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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年4月号

三重県精神障がい者地域移行支援事業における「地域づくり」の取り組み

和田正子

1 はじめに

三重県では、平成15年度から「精神障がい者地域移行支援事業」に取り組んでいます(図1)。平成15年度~平成17年度の3年間は、1事業所に委託してモデル事業を実施(県内全域を対象)し、平成18年10月からは、県内全9圏域の計12事業所に委託して実施しています。現在は、各事業所に地域体制整備コーディネーター、地域移行推進員を配置して積極的に事業を展開しています。その結果、平成20年度までに196人の方が地域生活へ移行しました。

図1 三重県精神障がい者地域移行支援事業の概要図
図1 三重県精神障がい者地域移行支援事業の概要図拡大図・テキスト

平成21年度からスタートした「みえ障がい者福祉プラン・第2期計画」では、平成23年度までの3年間の地域生活への移行目標値を170人としています(目標値は、平成20年度に実施した「精神科病院入院患者意向調査」の結果とこれまでの地域移行実績を勘案して策定)。三重県の特徴は、県内全精神科病院の協力が得られていること、各圏域で地域移行支援協議会を開催し、地域支援ネットワークの形成に努めていること等があげられます。

2 各地域におけるアイデアの創造

三重県における地域移行支援事業の取り組みの方向性は「地域づくり」にあります。地域づくりに取り組むことが、結果として、長期入院解消の近道になると考えているからです。普及啓発活動や居場所づくりなどを地域と一体となって行うことで、自然な形で「地域支援ネットワーク」が形成され、それがすなわち「地域づくり」につながると考えています。この方向性に沿って、各地域の特性を生かした取り組みを行っていますのでいくつか紹介します(図2)。

図2 地域支援ネットワークと精神障がい者地域移行支援事業
図2 地域支援ネットワークと精神障がい者地域移行支援事業拡大図・テキスト

1.普及啓発用パワーポイント(写真映像)の作成

障害者総合相談支援センター「そういん」では、長期入院から地域生活に移行した当事者(入院歴34年)を主人公にして、「朝ちゃんの青春」という普及啓発用パワーポイントを作成しました。退院から現在の生活の様子、利用している福祉サービス等の紹介をしています。画面一杯に写し出された朝ちゃん(主人公)の笑顔が印象的です。この写真映像を活用して、入院患者や病院職員、民生委員等へ普及啓発活動を行っています。写真や映像を通した視覚的なPRを行うことで、「退院した後の地域の暮らしがイメージしやすい」と好評を得ています。

また、看護学生への講義に使用した際には、何十年も病院に入院している現実への驚きの声に続き、「早期に退院できるような看護ケアを行いたい」という意見が多く寄せられました。未来の看護師への普及啓発にも役立っています。

2.使える資源マップ(地域社会資源マップ)の作成

鈴鹿地域精神保健福祉連絡会(鈴鹿保健所)では、鈴鹿・亀山地域のネットワーク図に加え、施設・事業所、関係機関、医療機関だけでなく、有償ボランティア、福祉の店等も掲載した「使える資源マップ(地域社会資源マップ)」を作成して活用しています。地域の資源が一目でわかることで、地域の現状と課題の把握が容易になり、関係者の共通理解にもつながり、地域移行支援協議会の円滑な運営にも役立っています。

3.グループピアサポーターとともに行う病棟での啓発活動

地域生活支援事業所「アンダンテ」では、グループピアサポーターとともに、榊原病院、こころの医療センターで定期的な病棟交流会を開催しています。地域で生活する当事者が、グループで病棟を訪問して入院患者と交流・情報交換を行っています。退院に消極的な入院患者にとって、地域生活に向けた動機づけの機会となり、「なかま」同士でなければ生み出せない力が引き出されています。

また、入院患者の退院後の生活を目にすることのない病棟職員にとっても、地域で生活する「元」入院患者を目の当たりにすることで、認識に変化をもたらしています。

4.「居場所づくり」と「地域一体となった映画上映会」の開催

長期入院患者が地域生活へ移行して定着を図っていくためには、日中活動の場(居場所)を確保することが大切です。しかし、障害者自立支援法に定める福祉サービスでは対応できないことも多いのが現状です。そのため、伊勢ふるさと会・心の相談室「ひかり」では、居場所として、夕方、フリースペースを毎週1回開催し、夕食提供とピア交流を行っています。社会資源のない地域(南伊勢町)でも月2回、無償でサロンを開設しています。

一方、普及啓発活動の取り組みの一つとして、昨年、きょうされん設立30周年記念事業として製作された映画「ふるさとをください」の上映会を開催しました。この上映会は、地域づくりの視点から、ほぼすべての地域関係者で実行委員会を組織して行われました。映画を鑑賞した人(約1,100人)のほとんどは、純粋に映画を見に来た「地域住民」でした。これが、普及啓発活動の本来の姿ではないかと思います。

3 点から線へ、そして面へ~精神障がい者地域移行支援事業ハンドブックの作成~

平成19年度までの支援事業は、各事業所が地域の実情に合わせて取り組むこととし、統一したルールは最小限として進めてきました。しかし、支援事業を進めていくなかで、地域の実情に合わせた独自の取り組みだけでは解決できない多くの課題が見えてきました。平成20年度からは、支援事業全体の見直しを進め、要綱改正や研修会の充実に努めてきました。今後さらに支援事業を有効に展開するためには、地域支援・個別支援を行う際の相談支援員のスキルアップが重要となります。

そして、それを助けるツールの必要性、地域ネットワークの重要性、他の地域で実施している取り組みを参考にしながら、工夫し、自由に取り入れる仕組みの必要性、などからハンドブックを作成しました(図3)。このハンドブックは、支援に携わる関係者が「どう対応していいかわからず、困ることがないよう」、常に手元に置きながら活用することを意図して作成しています。単なる教科書や事務処理マニュアルとは異なり、関係者の活動がしやすくなることを目指しています。

図3 ハンドブック
図3 ハンドブック拡大図・テキスト

また、利用者の「退院したい」という希望を叶えるための支援方法のヒントを散りばめています。ハンドブックは支援事業を進めるための「道しるべ」ですから、一度作ったら終わりというのではなく、常に見直しを行いながら運用を図っていきます(ハンドブックは、三重県ホームページに掲載しています)。

4 関係機関への働きかけ

地域づくりを推進するためには、関係機関の協力・連携が必須であることから、保健所、県立精神科病院、市町への働きかけを行いました。保健所に対しては、「保健所における精神保健福祉業務のあり方」検討を行うなかで、「委託事業所へのスーパーバイズ」「地域支援ネットワーク」を保健所の役割・業務として位置づけました。県立精神科病院に対しては、連絡協議会において支援事業への積極的な関与を求め、病棟におけるピアサポーターとの患者交流が実現しました。市町職員に対しては、「障害福祉計画」「相談支援と地域自立支援協議会の活性化」をテーマとした職員エンパワメント研修を実施し、地域移行支援協議会と地域自立支援協議会が一体となって運営がされるよう提案しました。

このように、地域づくりを推進するために、多方面からの働きかけを行っています(図4)。

図4 地域自立支援協議会と精神障がい者地域移行支援事業
図4 地域自立支援協議会と精神障がい者地域移行支援事業拡大図・テキスト

5 さらなる支援事業の推進~ワンランク上を目指して~

利用者・家族が安心・安定した地域生活を送るためには、地域の支援者全員で支える仕組みである「地域支援ネットワークの整備」が重要になります。地域の支援体制を整備して、関係者同士が常に「顔の見える関係」でいることで、スムーズな連携が可能になります。引き続き、地域づくりに取り組むとともに、地域移行支援協議会と地域自立支援協議会が一体となって運営されるような仕組みづくりを行っていきたいと考えています。

また、平成22年度の新たな取り組みとして、三重県精神保健福祉士協会及び日本精神科看護技術協会三重県支部と連携した研修会を開催する予定です。さらに、これまでに地域生活へ移行した支援事業利用者の状況把握を行うため、「地域生活移行調査(仮)」の実施を計画しています。地域生活に移行した利用者の意見を聞くことで、新たな視点から支援事業を見直す機会となるのではないかと考えています。

今後も支援事業に関わるすべての関係機関と連携を図りながら、ワンランク上を目指した「地域づくり」に取り組み、支援事業のさらなる進化を図りたいと考えています。

(わだまさこ 三重県健康福祉部障害福祉室)