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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年1月号

ブックガイド

精神障害をもつ人の
地域移行・地域生活支援と当事者活動に関する本

森田久美子

当事者の経験から、地域移行支援について考える

精神科病院に長年入院している方が、退院し地域で生活を始めることの支援「地域移行支援」と、地域で生活するための社会的基盤を整えていく「地域生活支援」の展開は、近年の精神保健福祉施策の課題の一つです。

この地域移行支援・地域生活支援を学ぶにあたって、最初にお勧めしたいのが、『やどかりブックレット・障害者からのメッセージ』の最新刊、『退院してよかった 俺の仲間 くらし 未来』(やどかり出版、945円)です。著者の須藤守夫さんのライフストーリーを通して、地域移行支援とは何かを考えさせてくれる1冊です。須藤さんは、現在、埼玉県にあるやどかりの里のメンバーとして、精神科病院等に出向き、病気や長期入院を経験している仲間に向け、ご自身の体験を発表する活動を行っておられます。その人生は、決して平坦だったわけではありません。発病、精神病院への入院とそこでの苦しい生活、退院への親族の反対、13年ぶりの一人暮らしと仲間のサポート、不安ゆえの被害妄想、仕事の迷いなど、紆余曲折を経てここまでこられています。須藤さんは、本書の最後に「環境が良い所では調子よく暮らせる」と述べています。「調子よく暮らすこと」や、それを支える「良い環境」とは何か、須藤さんの人生を通じて考えることで、精神障害者の地域移行支援についての理解が一歩進むのではないでしょうか。

また、近年、やどかりの里をはじめ、精神障害者の地域移行支援・地域生活支援に携わる団体は、その活動の目標として、リカバリー(recovery、回復)を掲げるようになってきています。リカバリーとは、精神障害をもつ方々がそれぞれの自己実現やその求める生き方を主体的に追求するプロセスのことです。本書で語られる須藤さんの人生の軌跡も、このリカバリーのプロセスに重なります。このリカバリーについて知りたい方には、『ビレッジから学ぶリカバリーへの道―精神の病から立ち直ることを支援する』(レーガン・マーク著、前田ケイ監訳、金剛出版、1680円)が参考になります。

地域移行支援に関わる施策の現状と課題を理解する

地域移行支援・地域生活支援の展開に向けて、国がどのような法的根拠や施策を整えているのか、その動向をつかむにあたっては、『精神保健福祉白書』(中央法規、2520円)が便利です。この本は、年度ごとに編纂され、精神障害者の医療・保健・福祉をめぐる動向やトピックスの解説を提供しています。2009年度版では、地域生活支援を支える精神保健福祉法や障害者自立支援法の動向に加え、地域移行支援に関わる精神障害者地域生活移行支援特別対策事業などの施策についても概説されています。

また、精神障害者に関わる法・制度・施策と照らして、地域移行支援が進むための課題や問題点を、さらに深く理解したい方に向けては、『精神保健・医療・福祉の根本問題』(岡崎伸郎編、批評社、1890円)があります。

地域移行支援・地域生活支援の一翼を担う当事者活動の展開

近年では、精神障害者による当事者活動が、地域移行支援・地域生活支援の重要な一翼を担いつつあります。精神障害の症状やそれに伴う困難に対処していく知恵を、仲間とともに見つけ出していく、自立プログラムの実践もこの当事者活動の一つです。『べてるの家の「当事者研究」』(浦河べてるの家著、医学書院,2100円)と、その続編『安心して絶望できる人生』(向谷地生良・浦河べてるの家著、日本放送出版会、777円)では、摂食障害、被害妄想、幻聴、体感幻覚、爆発、逃亡など、精神科領域の症状の経験者が、症状やそれに伴う苦労のパターンやプロセスを解明し、対処の仕方を見つけ出す当事者による研究活動の成果を報告しています。

たとえば、「デブ、ブス…」という幻聴に悩まされてきた著者の一人は、その声を<幻聴さん>と呼び、仲間とともに、「退散してください」と丁寧にお願いし対処する方法を編み出し、それを実践し練習しています。彼女の編み出した対処方法は、病気への対処をすべて専門家に委ねてしまうのとは異なる、ユニークな方法です。彼女は、「幻聴さんへの対応は、薬に頼るだけではだめだ。むしろ仲間の力を借りた研究を通じて、いま起きているつらさに当事者自身が向き合うことができるような環境が大切である」と述べています。

つまり、当事者研究は、「自分の苦労の主人公」となり、「幻覚や妄想などさまざまな不快な症状に隷属し翻弄されていた状況に、自分という人間の生きる足場を築き、生きる主体性を取り戻す作業」をする場なのです。

さらに、前記のほかに、各地で広がりつつある自立プログラムとしては、アメリカの当事者の手によって開発された「WRAP(元気回復プラン)」があります。これについては、『元気回復プラン WRAP:WELLNESS RECOVERY ACTION PLAN』(メアリー・エレン・コーブランド著、道具箱、952円)が参考になります。また、障害をもつ人々自らが、ピアカウンセリングなどの地域生活支援サービスを運営する自立生活運動について関心のある方には、『精神障害のある人々の自立生活:当事者ソーシャルワーカーの可能性』(加藤真規子著、現代書館、2100円)がお勧めです。

(もりたくみこ 立正大学社会福祉学部社会福祉学科)