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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年2月号

総合リハにおける職リハとその課題

松井亮輔

1 はじめに

わが国で障害者の職業問題に本格的に取り組まれるようになったのは、1960年に身体障害者雇用促進法(現・障害者の雇用の促進等に関する法律、以下、障害者雇用促進法)が制定されて以降である。同法制定のきっかけとなった、1955年の国際労働機関(ILO)総会で採択された「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」(第99号勧告)の前文で、「個々の障害者の雇用ニーズを充たし、人的資源を最もよく活用するためには、医学的、心理学的、社会的および教育的サービスならびに職業指導、職業訓練およびフォローアップを含む、職業紹介サービスを継続的かつ調整されたプロセスに結合することにより、障害者の労働能力を開発したり、回復させることが必要である」と規定されていることからも明らかなように、職業リハビリテーション(以下、職リハ)サービスを他のリハサービスと結合すること、つまり総合リハビリテーション(以下、総合リハ)の一環として位置づけることの重要性が謳われている。

しかし、わが国の職リハ関係者が、総合リハとの関連で職リハを意識するようになったのは、1965年に東京で国際障害者リハビリテーション協会(現・国際リハビリテーション協会、以下、RI)および財団法人日本肢体不自由者リハビリテーション協会(現・日本障害者リハビリテーション協会、以下、リハ協)が共催した、わが国で初めてのリハ会議である、「第3回RI汎太平洋リハビリテーション会議(現・RIアジア太平洋地域会議)」と言える。

2 他分野と比べ設立が遅れた職リハ学会

第3回RI汎太平洋リハ会議を特に職リハ分野の関係者が注目した要因の一つは、前年秋の東京オリンピックに引き続いて開催された東京パラリンピック(車いす競技大会)で、わが国の選手の多くが身体障害者更生援護施設などの利用者だったのに対して、欧米諸国など海外から参加した選手のほとんどが職業人だったという、まさに対照的とも言える違いを知り、わが国の関係者が大きなショックを受けたことが挙げられる。そのため、この会議で海外とのギャップの要因を見極め、それを埋めるために今後どのような取り組みを進めるべきか、その方策を検討する上で参考になることを学びたいと考えた職リハ関係者が少なくなかったと思われる。

同会議を契機にRIが各地域持ち回りで3、4年ごとに開催する世界会議や、世界会議の中間年にアジア太平洋地域で開催される汎太平洋リハ会議に参加するわが国のリハ関係者が次第に増え、それらの関係者が国内で障害種別を越えた、リハ分野の横断的な集まりを持とうということで、現在の総合リハ研究大会の源流と言えるリハビリテーション交流セミナーが1977年に開催されることになった。

このリハ交流セミナーに関わった職リハ分野と他の分野、特に医学リハおよび教育リハ(特殊教育)分野の大きな違いは、他の分野では1960年代初めにそれぞれの学会ができており、学会を中心とした専門分野での活動が展開されていたのに対し、職リハ分野にはまだ学会などがなかったことである。

職リハ学会の前身と言える日本障害者職業リハビリテーション研究会が発足したのは1971年で、同研究会による大会が1973年から始まっているが、それが発展して学会となったのは、1990年のことである。同研究会は、1957年にニューヨークの国際障害者センター(ICD)で開発された、障害者の職業能力評価バッテリーであるTOWER法の日本版の伝達講習会(1971年)(注1)に参加した17人の関係者を中心に設立されたもので、当初は職リハの中でも職業評価に焦点が当てられていたが、現在では職リハ全般がその対象領域となっている。

3 障害者雇用促進法による職リハの制度化

1987年の法改正で、身体障害者雇用促進法から障害者雇用促進法に名称が変わるとともに、同法の目的として「職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通してその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じる」ことなどが掲げられている。そして、同法に基づく職リハサービス提供機関である障害者職業センターの中核組織として障害者職業総合センターが1991年、千葉市に設置された。

同センターの業務は、1.職リハに関する調査および研究の実施、2.障害者雇用に関する情報の収集、分析および提供、3.障害者職業カウンセラーおよび職場適応援助者(ジョブコーチ)の養成および研修、4.広域障害者職業センター、地域障害者職業センター、障害者雇用支援センター、障害者就業・生活支援センター、その他の関係機関に対する職リハに関する技術的事項についての助言、指導その他の援助の実施、6.事業主に対する障害者の雇用管理に関する事項についての助言、その他の援助の実施、などとされる。

また、同センターでは、1993年から「職業リハビリテーションに関する調査研究や実践経験の成果などを広く関係各方面に周知するとともに、参加者相互の意見交換、経験交流を行うことにより、障害者の雇用促進に資すること」を目的に、毎年、職リハ研究発表会を行っている。その主な参加者は、企業関係者、研究者、障害者の雇用、福祉、医療・保健、教育に携わる関係者など多分野にわたる。2009年の同発表会には、800人以上の各分野の関係者が参加している。

4 職リハ分野の人材養成の現状と課題

このように、リハ交流セミナーが開始された当時、独自の学会などを持たなかった職リハ分野にもその専門性を深める体制が整備されてきているとはいえ、職リハサービスを共通に担う専門職養成制度はいまだ確立していない。

職リハ学会には「職リハに関心のある者であれば、専門領域、所属機関、職種にかかわらず入会できる」とされていることからも分かるように、同学会は基本的には資格要件は問わず、だれにでも開かれた学会となっている。職リハとしての専門性が問われないのは、逆に言えば、それを条件とできるまでには学会として成熟していないということである。

障害者雇用促進法に基づく職リハの専門職とされる、障害者職業カウンセラーは、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の採用試験に合格し、障害者職業総合センターでの研修(全体で1年間)を修了した後、障害者職業センターでカウンセラー職に従事することが前提とされている。つまり、その資格は、障害者職業センター以外では認められないということになる。

近年、養成者数が大きく増加しているジョブコーチにしても研修期間は数日間と短く、専門的な資格の付与を意図したものではない。

障害者基本計画(2003年度~2012年度)の重点施策実施5か年計画で「働くことを希望する障害者が能力を最大限発揮し、就労を通じた社会参加を実現するとともに、職業的自立を図るため、雇用政策に加え、福祉政策や教育政策と連携した支援等を通じて障害者の就労支援のさらなる充実・強化を図る」ことが謳われているが、職リハ分野の関係者がその役割を十分担いうるためにも、職リハ共通の専門職の養成制度ができるだけ早く整備される必要があろう。

ILOが1985年に刊行した「障害者の職業リハビリテーションの基本原則」(第3次改定版)によれば、職リハの目的は、「適切な仕事への(障害者の)満足な就職であり、就職は、一般または保護雇用(注2)で達成しうる」としている。

ところがわが国では、障害者雇用促進法で規定される職リハの目標はあくまで一般雇用であり、保護雇用や福祉的就労への対応は、障害者自立支援法に委ねられている。したがって、ILOでいう職リハは、わが国では障害者雇用促進法によるものと、障害者自立支援法によるもの、つまり、労働行政によるものと福祉行政によるものに分断されている。

障害者自立支援法で「福祉から雇用への移行」が強調されているとはいえ、実態としては制度間でかなりの違いがあるため、連携する教育や保健・医療関係者やサービスを利用する障害当事者としてはいずれの制度を選択するのが適切か、その判断に迷うことが少なくないように思われる。職リハ関係者が、総合リハチームの一員として効果的な役割を果たすためにも、職リハを一貫性のあるものに再編整備することが求められよう。

5 総合リハ研究大会の今後のあり方

1977年に始まったリハ交流セミナーが、1991年から総合リハ研究大会として開催されてきているが、職リハ分野では1990年以降職リハ学会による大会が、また1993年以降障害者職業総合センターによる職リハ研究発表会が、それぞれ毎年行われている。

職リハ学会の大会では会員であれば、自らの研究や実践について発表の機会が与えられる。2009年の大会には300人近くの会員などが参加している。また、障害者職業総合センターの研究発表会も事前に申し込めば、時間が許す限り参加者に発表の機会が与えられる。

一方、総合リハ研究大会は、限られた人数の実行委員会の委員が中心となってプログラムの企画、準備および実施にあたるため、あらかじめ用意されたプログラム以外に、参加者が自らの研究や実践などの成果を発表するセッションは設けられていない。また、大部分の参加者は毎年変わることや、近年、参加者の世代交代が進んだこともあり、同大会が当初意図した各リハ分野を越えた全国や地方レベルでの交流や連携強化にはあまりつながっていない。2009年の同大会参加者は、150人程度にとどまっている。

職リハ学会や職リハ研究発表会などとの違いを出そうと思えば、リハ交流セミナー開催のきっかけとなった、RIとの結びつきを再び強めること。その一つの選択肢としては、アジア太平洋地域のRI加盟国でリハ協と同様、全国的なリハ会議を毎年開催している韓国障害者リハビリテーション協会(KSRPD)のそれとの相互交流を進める(具体的には、総合リハ研究大会に韓国のリハ関係者を招く一方、わが国の関係者が韓国でのリハ会議に参加する)ことなども検討に値すると思われる。

また、2006年12月に国連総会で採択され、2008年5月に発効した障害者権利条約では、障害者が「生活のあらゆる側面に完全に包容され、及び参加すること」が目指されていることを考えれば、総合リハ研究大会のプログラム企画や実施にも障害当事者の参加をさらに積極的に進めることが求められよう。

そして、特に職リハの立場からは、障害者の就職の受け皿となる企業などの関係者も参加しやすいプログラムの工夫を凝らすことも提案しておきたい。それ以外の参加者の層をもっと広げるための取り組みも必要と思われる。

(まついりょうすけ 法政大学教授)


注1)TOWER法は、ICDで研修を受けられた岩崎貞徳氏(当時・重度障害者更生援護施設広島県立あけぼの寮指導課長)が、そのテキストを社会福祉法人日本肢体不自由児協会(当時リハ協は、日本肢体不自由児協会の1部門ともいえる実態にあった)の援助で1971年に翻訳・出版。それを教材として同年、日本版TOWER法伝達講習会が、日本肢体不自由児協会とあけぼの寮の共催で行われた。そうした関係もあって、日本障害者職リハ研究会は、1986年まではリハ協の研究会の職業部門という位置付けで、事務局もリハ協に置かれていたが、1987年にリハ協から独立している。

注2)通常の競争的雇用に適さない障害者のために保護された状況の下で訓練ならびに雇用を行うための制度で、わが国の就労移行支援事業や就労継続支援事業などの福祉的就労の一部もそれに該当する。