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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年7月号

列島縦断ネットワーキング【長野】

フランス鴨を用いた障害者就労支援
―社会的課題の解決から始めて!―

尻無浜博幸

はじめに

3年前の2007年5月から高級食材として知られるフランス鴨(バルバリー種)を用いて、障害者の就労支援モデルを構築中である。本稿ではモデルの内容を明らかにし読者からの可能性の賛否を承りたいと思う。

フランス鴨(バルバリー種)は、200年余り前にフランス王侯のおかかえ料理人らが長い年月をかけて食肉用に改良したもので、フォアグラを取るための鴨としても有名である。日本では、合鴨や真鴨といった鴨肉があるが、味や品質は異なる。「一般的に蛋白質量が高く、脂質量が低いため、今後、グルメおよびダイエット食品として需要が期待される食品と考えられる」といった研究者らの報告もある。イタリアンレストランやフランス料理店には、一般的にフランス鴨肉としてメニューに並んでいる。

当時より、このフランス鴨を活用して地域のブランド品の開発を試みていた信州フランス鴨の会(会長:笹井俊一氏、松本市)と筆者研究室とが協力して取り組むコンセプトが、社会的課題を解決することにあった。

具体的に社会的課題とは、障害者の工賃倍増である。「工賃アップによる生活の自立をコミュニティーで形成できないか」の問いであった。この背景には、安倍政権下に出された成長力底上げ戦略で、福祉から雇用への下、工賃倍増5か年計画が示され、また、ILOがディーセントワークを提唱、働きがいのある人間らしい仕事の実現を目指すなど、一般社会との関わりの中で障害者の就労を考える時代になったことを実感したのである。

「障害者の就労」としているが、障害者の意味には、社会的に不利な立場の人たちという認識を持っている。社会的に不利な立場の人たちとは、障害者のほかに、地域に住む高齢者やアルコール中毒者、元受刑者、ニートの若者、外国人なども含まれる。「働きたい」と思う気持ちを大事にし、社会が少しでも協力し合うことで働けるようになることを目指したいのである。しかし、従来のような仕組みや考え方では不可能である。

コミュニティーに根差す有効性

まず、コミュニティーに根差すことを心掛けた。実際的には松本平と呼ばれる地域で、松本平には、松本市を中心に安曇野市、塩尻市がある。どこのどのような団体が、どのような目的でフランス鴨を飼育し出荷しているのか。このことは、顔がはっきり見えるコミュニティーにおいては扱う品物以上に重要な意味をなす。

飼育は、在宅障害者向けに一般公募し、そのための説明会を開いた。一般公募は、50羽か100羽ずつ飼育できる人たちを3~5組募る。飼育には10~20平方メートルの土地が必要で、フランス鴨の成育不良や死んだ場合の損失は、飼育する人が負担する。信州フランス鴨の会では飼育のノウハウなどを指導し、飼育舎建設やえさ代などの費用を補助するとした。もともとフランス鴨を指導する専門家などいなく、その都度コミュニティー内で解決してきている。現在では、雛(原種)は青森市から空輸され、県立南安曇農業高校で育苗されたのち、在宅の内部障害者や社会福祉協議会所属の障害者の会など5件で飼育されている。餌の適正は地元の生産組合の方が、気温が下がった時の対応の仕方は昔、鳥を飼っていた方が、食肉処理は手分けして地元で協力して行われている。

このように、フランス鴨が大きく成長して商品になるまでのそれぞれのステージに極力関わってもらって、「知っている」という広がりが地域では必要である。自分たち(関係者)だけで事業を抱え込まず、また、容易にコミュニティーの外に出さないことである。食肉処理されたフランス鴨は大都市圏に出荷することが目標ではなく、コミュニティー内で消費されることが望ましいと考える。喜んでもらえたり、アドバイスがもらえたりする関係の網が張り巡らされることで商品の価値が上がったり、その関係がコミュニティー内に残るので次に活用できる。地元の評価が一番厳しく、一番温かいものである。

ネットワークがもたらす有効性

フランス鴨を用いて挑戦した社会的な課題は、障害者の工賃倍増にあったと最初に記したが、その課題解決を図る一番のポイントは、売れることにある。もっと詳しく言うなら、売り方にあるといえる。売れないとどんなに社会的に意味があっても継続しない。「補助金を頼ればいい」「障害をもった方が頑張って育てたんです。だから買ってください」という従来の保護的精神論に甘んじていた文化からの脱却を図りたかった。一般の市場で戦っていく覚悟を持って、クオリティーの向上を常に念頭に置いて売れる品物にしていかないと本質的に社会的課題の解決にはならないと考えている。さらには、障害者が関わることで他ではできない付加価値の高いものにしたいと考える。

フランス鴨の飼育において、匂いが気になって飼育に携わることができない知的障害の方がいる一方、丁寧に餌をやり、決まった時間に水をかえ、落ち着いた声がけをすることによりストレスがたまらない環境から、個体が大きく育った結果を導き出すことがこれまでの取り組みの中で分かってきた。今後、そのことが味にも影響を及ぼす根拠を示したいと、現在調査中である。

コミュニティーにおけるネットワークは、フランス鴨を市場で売る時に大きく役立った。具体的には、松本市内の洋食業組合を通じて、年2回出荷している。ネットワークは同業種や同職種内では構築しやすいが、異業種間では構築が難しい。福祉専門職は、専門性が求められることから、専門外へのアプローチは二の足を踏む傾向にある。地域にあるネットワーク、施設、家族が持つネットワーク、ボランティアネットワークを駆使して活用することが、結果として社会的課題の解決に役立つことが分かった。

現在では、作業プロセスごとにネットワークが構築されつつある。飼育の時、次に食肉処理の時、そして販売する時のネットワークである。フランス鴨を用いたメニュー開発の講習会などもネットワークの力で行われている。

当事者性にこだわる有効性

この取り組みは、主に在宅の障害者で障害程度に関係なく「働きたい」と希望する方に就労の場を提供している。少しずつコミュニティー内に浸透し、また商品価値も高まってくるといろんな方面から問い合わせがくるようになる。副業的にやりたい土木屋や大手の百貨店と契約ができ、毎日定量を納めてほしいなどである。そういう時に当事者性にこだわることが重要である。売れることの大切さは先に記したが、社会的課題の解決に向けた取り組みとしてこれでいいかどうかという問いである。当事者は労働者であり生活者である。当事者性にこだわるということは、労働者を会社が守ることに似ている。

社会的就労組合の提唱

これまでのフランス鴨を用いた取り組みは、松本平のコミュニティーを中心に、一次的には在宅の障害者が障害程度に関係なく「働きたい」と希望する方を対象に始まった。フランス鴨の雛から提供して、「フランス・かも~る・ハウス」にて飼育してもらい、約80日間で3kgになることを目安に食肉処理をし、松本市内のフレンチ、イタリアンレストラで芳醇なうまみと低カロリーなお肉を楽しんでもらえることの働きを通じて、社会的課題である障害者の工賃アップという課題の解決を試みてきた。この一連の流れを維持し、継続的にも財源管理をしていくには、組織的に一体となって取り組む中間組織が必要となってくる。俗に言う法人化である。逆の言い方をすれば、社会的課題に挑戦しうる明解な組織形成は必要だということだ。

そこで民間営利の株式会社や有限会社でもない、さりとてNPO法人の非営利活動でもなく、社会福祉法人のような公益性の高い法人でもない在り方を模索していたが、具体的には、社会的就労に特化した組合組織による法人運営があり得ないか考慮中である。1990年以来実績のあるイタリアの協同組合法を参考にして、さらに韓国の社会的企業育成法も加え、国内で言われているソーシャル・ビジネスの在り方を具現化できる法人格の在り方として、「社会的就労組合」の可能性を探っている。

(しりなしはまひろゆき 松本大学准教授)