳機能障害者の相談を受理しました。その概要を整理すると、1.男性が約80%、2.20代から50代までの働き盛り年代の人が約90%、3.医療機関を通じての相談が約65%、4.就職と福祉サービスの利用相談が二大ニーズでそれぞれ約40%ずつ、となっていました(グラフ参照)。このデータから、病院で治療やリハビリテーションを終えた後の20代から50代の男性が、職場復帰や新規の就職への支援を求め、相談に訪れている姿が浮かび上がります。

グラフ 主訴の内訳
円グラフ 主訴の内訳拡大図・テキスト

職場復帰に向けた医療機関での相談

医療機関が職場復帰を希望するケースを把握した場合、いま職場に復帰することが時期として適切かどうかを医療スタッフとして検討します。その上で、復帰の時期を先に延ばすよう再考を促すこともあります。時期が適切でないと、せっかくの機会を逃したり、職場での失敗を招きかねません。また、障害に対する認識を促すことも重要です。

たとえば、注意力が低下している場合に見落としを防ぐために必ず確認を行うことや、記憶に障害がある場合に頭で覚える代わりにメモをとることなどは、障害に対する本人の自覚がなくてはできないことです。自分は何ができて何が苦手になったかを知ってもらうことが、職場復帰に向けての出発点となります。

会社との調整

職場復帰に向けた取り組みを本格的に始めることになると、この段階から旭川荘の支援コーディネーターも加わって医療機関で「作戦会議」を開きます。本人・家族と支援するスタッフが一堂に会して、生活歴・職歴・病歴・障害状況・会社の業務内容を確認し情報を共有したのち、職場復帰の一般的な手順を本人・家族や医療スタッフに説明します。この説明では、1.職場復帰の意思があることを会社側に明確に伝えること、2.治療経過、身体障害、高次脳機能障害の情報を整理し、その情報を復帰に際しての配慮事項として会社に伝えること、3.会社にはリハビリ出勤(休職状態のままで行う試し出勤)を依頼すること、4.リハビリ出勤では元の職務にこだわらず、社内で自分にできそうな仕事を探すこと、などをお伝えしています。

職場復帰調整に支援コーディネーターが加わることについては、本人・家族から会社に説明し了解をいただくことにしています。了解がいただけたら会社の人事担当者や上司に医療機関まで足を運んでもらい、本人からは職場復帰の希望を伝え、医師やリハビリテーションスタッフからは治療経過と障害状況を伝え、支援コーディネーターからはリハビリ出勤のお願いを行います。通勤手段の検討も大事なポイントです。てんかん発作が生じるおそれがあったり注意障害がある場合、車の運転には慎重でなければなりません。

会社側の反応はさまざまです。「まだまだ休職期間があるので十分に休んでください」という反応もあれば、「普通に歩けて話もできるので、明日からでも出勤できるのではないですか」などの反応もあります。高次脳機能障害の状態を会社の人に分かるように説明することはとても難しいことです。実態以上に大変なことと捉えられてしまっては、職場復帰の糸口がつかめなくなります。

一方、障害の影響を過小評価すると、仕事上の安全確保や会社の生産性が維持できなくなることでしょう。岡山県では、高次脳機能障害についての基礎的な知識を普及するためのパンフレットを作成しています。こうしたツールも使いながら「見えない障害」を言葉で伝える努力を行っています。「いつまで待てば100%元通りに戻りますか」という質問を受けることもしばしばで、このような質問には「100%元通りは正直言って厳しいです。しかし、○○○や△△などはできるようになるのではないかと期待しています」と受けて、会社側の期待水準の調整を行います。

リハビリ出勤の実施条件を調整することも支援コーディネーターとしての大切な役割です。「期間はどれくらいがよいか」「時間は何時から何時までか」「移動手段はどうするか」「休職期間中は労災保険が適用されないので自分で傷害保険に加入しましょう」といった条件を詰めていきます。

リハビリ出勤の期間中に、支援コーディネーターが現場を訪問させていただけるようにお願いしておくことも忘れてはなりません。リハビリ出勤はアセスメントの重要な機会です。職場では作業能率の問題や同じ間違いの繰り返し、勘違いや思い込みによるミスなどさまざまなエピソードに遭遇します。

医療と福祉が融合した支援を

職場で何らかの問題に遭遇した場合、原因が高次脳機能障害の特性と思われる場合には、医療スタッフにも問題点を連絡し、障害の特性に立ち返って原因と対策を一緒に考えることがあります。医療スタッフと一緒に会社を訪問して作業の様子を観察することもあります。何らかの補完方法を講じることができるのか、あるいは就労支援の専門機関にも入ってもらいジョブコーチに付いてもらうのか、それとも配置転換を会社にお願いするのか、などの選択肢を検討します。「医療はもう終わりで、次は就労支援や福祉サービスに」ではなく、就労支援や福祉サービスを提供する段階においても、必要があれば医療機関のスタッフが支援に加わります。

つまり、医療から就労支援や福祉へと一方向でサービスを引き継ぐのではなく、必要があれば、医学的な視点に立ち返って考える双方向の流れを大切にしています。医療と福祉が支援チームとして一緒に行動しともに考える形は、福祉的就労の場を探すときにも応用し始めているところです。

(ごとうひろゆき・社会福祉法人旭川荘、やぎまさみ・川崎医科大学付属病院)