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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年3月号

フォーラム2010

障がい者制度改革推進会議の意義と課題

山崎公士

はじめに

本年(2010年)1月12日に「障がい者制度改革推進会議」(以下、「推進会議」)の初会合が開かれた。2009年12月8日の閣議決定で、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備など日本の障害者制度の集中的な改革を行い、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に「障がい者制度改革推進本部」(本部長:内閣総理大臣)が設置された。推進会議は、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため推進本部の下に置かれたもので、障害当事者、障害者の福祉に関する事業に従事する者や学識経験者等からなる。推進会議の構成員24人中14人が障害当事者やその家族であり、当事者の視点から従来の障害者政策・施策を抜本的に変えることが期待されている。

福島瑞穂内閣府特命担当大臣は推進会議の初会合で、1.障害者施策の基本理念を定めた障害者基本法の抜本改正、2.障害者自立支援法に代わる障がい者総合福祉法(仮称)、3.障害者差別禁止法制の3点について、夏までに骨格を示すよう推進会議に要請した。いずれも障害者権利条約の批准に向けて障害者団体などが対応を求めていたものである。また山井和則厚生労働大臣政務官は、障害者自立支援法訴訟団と厚労省が本年1月7日に結んだ、1.自立支援法廃止と新法制定、2.国の反省、3.推進会議で新たな福祉制度を策定など5項目の合意について説明し、厚労省としても会議の議論に全面的に協力していくと表明した。

本稿では、推進会議の一構成員の立場から、推進会議が設置された背景、推進会議での検討状況を簡単に説明し、推進会議の今後の課題を考えてみたい。

1 推進会議設置の背景

障害当事者・家族や障害者団体は長年にわたり国の障害者政策の抜本的見直しを求めてきた。とくに障害者福祉サービスをめぐって、現行の自立支援法の廃止を求める運動と裁判が全国各地で展開された。2009年7月に公表された民主党のマニフェストでは、同法を廃止し、障がい者福祉制度を抜本的に見直すと明記された。また民主党政権となり長妻厚生労働相は同年9月に同法の廃止を明言していた。そして前記5項目合意も締結された。

以上の背景に加えて、民主党の「障がい者制度改革推進法案」において、現在内閣に設置されている「障害者施策推進本部」(本部長:内閣総理大臣)を改編し、日本の障がい者施策の改革を総合的かつ集中的に推進し、必要な国内法の整備・見直しを行うために、新たに「障がい者制度改革推進本部」を設置することとされていた。これが推進本部と推進会議が昨年末に置かれた直接の背景である。

図 障害者制度改革の推進体制拡大図・テキスト

2 推進会議での検討状況

1月12日の推進会議初回に、日本障害フォーラム(JDF)の小川榮一代表が議長に互選され、JDF幹事会議長の藤井克徳氏が議長代理に指名された。推進会議での検討の目処として、同会議担当室長の東俊裕氏(弁護士)は、「夏までに改革の骨子・基本方針をまとめ改革本部に提出したい」との意向を示した。このため、推進会議は月2回、毎回4時間というペースで開催されることとなった。

推進会議で議論すべき検討事項は山積している。初回に東室長から、「制度改革推進会議の進め方(大枠の議論のための論点表)たたき台」が提示され、今後このたたき台に沿って議論を進めることになった。たたき台では、検討分野として、「障害者基本法」「差別禁止法」「虐待防止法」「自立支援法」「教育」「雇用」「交通と情報アクセス」「精神医療」の計8分野の下に、「障害の定義」「差別の定義」「モニタリング」「『障害』の表記の在り方」等41項目にわたって全部で108の論点が示された。なお、各構成員は事前に文書で意見を提出することができるものとされている。

2月2日の第2回推進会議では、障害者基本法と障害者差別禁止法に関し議論された。障害者基本法の基本的な性格については、障害者を保護される客体ではなく、権利の主体として位置付けるべきことが確認された。また基本法改正にあたっては障害者の権利を明示した「権利章典」としての性格を持たせること、各政策に対する「親法」として拘束力を持たせる必要がある点でも意見の一致をみた。障害の定義について、多くの構成員から「医療モデル」ではなく、「社会モデル」の考えを盛り込むべきとの意見が出された。現在の障害者の定義は狭く、難病や発達障害などを障害と認めない「制度の谷間」があるので、多様な障害のある方を包含できるような包括的な定義とすべきことや、差別の定義の中に「直接差別」、「間接差別」、「合理的配慮を行わないこと」という差別の3類型を含めることでも大方の意見は一致した。

障害者権利条約の批准後、同条約の国内実施を監視するためのモニタリング機関の設置に関しても議論された。モニタリング機関は、政府から独立した人権救済機関のあり方を示す国連・パリ原則に準拠する形で設置し、人権相談・救済、人権政策提言と人権教育の機能を持たせるべきとの指摘もなされた。

2月15日の第3回推進会議では、障害者自立支援法に代わる「障がい者総合福祉法」(仮称)のあり方などが議論された。「障害者が地域で生活する権利」に関し、障害者権利条約では自立した生活と地域社会に受け入れられることが規定されていることから、「総合福祉法」ではこの点を明文化すべきとの意見が続出した。また、障害者にとっての「自立」とは、「仲間や支援者の支援などを活用して、自分で選んだ当たり前の市民生活を生きること」と理解する点で意見が一致した。

第3回の終盤で、推進会議での議論とは別に、国土交通省で交通体系に関する議論が別個に行われているとの指摘があり、障害者政策に関しても省庁縦割りの弊害が見られることに懸念が示された。この点は、推進会議の設置趣旨を生かすためにも、重要な課題である。

なお、推進会議は夏ごろまでに項目ごとに議論を行う部会を設置することとされていた。しかし、東室長はこれに先立ち、「総合福祉法」に関する部会を3月にも設置することを提案し、了承された。3月1日に予定される第4回推進会議では、障害者の「教育」、「雇用」などが議論される。

結びにかえて―今後の課題

「私たち抜きに、私たちのことを決めてはならない。(Nothing about us without us.)」これは障害者権利条約を象徴する標語であり、障害当事者を政策の客体から権利の主体に転換し、条約の策定過程だけでなく実施過程においても、当事者参加が重要であることを示すものである。

推進会議構成員の過半数は障害当事者とその家族であり、この標語に相応しい構成となっている。これまでの障害者施策推進本部は官僚主体で、障害者政策に関する省庁縦断的な調整機関であった。しかし、推進会議は現行の障害者施策の基礎となっている法制度そのものを抜本的に改革するという役割を担う、当事者主体型の会議体である。推進会議は官僚主導に代わり市民主導による政策決定が試みられる実験の場でもある。

障害者権利条約の批准に向けた国内モニタリング機関の設置、障害者基本法の抜本的改訂、障害者差別禁止法・虐待防止法・障がい者総合福祉法の制定、インクルーシブ教育への転換、障害者の雇用の創出、交通と情報アクセス等々、推進会議が検討すべき課題は極めて多い。

推進会議の模様はインターネットを通じて手話通訳と字幕付きで同時中継されており、全国数10か所でこれを傍聴する会が催されている。「私たち抜きに、私たちのことを決めてはならない。」を実現するため、会議内容を同時進行で公開するのは当然ではあるが、これまでにないことであり画期的といえる。推進会議では、全国の多様な人々の注視の下での開かれた議論を通じて、市民主導の障害者政策・施策の抜本的見直し作業が続けられる。

なお、現在の推進会議は閣議決定を設置根拠としているが、できるだけ早い段階で、これを法律により設置し、議論の成果に重みを持たせるべきことも会議の中で繰り返し指摘されている。

(やまざきこうし 神奈川大学教授)