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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年6月号

工学系研究者からみた義足の開発と普及における課題と提案

内藤尚

はじめに

義足は脚の機能の一部を代替する福祉用具であり、多くの下肢切断者によって日常生活を送る上で必要不可欠な道具として利用されている。義足の性能は、義足使用者の歩行能力に多大な影響を与えることとなり、より自然で・歩きやすく・疲れにくく・長い距離や時間を歩くことができる義足を開発し普及させることは、使用者の生活の質の向上に大きく貢献することになる。

著者は、2003年より現在にかけて股関節から下の片脚全体を代替する義足である股義足の開発に取り組んでいる。本稿では、著者が取り組んでいる研究を中心に義足開発研究の背景と状況を簡単に紹介し、工学系の研究者の立場からみた義足開発と普及に関する課題を述べ、今後に向けた提案を試みる。なお、義足開発に関する技術的な課題については、文献1を参照いただきたい。

股義足の開発研究

股義足は、骨盤半側切除、股離断、大腿切断極短断端などの下肢切断者に利用される義足である。この義足を適用する可能性のある下肢切断者は、わが国では全下肢切断者の2%以下(約1000人)と見積もられており、これは大腿切断者(約50%)や下腿切断者(約40%)に比べて非常に低い。この割合は、米国やロシアなどでもそれほど変わらないことが報告されており、全世界的に見ても股義足はその他の義足に比べて使用者が著しく少ない義足であると言える。このことは、股義足固有の部品の市場規模は大変小さく、また、使用者から得られる情報の量が絶対的に少ないことを意味する。

一方で、股義足は片脚全体を代替することになるため、義足の中でも最も高度な機能を要求されるといってもよい。このことから、股義足の高機能化には、市場規模に見合わない開発コストが必要になるリスクが高い。実際に、高機能な膝継手部品や足部部品の国際的な開発競争がますます熾烈(しれつ)になってきている状況に比べると、股義足に固有の部品である股義足ソケットや股継手の研究開発は大変遅れている。

このような背景の下で、筆者らは2003年より歩容を改善することを目指した股義足の開発研究に取り組んでいる。この研究の特徴の一つは、ユーザー、義肢装具士、工学系研究者をチームとして、これらのプロフェッションの異なる参画者それぞれが抱えている問題、興味あるいはキャリアに有効なアウトプットを産み出すことを目論(もくろ)んでいることである。

具体的には、比較的近い未来の実用化を目指した製品開発、股義足の高機能化のための基礎的研究、さらに股義足の現状を知り、それを公開することで利用者間の情報共有を図ること、などを目標としている。これまでに2種類の股義足を試作し、それを用いることで歩容が著しく改善されることを確認している。図1はそのうちの一つの股義足の写真とそれを用いて歩いている様子である。

図1 股義足の写真とそれを用いて歩いている様子
下の図では点線が義足を表す
図1 股義足の写真とそれを用いて歩いている様子

開発と普及における課題と今後の提案

義足の開発では、ユーザー(ニーズの提案・試用評価)、エンジニア(仕様設計・部品設計・試作)、義肢装具士(適合法設計・適合・組み立て・調整)がチームを組むことが最も効率がよいと考えられる。製品開発には、カッコ内に示した役割を順序だてて循環させ徐々に性能を決めていく、いわゆる作りこみを行うことが欠かせない。通常、このチームの運営費用(人件費など)が開発費として大きな割合を占める。著者らは公的な機関に所属する研究者を主なメンバーとして開発を進め、まずは実用化のメドを立てるという戦略で、開発費用の圧縮を目指している。現状では、このような体制以外で開発を進めることは困難であるが、今後の支援機器開発助成においては、専任スタッフの人件費などのチームの運営予算を含めた総合的支援が、結局は効率的な製品開発につながる可能性もある。

また、チーム編成において、特にユーザーの協力を得ることに苦労することが多い。現状では開発チームのメンバーの知り合いに(個人的なつながりから)依頼するケースが多く、このような知り合いがいない場合、ユーザーのリクルートがうまくいかずなかなか研究が進まないこともある。機器の長期評価を依頼したユーザーの希望に応じて機器の継続利用を支援する仕組みなど、ユーザーにも何らかのメリットを享受できるようなチーム作りを支援する仕組みがあるとよいように思う。

最近では、義足の高機能な部品の普及状況が国際的に大きく変わってきている。ここ5年程の間に欧米の企業が、数千万円する膝継手や数百万円する股継手や足部部品を製品化し、開発競争が繰り広げられつつある。製品がこのような高価な価格設定で世界的に売れるならば、利用者数が少ない股義足部品のような製品であっても民間企業で製品開発が可能となるかもしれない。ただし、現時点では、そのような高価な製品はほとんど日本では販売されていない。今後、このような高機能な製品の普及を国として推奨していく場合には、より柔軟な補装具支給制度の運用など、支給システムの再設計が必要になると思われる。

以上、義足の開発と普及における課題を述べ、今後の提案を試みた。読者の皆様が支援機器の開発と普及に関して考える一助となれば幸いである。

(ないとうひさし 大阪大学大学院基礎工学研究科機能創成専攻助教)


【参考文献】

1)国立障害者リハビリテーションセンター研究紀要、(http://www.rehab.go.jp/kiyou/japanese/29th/29-02.pdf