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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年7月号

企業の社会的責任(CSR)と障害者支援
~数字から見る企業の障害者雇用・支援の実態~

黒田かをり・長谷川雅子

企業の社会的責任(CSR)とは

「企業の社会的責任(CSR)」という概念自体は決して新しいものではありませんが、グローバル化の進展に伴い、1990年代後半から世界レベルでCSRについての関心が高まりました。

日本では2003年を「CSR元年」と位置づけており、2004年ごろからCSRへの取り組みやCSRに関する議論が大きな盛り上がりを見せました。日本においては、CSR=法令順守+環境+社会貢献という傾向が強くありましたが、最近では、CSRの基本とは企業経営のあり方そのものであり、日常活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境や人権などへの配慮を組み込んでいくという考え方が主流になりつつあります。

たとえば、障害者雇用という課題は、組織統治、人権、労働慣行など広い分野に関わるものです。つまり、法定雇用率の1.8%という数字をクリアすればよいということではなく、障害者の就労や仕事のあり方を考える、あるいは障害者個人の資質を生かし、働きがいのある場をいかに提供できるか、ということが課題になっていくと思われます。また、企業のダイバーシティ方針のあり方も大きく問われていくのではないかと思います。

では、実際に日本の企業はどのように障害者支援に取り組んでいるのでしょうか。ここでは、CSR調査から見えてくる障害者支援に焦点を当ててみました。

企業の障害者支援

CSRへの関心の高まりは、障害者雇用の拡大や地域社会のバリアフリー化などの推進力となりつつあります。2009年に策定された厚生労働省による「障害者雇用対策基本方針」においても、近年の障害者雇用率上昇の要因の一つに、CSRへの関心の高まりが挙げられています。2009年の障害者職業総合センターによる調査においても、95%前後の企業が、「障害者雇用は企業の社会的責任として重要である」と答えており、障害者雇用に対する意識も、CSRへの関心の高まりとともに、多くの企業に浸透しつつある様子がうかがわれます。

しかし、社会や環境に対する取り組み全体の中では、企業の障害者支援への取り組みはやや弱いという印象はぬぐえません。日本経団連が会員企業を対象に2009年に行った「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」を見てみると、障害者雇用や広く障害者支援を含む分野と考えられる“労働慣行”および“人権への配慮”に対する取り組みは、“環境”や“地域貢献を含めた社会貢献”に比べて積極的ではないという結果が出ています。

この傾向は、日本財団が2006年より毎年行っている「CSR報告書情報開示度調査」にも見られます。障害者雇用の情報開示度は、人権や労働分野の中では比較的高い方なのですが、環境および法令遵守・社内統制等の分野に比べると、その数字ははるかに小さくなっています。

障害者雇用について

同調査中の障害者雇用と企業規模の関係を見ると、障害者雇用を含む雇用全般に関する情報開示度は、企業規模(売上高および従業員数)が大きくなるほど高くなる傾向を示し、例外はあるものの、中小企業における障害者雇用の立ち遅れを暗示する結果が見られます。長引く不況の中で厳しい経営環境に置かれている中小企業へのCSR意識の浸透は簡単なことではなく、今後の課題と言えるでしょう。

大手企業における障害者雇用の実態については、この開示度調査における成績上位100社を対象とした「世界に誇る日本のCSR先進企業実態調査」に詳しいデータが見られます。この調査によれば、ほとんどすべての企業が障害者雇用率を公表し、7割以上の企業が法定雇用率を上回る雇用を達成しているという素晴らしい結果です。しかし、CSRに最も熱心に取り組んでいると評価されるこれらの企業においても、特例子会社の設置や多様な職務の提供となると容易ではないという実態が見られます(表1参照)。

表1 障碍者雇用の情報開示と雇用率向上の為の取り組み
表1 障碍者雇用の情報開示と雇用率向上の為の取り組み拡大図・テキスト
日本財団公益コミュニティサイト CANPAN CSR プラス「世界に誇る日本のCSR 先進企業実態調査(2009)の調査結果について」より

障害者支援について

ここまでCSR調査に見られる障害者支援の中で、主に障害者雇用について述べてきましたが、CSRにおける障害者支援は、もちろん障害者雇用だけではありません。障害者雇用については、その義務が法律で定められており、具体的な数字としても分かりやすいために調査の対象となるケースが多いようですが、CSRにおける障害者支援には、他にも障害をもった方たちが社会参加しやすい環境づくりとしてのユニバーサルデザインおよびバリアフリーの促進や、障害者関連への寄付、障害者施設への社員によるボランティアなどさまざまな取り組みがあります。先の経団連の調査報告書にも、企業からの700件以上の事例が掲載されており、特にユニバーサルデザインやバリアフリーに関する取り組みについては、電鉄、電話、印刷、トイレ機器、食品、銀行など多種多様な企業からの報告が見られます。

障害者のみならず、すべての人々が暮らしやすい社会環境の整備につながるこれらの取り組みは、商品やサービスの提供に関わる企業の本業におけるCSRということができ、これからの広がりが期待されるところです。

CSRへの関心の高まりを障害者支援につなげるために

持続可能な社会に向けて、社会的責任への意識や取り組みは今後一層高まり、広く浸透していくものと思われます。企業による障害者支援についても、その大きな潮流の中で充実した取り組みがなされていくことが望まれます。そのためには、社会や市場が企業による取り組みを評価し、認知を広げる仕組みが必要になってくるでしょう。

たとえば、障害者雇用における優良企業の表彰などがその代表的なものです。すでに、厚生労働大臣やいくつかの自治体、雇用開発協会などによって実施されているものですが、このような制度に注目し、その広がりをサポートしていくことがCSRにおける障害者支援の充実につながっていくと考えられます。

また、障害者雇用に積極的な企業を認証する「障害者雇用優良企業認証制度(ハートフルリボンマーク(図1参照))」も注目すべき試みだと思われます。認証制度は、広く一般に周知されることでその目的が達せられるので、マスコミや関係団体による広報も大切になってくるでしょう。

図1 ハートフルリボンマーク
図1 ハートフルリボンマーク拡大図・テキスト

その他にも、現在いくつかの自治体で行われている、障害者雇用率の高い事業所に優先的に発注を行う配慮型発注も、まだその効果は未知数とはいうものの、企業、障害者、そして地域社会にも影響を与えうる期待の持てる試みだと思われます。

CSRというと、企業の取り組みに議論が終始しがちですが、よりよい社会、あるいは暮らしやすい地域社会を目指すには、企業を含めた関係団体や地域に住む一人ひとりの連携や協力が重要であるとの考えも現場を中心に広がっています。実際、障害者支援においても、企業のみならず、障害者施設、NPO、養護学校など、地域の障害者関係組織が、連携して問題に取り組むことで、目覚ましい成果を上げるケースが増えています。一例として、障害者施設と企業の間のコーディネーターとして、複数の施設による共同生産の仕組みを作りあげている“NPO法人トゥギャザー”の取り組みがありますが、今後このような事例がますます増えていくことを願っています。

(くろだかをり・CSOネットワーク共同事業責任者、はせがわまさこ・同プログラムオフィサー)


【参考文献】

○谷本寛治 「CSR―企業と社会を考える」NTT出版株式会社、2006

○(社)日本経済団体連合会企業行動委員会「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」、2009

○日本財団公益コミュニティサイトCANPAN CSRプラス「2009年版CSR報告書にみる情報開示度の傾向について」、2010

○日本財団公益コミュニティサイトCANPAN CSRプラス「世界に誇る日本のCSR先進企業実態調査(2009)の調査結果について」、2010

○日本財団公益コミュニティサイトCANPAN CSRプラス「2006年CSR報告書情報開示度調査【分析レポートVol.2】」、2007

○佐渡賢一・岡田伸一・河村恵子・平川政利・佐久間直人「企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研究」(独)高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門 調査研究報告書No.94、2010

○厚生労働省「障害者雇用対策基本方針」(厚労省告示第55号 平成21年3月5日告示)

○『NPOマネジメント』第66号、IIHOE〔人と組織と地球のための国際研究所〕、2010年4月