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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年4月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

講演会「ニーズ中心の福祉社会へ」

中西正司

中西・上野による『当事者主権』(岩波書店)の発刊以来5年が経過した。今回は、政権交代を迎えて満を持して発刊した『ニーズ中心の福祉社会へー当事者主権の次世代福祉戦略』(医学書院)の発刊シンポジウムであり、著者のうち3人が参加した。さらに、高齢社会を良くする女性の会の代表である樋口恵子さんをシンポジストとして迎え、高齢・障害の2つの運動体が福祉サービスユーザーユニオンを作ろうとする大きな動きの中でこのシンポジウムは開催された。さらに加えるなら、大沢真理さんは男女共同参画社会基本法を作り上げた中心人物であり、上野千鶴子さんは女性運動の先鋭的リーダーであり、かつ介護保険制度に関して、ユーザーの立場から物申す論客である。それに全国自立生活センター協議会から中西が加わった。

上野氏―「当事者主権」とは何か

シンポジウムはまず上野さんより、「介護される側の論理:当事者主権の立場から」という論題で当事者主権とは何か、当事者とはだれか、当事者主権は何を変えるか、弱者救済から自己解放への自らの人生の軌跡を語った。当事者主権とは、マイノリティの自己定義権の要求であり、女性運動として彼女がこれまで目指してきたものがすなわち当事者主権であったことを「当事者主権」という言葉として理解し直したという。

当事者であることと当事者になることは違う。介護の世界では、当事者主権の敵はパターナリズムである。ニーズとは何かという説明の中では、庇護ニーズ、承認ニーズ、非認知ニーズ、要求ニーズの4つがあり、この中で社会が承認したニーズのみが介助サービスの認定対象となる。本人の要求ニーズとの間では常にせめぎあいがあり、利用者の要求ニーズはわがままとかぜいたくとか言われてこれまで押し込められてきた。

介護とは、介護者と要介護者との間の相互行為であり、お互いがハッピーでなければ介護は成り立たない。ここで上野さんはケアの権利として、1.ケアする権利、2.ケアすることを強制されない権利、3.ケアを受ける権利、4.(不適切な)ケアを受けることを強制されない権利、の必要性を述べた。最後に、高齢者の介護を受ける側の発言が極端に少ないこと、それが介護保険のサービスの低下を招いてきたこと、この点で高齢者は障害者運動に学んでいく必要があることが語られた。

樋口氏―当事者による介護保険への改正

続いて樋口さんからは、介護保険は当事者の選択と自己決定権を主張した点で類例をみない制度であり、介護保険法第117条第6項には、「被保険者の意向の反映」が明記され、ガイドラインには「委員の公募」などが含まれている。この条項をして、当事者による介護保険への改正は可能だと思う。介護保険は生まれて10年間に“非行化”した観があるが、原点に返り、良く育て直すのも利用当事者の役目であり、生まれた子どもが不良に育ったことを取り返す手段はまだ残されていると語った。また、自らが要介護度1の認定を受け、介護保険を受給した経験から、14枚もの書類にサインをしなければならなかったこと、ケアマネジャー3人をはじめ職員が7人も自宅に来て、実施手続きの壮大な無駄があることを指摘した。

高齢の所得のある者が、自己負担をすることは可能であること、とは言え、貯蓄に手をつけたくないことを自分の例を引きながら冗談たっぷりに話され会場を沸かせた。また、高齢者の意見を国会でも十分に取り上げるべきであること。自民党が高齢議員を排除しようとしているのは逆行している。参議院には一定比率の高齢者、女性は半数などの議席を割りふるべきであると述べられた。

大沢氏―経済学者の視点から

大沢さんは、経済学者の視点から発言された。小泉構造改革以後、福祉政府は惨憺(さんたん)たる状況にある。2001年度から社会保障負担は国税総額を上回った。税制と社会保障を合わせて財政を見る必要がある。もともと低かった日本の税は、1990年~2004年度に急速に低下していった。90年代前半は自然減収があり、95年以降の構造改革で、法人と高額所得者・資産家減税を行った。特に株などのストックに対する課税は極端に低く、所得とストックとは合算して課税すべきと考えている。社会保障給付の伸びは、2002年から著しく抑制された。税と社会保障の効果(格差緩和、貧困削減)は、OECD諸国で最も貧弱であり、特に税の効果が低下している。日本では、税・社会保障が子どもの貧困率を引き上げると、貧困が生まれる原因を簡明に説明された。

さらに、以上の課題への政策的提言としては、累進課税の強化と働くことを推進するような税制、応益負担より応能負担を、90年代の企業税(法人税)、所得税の復活、資産所得課税強化と高額所得者への福祉サービスの自己負担制度などを提起された。

中西―低い障害者関連予算

中西からは、現在の障害者関連予算は2兆円であり、それはOECD諸国の中で、アメリカとともに最下位を争っていること、障害者予算の中で7割が施設予算であり、在宅は3割の640億円(平成16年度予算)にしかすぎないことを指摘し、要求することに遠慮することはないと指摘した。さらに、雇用創出効果において、建設土木関係より介助分野は極めて高い効果を持つことをチャートで示した。

次に、「ニーズ中心の福祉社会へ」において、中西が提案した地域での生活を可能にする社会サービスの予算一覧を示した。その中には、介護保険利用者が1日20時間以上の介助サービスを使った場合、住宅手当4万円を支給した場合、高齢者にも移動介助を保証した場合、通勤、通学に介助を使った場合などについて試算を行い、それでも総額7兆円にしかならないことを示した。これまであるべき福祉サービスの試算が行われたことはなく、これは初めて必要額を提示した例となる。その予算については大沢さんが高額所得者の資産、遺産、金融資産、課税を90年代の水準に戻すだけで十分対応できることを示している。

討論―高齢と障害の統合福祉サービスユーザーユニオンを

次に、政権交代における障がい者制度改革推進会議が委員の過半数が当事者で開かれていることは、今後の施策推進において大きな改革が期待できることを示した。

続いて、上野さんの司会で討論に移った。まず財政問題について、論者は全員、高額所得者累進課税の強化と法人税の90年代への税率の復帰、資産課税を上げることを認めたが、その中で樋口さんは、消費税導入の必要性を認め、その場合は高額物品の消費税を強化し、食料品などの基本的生活物資については消費税の対象外として、逆進性を避けるべきと述べた。

障害認定については、上野さんは、ケアマネの必要性についてその専門性を高めることが必要と訴えたのに対して、中西はセルフマネジドケアが基本であり、ケアマネは当事者の主体性を損なう可能性があるので、必要な場合に限定して使う必要があることを強調した。

介護保険と障害の統合ユーザーユニオンについては、樋口さんは、高齢と障害を性急に無理に統合する必要はなく、それぞれがそのユーザーの育成を図っていけばよい。高齢者の場合、家族や周囲の人に遠慮してサービスを使えない人、ユーザーとしての権利主張をできない人たちがいることを理解してほしい。AARP(アメリカの50歳以上の人を対象にしたNPO)のような高齢当事者団体が日本に必要なことは理解していると述べ、高齢者の政治参加、方針決定への参加に意欲を見せた。

大沢さんは学者として、ユーザーユニオンを支援していきたいと述べた。上野さんは、この種の講演会があれば講師として出ていきたいと述べ、積極的に支援する姿勢を示した。最後に中西から、ユーザーユニオンの必要性を訴え、財源委譲には国民の過半数の支持が必要であり、そのためにも高齢・障害の当事者の声を集める必要があると述べた。

シンポジウムは盛会のうちに終了した。今後高齢当事者の動きを見ながら、ユーザーユニオンの設立時期を探っていきたい。

(なかにししょうじ 全国自立生活センター協議会常任委員)