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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年1月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

豊能障害者労働センター
─共に働き共に経営して、月収11万を確保─

新居良

はじめに

豊能障害者労働センター(以下、労働センター)は、大阪府の北部、箕面市にあります。箕面市は、北は、明治の森国定公園の山々に縁取られていますが、南は、大阪市内への通勤圏として開け、人口約12万人の住宅都市です。労働センターは、現在、箕面市独自の障害者事業所制度を利用し、重度の障害のある人もしっかりと所得を得て、地域で自立して生活していくため、さまざまな事業を行っています。今、障害者(知的障害、身体障害、精神障害)33人、健常者22人が働いています。

設立の経緯

労働センターは、「完全参加と平等」をめざす国際障害者年(1981年)の翌年、1982年に設立されました。養護学校を卒業した脳性まひの少年の働く場を生み出すため本人と支援していた人が集まり、障害者2人、健常者4人で事業を立ち上げました。労働センターの設立時の理念は、障害のある人もない人も同じ働く仲間としてかかわり、一緒に経営し(困難を共有し)、一緒に働く(汗をかく)というものでした。

しかし、設立当時は、実際の経営は窮乏を極め、自主事業として始めた粉石けんの販売、ヘルパーとして得た所得、大阪市内の街頭でのカンパ活動(当時のスローガンは、「障害者も腹が減る。」)の3つの収入を持ち寄り、生活の実態に合わせて皆で分け合いました。

箕面市独自の障害者事業所制度が生まれるまで

前述のように労働センターは、重度の障害者による自主事業を中心に活動を始めましたが、それを支える制度作りに箕面市との対話を重ねました。1983年には、後の障害者事業所制度につながる提言書を箕面市に提出します。

その提言内容は、重度の障害者も働くことを通じて地域社会に参加し、所得を得て生活する権利があること。今の社会で重度障害者が働くことに参加できないのは、当事者に責任があるのではなく、職場の能力主義的な労働編成に原因があること。したがって、重度障害者が職場に合わせるのではなくて、重度障害者に合わせた職場作りを行政施策として取り組むべきこと、というものでした。そして、障害当事者が営む自主事業を、市民に開かれたものとして行い、そのことを市行政として支援していくことを求めました。

1985年には、箕面市内でも初めて助成金の対象となる障害者福祉作業所が立ち上がり、労働センターも、作業所助成の利用を検討しましたが、一緒に働く仲間がメンバーとスタッフに別れるわけにもいかず、断念しました。そして、1987年にようやく、労働センターは箕面市の助成対象となります。それは、重度障害者が地域と一体になって営む事業を助成するという箕面市独自の施策で、障害者一人あたり月額5,000円というものでした。

その後、箕面市とのさまざまな協議、検討を通じて、1994年に障害者事業所制度として現在の基本的な形を整え、労働センターも「障害者事業所」と認定されました。その制度の柱は、一般就労の困難な重度障害者の働く権利を保障するため、最低賃金の4分の3を助成する(現在、障害者一人当たり、年額109万円)というものです。障害者事業所は、残り4分の1以上を自分たちの事業を通じて生み出し、重度障害者も最低賃金(週30時間勤務では、約9万円)以上を保障されて働きます。それは、重度障害者も経営機関に参加し、障害者も健常者も対等に事業に参加する制度です。

その後、箕面市内には、3つの障害者事業所が立ち上がり、計4つの事業所で、65人の重度障害者の雇用が実現しています。労働センターでは、現在、障害者職員の平均手取り額は、月約11万5,000円となっています。

労働センターの運営方針

設立の経緯にもあるように、労働センターの基本理念は、共に働き、共に経営を担うところにあります。最低賃金を超える基本的所得が保障される必要があるのはもちろんですが、その上で、その人が必要とする生活実態に合わせて給料を分け合っています。そして、毎月ある専従者会議と運営会議には、全員が参加します。「その人のいないところで、その人の話をしない」という前提の下、会議の参加は、障害当事者一人ひとりがしっかりと経営を担う基本となっています。また、日々の活動については、できるだけ事業ごとの現場で相談して決めています。

労働センターのもう一つの柱は、地域の市民への情報発信です。月1回通信を発行していますが、そのため、各現場の責任者が集まる企画会議を開きます。日々の活動の中から1年くらいのスパンで事業コンセプトを構築し、事業と情報の一体化を図ります。今年のコンセプトは、「たのもしい仲間。一人一人の生きる力が重なるとき」です。「不況で大変なときこそ、お互いのユニークな個性を活かし合いながら、市民のみなさんと一緒にがんばりたい」という思いを込めています。

労働センターの事業展開

労働センターの現在の事業は、先の通信による情報発信を中心に、全国発信の通信販売事業、地域とつながるリサイクル事業(5店舗)、お弁当・定食の店、福祉ショップ、点訳事業(市の広報等の点訳)などで、総売り上げは、年間約1億円ほどです。

通信販売では、通信を通じ全国発信をし、先の事業コンセプトに基づくオリジナル商品を販売しています。障害者スタッフのデザインでTシャツ、トレーナー等を制作し、オリジナルカレンダーも販売しています。

また、箕面市内には私たちの運営する店が7軒あり、どの店も障害者スタッフがその運営を担っていますが、そのうち5店舗がリサイクルショップです。リサイクル事業では、市民の方々から提供していただいたバザー用品を手入れ・値付けし、リサイクル店で販売します。

リサイクル店は、1.少し高級なものを置いた「くるりん」、2.着物と着物リメイク服と和雑貨の「れんげや」、3.古着専門の「ピンクポコペン」、4.エスニック基調の「ぶらぼう」、5.演歌の流れる昔ながらの市場で昭和のレトロ感が漂う「ふだんぎや」と、それぞれ性格分けをしています。各店のコンセプトをはっきりさせることで、お客さんもどこに行けばどんなものが買えるか分かりやすくなり、それぞれの店を順番に回って楽しんでいかれます。少し大きめの倉庫を借りてストックを持つことで、季節に応じた企画や店の特色づくりが可能になっています。また、近年は、倉庫やお店に直接バザー用品を持って来てくださる市民の方も増えています。

障害者事業所制度と労働センターのこれから

近年、箕面市も財政赤字となり、市の独自施策の見直しが行われています。障害者事業所制度についても2年間にわたり協議が続いています。その中で、4分の3助成については、従来の定額助成から、実際に支払った給料に対する定率助成へ見直す方向です。そのため現在、私たちと箕面市が一緒になって緊急雇用対策なども利用しながら収益拡大策に取り組んでいます。

障害者が積極的にまちの事業に関わることで、市民の方も事業に一緒に参加してくださり、まち全体が元気になっていく。そうすれば、きっと収益も伸びていくと思っています。また、私たちの働き方は、さまざまな人が大切にされる働き方のモデルになるのではないでしょうか。その中で、障害者だけでないさまざまな働きにくさを抱えた人の仕事作りにもつながっていく提案をしていきたいと思います。

(あらいりょう 豊能障害者労働センター)