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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年4月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

がんばカンパニー
~ソーシャルファームを拡げたい~

中崎ひとみ

はじめに

がんばカンパニー(以下がんば)は、滋賀県大津市にあります。大津市は琵琶湖に面し、世界文化遺産の比叡山をはじめ、三井寺や石山寺などの歴史遺産も有する湖都です。京阪神へのアクセスが良く通勤圏内の住宅地として人気もあり、人口約33万人の中核都市になりました。がんばの運営主体「社会福祉法人共生シンフォニー」は、大津市内で自立支援法内就労継続支援事業A型(以下A型)2か所、生活介護・B型の多機能型2か所と老人デイサービスセンターを運営しています。

今日に至るまで

がんばは1986年、木造賃貸アパート四畳半の一室から、「今日も一日がんばった本舗」という名前で障害者5人の無認可小規模作業所としてスタートしました。「働きたいのに、障害者というだけで社会は受け入れてくれない。ならば自分たちで働く場を作ろう」という当事者の熱い願いから始まりました。キャッチフレーズは「商いでノーマライゼーション」。重度の脳性マヒ者中心でしたので、手先を使う製造や内職ではなく、陶器やお茶・珈琲等の仕入販売を中心に文字通り商売を行いました。しかし、設立当時は売上も少なく経営は困窮を極め、皆バイトで生計を立てていました。

1990年、木造アパートから自己所有のプレハブに移転。その頃にはルート販売を始め、1200万円ほどの売上が確保できるようになります。1996年には建て替えて、新たに知的障害者のための菓子製造という職種を創り出します。この頃、さまざまな団体の影響を受け、議論の末に「障害のあるなしにかかわらず同じ目的を持つ仲間すべてが当事者」「障害者の労働権獲得」が当時の理念となりました。翌年以降、努力のかいもあり売上は3000万円を超え、障害者とも雇用契約を締結して、能力によらない営業所得の再配分をし、障害者の労働権獲得を実現し始めたのもこの頃です。

その後はしばらく苦難の時代となります。労働権を自ら守るため、全員最低賃金以上の給料支払いにこだわってきたのですが、市場参入もままならず営業所得が得られず、運転資金を銀行より数千万も借り入れる経営的危機を幾度も迎えます。また、能力主義的な労働市場や資本主義体制の中での闘いは「理想と現実」に大きな矛盾をはらんでおり、資金難と相まって、精神的にも金銭的にも苦しい時代でした。そんな中皆で話し合い、『共生・共働・共育』の優先課題を目的別に整理し、それぞれの果たすべく役割ごとに作業所を分立していきました。その一つが、設立当初のキャッチフレーズ「商いでノーマライゼーション」を受け継ぐ「がんばカンパニー」となったのです。

滋賀県と作業所で作った制度

がんばのほかにも、滋賀県では同じような志を持って障害者に賃金を支払う作業所が数件あります。この努力が認められ、2000年には無認可の小規模作業所を対象に、滋賀県単独の「滋賀県機能強化型障害者共同作業所(事業所型)」という制度が創設されます。名前の通り、作業所も収益事業を行い障害者雇用することを応援する制度で、がんばでもこの制度を利用して障害者雇用を進めてきました。さらに2002年には、滋賀県単独の「小規模通所授産施設 事業所型」の制度が創設されます。がんばは2004年にその事業所型に移行をし、国庫補助の3000万円を得て菓子工場の新設と設備増強を行いました。これを転機に生産増と売上増が始まり、移行時には5000万円であった売上が、2006年には1億円を超え出したのです。

この制度は2005年に「滋賀県社会的事業所制度」という無認可の小規模作業所用の制度に発展します。要綱の内容も、事業所型が定員の半分以上の障害者雇用で良しとしていたのを全員雇用に強化、補助金要綱の使途の中でも従来の小規模作業所にあった「職員給与」という項目が全員が含まれる「給与」という項目のみになりました。しかし、あくまで障害者と認められた人を対象にしており、要綱の中に障害者の対等性を謳いながらも、障害者福祉の枠でとどまったのが残念なところです。しかも、昨今の地方財政難の中、制度存続の危機を迎えています。企業ではない作業所が何十人もの障害者雇用を担っている制度を行政が支援をし、さらなる制度に発展させられるか、今後の課題です。

がんばの今

がんばがA型に移行したのは2008年。2010年4月現在では、工場を新設移転し定員50人になりました。身体・知的・精神の人たち38人が、平均賃金(雇用契約上)119,000円で働いています。内訳は知的障害者が一番多く、身体・精神は同じ割合で、健常者(職員)は19人です。

事業は製菓業、主にクッキーの製造販売です。自社の無添加オリジナルクッキーの直売や卸を主に、企業等のPBやOEM商品を製造しています。2009年度の売上は、1億7千万円程度と福祉事業会計より就労支援会計の方が数倍多いという状態になりました。この売上増をもたらしたのは、整備のみによるものではありません。沿革にもありますように、苦しい状況にあっても理念を貫き共働を続け、能力主義と闘いつつも一般市場に参入できる事業力を年月とともに身に付けてきたからこそです。製造、販売、事務、管理等、それぞれの職種の中で障害者個々の特性を当てはめ、しっかり力を発揮できるよう創意工夫を行っていたことが事業力の土台になっています。

これはいわゆる指導員が利用者を訓練、指導する関係ではできないことです。一人ひとりと向き合い働き合うことで時間はかかってもグループとしてのスキルアップにつながるのです。働く意味や意義を見い出せるように、本人が本来持っている力を仕事の中で引き出し伸ばしていくことが生産力の増強につながり、従来の能力主義を補完して、市場への参入や賃金の支払いができるようになってくると思うのです。A型にもいろいろな施設があると聞きます。福祉的就労の枠から抜け出せず最賃減額をしている所は、労働者としての対等性を持たず、訓練や介護といった障害者福祉の視点で捉えてしまう制度の呪縛の弊害なのでしょう。

社会的事業所(ソーシャルファーム)の実現に向けて

がんばは自立支援法を利用したA型ですが、「ソーシャルファーム」としての内実も兼ねていると思っています。本来A型は障害者7.5:職員1の割合で制度設計されていますが、がんばでは比率が2:1です。一般的に障害者比率が高いと生産性が低くコストが高くなり、市場では通用しません。量と品質を確保するため健常者比率を高くすることで補っているのです。

ソーシャルファームとは、ヨーロッパ等で1990年代から展開されてきた、労働統合型の社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)のことで、社会的に不利な立場にある人々(障害者、高齢者、母子家庭、刑余者、移民、路上生活者等、競争原理が働く一般労働市場から排除される人々)が一定の割合で労働者として参加し(もちろん最賃減額などしない)、政府(行政)からの援助だけではなく、事業によって市場に参入する団体や企業のことを指します。営利目的ではなく、労働者と経営者が対等であり、サードセクター的側面から発生したところが多いのも特徴です。

がんばはソーシャルファームとして看板を出しているわけではありませんが、前述した高い健常者比率(職員人数)の中に、労働市場から排除された人たちが幾人も含まれます。これは、そんな仕組みがあることも知らない1996年頃、共働を意識し始めた時代からのことです。がんばの共に働く仕組みがさまざまな人たちにとって働きやすかったからなのか、自然に創り出された今の働き合いは「ソーシャルファーム」を形取っているようです。

現在の日本の労働情勢は障害者だけに限らず、すべての人たちに厳しい時代となっています。今、障害者の雇用だけ論じても国民のコンセンサスは得られません。しかし、障害者福祉が一歩先んじて就労困難者の対策に取り組んできたことも事実です。これからは、福祉の枠を超え包摂されたソーシャルファームが新しい働き方となり、これからの未来を切り開いていく方法だと思います。

(なかざきひとみ 社会福祉法人共生シンフォニー常務理事)