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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年5月号

ワールドナウ

南インドにおける障害者の貧困削減事業
―障害者自助グループとその連合体の構築

高嶺豊

1 はじめに

アジア太平洋地域では、1993年から「アジア太平洋障害者の十年」が始まり、障害者問題が域内で重点的に取り組まれてきた。その間、多くの政府は障害者施策を制定しプログラムを充実させてきた。しかし、域内の障害者の8割は開発途上国の農村部に居住しており、彼らへの支援はまだ始まったばかりである。

国連では、2000年に国連ミレニアム開発目標(MDG)を採択した。その目標の重要な一つとして、2015年までに、1990年の貧困率を半減することが挙げられた。この時期から、障害と貧困の関係が開発関連機関でも重要視されるようになった。特に世界銀行では、障害者を含めない限り貧困問題は解決できないとの見解を表明し、積極的に障害者を包含する政策が取られ始めている。

アジア太平洋地域では、「第二次障害者の十年」が2003年から始まり、びわこミレニアム行動枠組みでは、優先領域の一つとして障害者の貧困削減を掲げている。これは、MDG実施事業に障害者問題を統合する試みである。

これまで、障害者問題は、慈善や福祉の問題と捉えられており、限られた部門での対応でしかなかった。しかし、障害者問題は、女性問題と同様、社会参加からの疎外と捉えられ、現在では、開発へのインクルージョンの問題として認知されている。そのため、最近では、障害と開発という視点が盛んに唱えられている。

筆者は、1990年から2003年まで、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で、障害者プログラムに従事していたが、その間、多数を占める農村部の障害者への支援の仕組みを模索してきた。その足掛かりが、貧困削減事業に障害者問題を取り入れることであると思われた。そのような中で出会ったのが、南インドのコミットメンツ(NGO)が取り組んでいた障害者の自助グループの構築であった。本事業は、その後、世界銀行の融資を受けて、アンドラプラデシ州で始められた貧困削減事業の障害者部門のモデルになった。

本稿では、コミットメンツと世銀融資の貧困削減事業における障害者自助グループの構築及びその連合体の取り組みを紹介し、途上国の農村部における、障害者のエンパワメントと貧困削減への可能性を考察する。

2 貧困削減の手法としての自助グループ形成

貧困削減事業としての自助グループの構築は、南アジア諸国では盛んに行われている手法である。南インドのアンドラプラデシ州では、1990年代後半から、UNDP支援による女性の自助グループづくりが実施されている。筆者は、1999年に、当州の4000人余の会員を擁する自助グループの連合体事務所を訪れ、そのパワーに圧倒された記憶がある。

南インドの自助グループ(SHG)とその連合体の形成には、ソーシャル・モビライゼーション(SM)という手法が取り入れられている。SMとは、貧困者が自身の組織をつくり、その組織に積極的に参加し、貧困に関するすべての課題についての決定をする過程である。SMは、貧困者が政府機関と交渉し、公的資源を引き出すことを可能にする仕組みである。

SHGとその連合体には、次のような政治的、経済的な特徴があると言われている。

1.政治的な力

SHGは、草の根の相互扶助グループとして会員のエンパワメントを支援し、村落やマンダル(小地区)連合体を形成する。小地区連合体は何百人かの貧困者メンバーを有し、貧困者の社会的、経済ニーズを表明する政治的な力を持ち、地方自治体と対等に交渉する力を持つ。

2.経済的な力

インフォーマルなSHGや村連合体(VO)がその自己資金を維持し、外からの借り入れを返却する能力を高め、銀行などのフォーマルな金融機関からの多額な融資を受けることが可能になる。

3.生計向上の取り組み

貧困なコミュニティーに生計向上のために提供される基金として、コミュニティー投資基金が設置され、SHGやVOの能力強化や社会開発、インフラ整備、生計向上のために活用される。

一般的な貧困者であれば、前記のような取り組みで、貧困から抜け出ることが可能になるが、障害者には、その他にリハビリテーションサービスの充実や福祉機器の給付、また教育機関、医療保健機関との連携の向上が図られる必要がある。

◎障害者の自助グループ・連合構築の仕組み

まず、コミュニティーワーカーと呼ばれる訓練を受けた障害者が、村落に入り、自助グループの形成を支援する。SHGは、近隣のさまざまな障害のある者が8人から15人集まり形成される。SHGでは、毎週会合を持ち、常時貯蓄活動をし、グループ内でその貸付を行う。また、各自のさまざまな問題を共有し、グループ全体でその解決策を探る。また、メンバーのリハビリテーションニーズを話し合う。さらに、村の発展のため地域の社会問題にも取り組む。また、民間銀行等から融資を受ける際の単位ともなる。

このように、SHGができることで、各個人のニーズが明確になり、また、グループと関わることにより個人のエンパワメントが図られる。

こうしてできたSHGがマンダルレベルの連合体を構成する。その会員数は、450人から700人程度で、代表者会議が月1回、また実行委員会が月1回開かれる。実行委員会には、次の4つの機能別委員会が置かれる。1.自助グループ強化委員会、2.リハビリテーション委員会、3.生計委員会、4.社会活動委員会。これらの委員会で具体的な問題が取り組まれる。

次に、南インドのアンドラプラデシ(AP)州で行われている貧困削減事業を具体的に検証してみよう。

3 アンドラプラデシ州における貧困削減事業

AP州でNGOとして本格的に自助グループ形成に取り組んだのがコミットメンツである。コミットメンツは、公的信託団体として1984年に設立され、2000年には、障害者の自助グループの構築をマハブンナガア地区で開始した。その具体的な手法して、地域団体組織化による自助グループと連合体の構築、そしてCBRプログラムの提供等が挙げられた。

コミットメンツは、活動地域として、8つのマンダル(3万5千人から5万人規模の行政区)をカバーする。これまで4243人の障害者が、326のSHGを結成している。そのサポートチームとして障害のあるコミュニティーソーシャルワーカーが24人、CBR活動家が168人いる。CBR活動家は、ボランティアとして8つの近隣センターで活動している。この事業の成功により、コミットメンツは世界銀行の融資を受けて取り組まれた州政府による貧困削減のモデル事業となる。

◎世銀融資の貧困削減事業(IKP事業)

AP州は、世界銀行の融資を得て2000年より貧困削減事業を開始した。第1フェースは6地区の100万世帯を対象に始められた。第2フェースは、2003年から開始され、残り16地区の200万世帯が対象になった。第2フェースから障害者部門が追加された。障害者部門の実績は表1のようになる。

表1 世銀融資の障害者部門実績

項目 実績
障害者自助グループ形成数 7,695
グループに参加している障害者数 80,901
マンダルレベルの連合体数 128
地区レベルの連合体数

さらに、障害者に対する、評価、治療、リハビリテーションサービスを受けた者の数は表2のとおりである。

表2 さまざまなサービスを受けた障害者数

項目 実績
確認された障害者の総数 97,871
障害証明書を発行された障害者数 87,558
障害証明書を発行された障害者の割合 89%
福祉機器を受領した障害者数 18,174
矯正手術を受けた障害者数 2,782
詳細な評価を受けた障害者数 56,727

現在、IKPの障害者部門の事業評価が、世界銀行によって実施されている。まだ、最終的な結果はでていないが、成果として、以下のことが指摘されている。

1.自助グループを通じてマイクロクレジットへの利用が可能になり、生計向上のための資金が得られるようになり、経済的な自立が可能になった。

2.政府の公的サービスへのアクセスが容易になった。特に、リハビリテーションサービス、義肢装具・移動機器などの支給が容易になった。また、医療、教育、福祉サービスが受けやすくなった。

3.メンバーの自尊心と自信が増し、エンパワメントにつながった。

4.連合体を中心に、集団行動が活発で団体の地域での認知が進んでおり、障害者の政治力が増加した。そして障害者への差別も減少した。

IKP障害者部門は、2003年から2012年の10年間の予算規模が2500万米ドル(約24億円)という大規模な事業である。障害者の一プロジェクトに、このように長い歳月と資金を投入した試みはこれまでなかった。今後アジアの途上国への拡大を見据えて、本事業の詳細な評価が待たれる。

4 おわりに

障害者に対する事業は、これまで慈善、福祉の対象として、活かさず殺さず程度の規模でしか実施されてこなかった。目的や理念は立派でも、予算措置が十分にとられてきたとは言えない。南インドのIKP事業の障害者の自助グループの構築は、10年間の長期で、十分な予算が付いた取り組みである。これは、貧困削減事業という開発分野で障害者問題が取り組まれた最初のケースではないかと思われる。

本事業の、地域ベースのかつ住民参加型の取り組みは、インドのCBRのモデル的な取り組みとして紹介されている。障害者自助グループがCBRの実施主体として活動することで、プログラムの持続性が保てるのである。今後、自助グループとその連合体構築のスキームが、CBRサービスの、そして障害者の貧困削減事業の担い手として注目されるところである。

(たかみねゆたか 琉球大学教授)