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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年8月号

発達障害者の生きにくさについて
―医療の立場から―

市川宏伸

1 発達障害とは

発達障害は医療だけでなく、教育、福祉、労働、司法などにも関連を持っており、発達障害者支援法も施行され、社会的な取り組みが検討されている。

(1)発達障害概念の変化

米国精神医学会から出されているDSM-3-R(改訂精神障害の分類と診断の手引き第3版)によれば、発達障害(Developmental Disorders)には、精神遅滞(知的障害)、広汎性発達障害、特異的発達障害(学習障害)が含まれている。注意欠陥多動性障害は歴史的経緯から微細脳機能不全につながると考えられており、この概念では、何らかの脳の器質あるいは機能障害が仮定されていたため、発達障害に含まれていなかったと考えられる。最近は「7歳までには症状が見られる」ことで、発達障害の一つとされることが多い。

発達障害についての行政上の定義としては、米国のものと日本国内のものの2つが知られている。米国では、1970年の「発達障害のためのサービスおよび施設建設のための法」の中でDevelopmental Disabilitiesとされている。この中には精神遅滞、脳性麻痺、自閉症スペクトラム障害、遺伝子・染色体障害、胎児性アルコール障害などが含まれている。

日本では、2005年の「発達障害者支援法」の中で定義されている。この中では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であり、その症状が通常低年齢で発現するもの」とされている。この法では、ICD-10(世界保健機関から出されている国際疾病分類)のFコード(精神および行動の障害)が使用されている。

細目では「脳機能の障害であって、その障害が通常低年齢に発症するもののうち、F8(学習能力の特異的発達障害、広汎性発達障害など)およびF9(多動性障害、行為障害、チック障害など)に含まれるもの」とされており、この法によれば、Developmental Disordersとされるべきである。この法律が成立するまでは、「知的障害者福祉法」に基づいて、精神遅滞を有する者への公的支援は可能であったが、精神遅滞を有しない者への公的支援が難しかったため、「発達障害者支援法」が作られた経緯がある。

このような歴史的背景の中で、これまでは脳性麻痺、てんかん、知的障害などが発達障害の代表例と考えられていた。一方で、最近話題になっているのは、知的障害は伴わないが「学業成績が伴わない」、「行動上の問題がある」、「対人関係がうまく成立しない」などの問題を抱えている人々である。彼らは特別支援教育の対象である、学習障害、注意欠陥多動性障害、高機能自閉症などに当てはまる。

従来の概念では、「障害は発達期(通常は18歳)までに生じ、永続的な心身の機能不全があり、治療やケアを受ける必要がある」というものである。それが最近の概念では、「障害は発達期(通常は18歳)までに生じるが、対応によっては支援が必要なくなることもあるし、思春期以降に社会生活上の困難を来すこともある」というものになった。従来の概念では障害は固定されたイメージがあるが、最近の概念では可変的なイメージである。

(2)発達障害の種類

医療において、児童青年精神科が対応する発達障害について記述する。

1.精神遅滞(知的障害)

従来から代表的とされている発達障害である。知的水準が年齢相応の水準より有意に低く、何らかの社会的不適応を来している。一般的には年齢相応を100として知能指数が測定され、おおむね70未満、50未満、20未満を目途に、軽度、中度、重度、最重度と呼ばれる。その程度により周囲が気づく時期や、到達可能な精神年齢には目安がある。

知的障害の程度に応じて、さまざまな社会的不適応や精神症状、“てんかん”や言語遅滞の合併がみられる。遺伝要因、早期胚発達異常、周産期障害など原因が推測されるものがある一方で、約30%は原因不明である。新生児期の代謝異常や内分泌異常を中心に、早期の発見で障害を防げるものもあるが、多くは改善が難しく、その水準に合った環境を提供する必要がある。

治療については、個々の症例について異なっており、分析・検討し、個別的な対策を立てる。二次的に生じてくる精神症状や行動上の問題については、対症療法的に治療する。根本的治療は困難なため、低年齢では療育的対応が中心となり、本人および家人への心理・社会的支援が必要である。肢体不自由、精神障害と並んで療育手帳が用意され、公的扶助の対象となってきた。

2.広汎性発達障害(PDD:Pervasive Developmental Disorder)

広汎性発達障害という言葉は、操作的診断基準である、DSM(米国精神医学会)やICD(世界保健機関)で使われている。二つの診断基準に細かい点では違いがあるが、大雑把には、自閉性障害(自閉症:AS)、不全型(特定不能あるいは非定型)、アスペルガー障害(症候群)、レット障害(症候群)などに分けられている。共通しているのは、対人的相互作用、意思伝達や、象徴的または創造的遊びに欠陥がある点である。3歳までには症状は認められており、低年齢では視線回避、呼名回避、人見知りの欠如、回転しても平気である、などの特徴がある。ASの場合は、表面的にはコミュニケーション上の問題がない。医療現場を訪れるPDDでは知的障害を伴わないものが著増しており、自閉症の約25%、PDDの約50%に達している。また、世界的にも3~4対1で男子に多いとされている。

学校現場では、知的障害はないのに、相互的な対人関係が持てない子ども、福祉場面では、療育手帳は軽いが行動上の問題を抱える子どもである。司法場面では、了解が難しい事件を引き起こした子どもに対して取り沙汰されることが多い。

3.注意欠陥多動性障害(AD/HD:Attention Deficit / Hyperactivity Disorder)

不注意、多動、衝動性を主徴とする疾患であり、7歳までには症状のいくつかは現われる。不注意項目と多動・衝動性項目、それぞれ9項目が用意されており、これらのうち6項目を6か月満たしていることが条件である(DSM)。両方の基準を満たす場合は混合型、各々の項目のみを満たす場合は不注意優勢型、多動・衝動性優勢型と呼ぶ。学校場面を中心に、混合型や多動・衝動性優勢型は気づかれるが、多動や衝動性が目立たない不注意優勢型は見逃されることがある。やはり6対1で男子に多く、ADHD治療薬の使用で、多動や不注意が一時的に改善されることがある。

学校現場では、行動上の問題を抱える子どもとされており、時には衝動行為の結果として、クラスに被害者が存在してしまうこともある。この場合は、院内で学校教育を受けながら病棟生活を送る場合もある。米国の報告では、予後として、物質乱用(非合法薬、アルコールなど)、不安性障害、気分障害、反社会性障害との関連が指摘されている。

4.学習障害(学習能力障害)

知的水準には問題がないのに、学業成績が伴わない子どもの存在が以前より話題になっている。これらの子どもは何らかの認知上の問題などにより、学習上の困難を来しているが、周囲からは“努力が足りない”、“怠けている”などの誤解を受けることがあった。

この問題だけで医療機関を訪れることは少ないが、行動上の問題で来院する際に学習上の困難も抱えている場合は少なくない。

神経心理学の概念である学習障害(LD:Learning Disability)では言語性(読字障害、書字表出障害、算数障害)に加えて、非言語性(習慣、常識、規範などが理解しにくい障害)の障害も認めているが、医学的には、前者を学習障害(LD:Learning Disorder[DSM])としている。

教育現場では、特定の科目に学習上の困難があったり、同一科目の中でも極端に得意な部分と不得意な部分が見られる。

5.その他

児童青年精神科が関連する発達障害には、これ以外に、極端に不器用である発達性協調運動障害(DSM)や、コミュニケーション障害がある。後者では、知的水準に並行しない言語表出の問題(表出性言語障害)、言語理解の問題(受容―表出混合性言語障害)、イントネーション上の問題(音韻障害)、吃音が目立つ問題(吃音症)などがあげられる。

(3)発達障害とその心性

発達障害の特徴は、発達段階においてさまざまな症状を呈しており、発達とともに目立たなくなる場合も多いが、逆に思春期以降に顕著になり、二次的に社会不適応を起こすこともある。知的障害を伴わない発達障害を抱える人々は、長らく支援の対象から外されており、平成17年度から施行された発達障害者支援法によって脚光を浴びるようになった。法律施行後、発達障害者支援センターが全国に配置され、これまで行き先のなかった人々が訪れるようになっている。

いずれにせよ、一人ひとりの抱える悩みは異なっており、時間の経過の中でも、適切な支援内容は異なっている。一人ひとりに適切な支援が継続してなされる必要がある。一人の子どもの生活は、家庭、学校、放課後児童クラブなどにまたがっている。彼らは考え方も行動も柔軟さを欠いているため、まったく異なる支援が行われれば混乱しやすい。同様に、一生の中でも、家庭、保育園(幼稚園)、学校、18歳以降と異なった環境の中で過ごしており、福祉、教育、再び福祉と異なる支援がなされことになる。連続した、継続ある支援こそが有意義なものとなるが、日本の縦割り支援の中でどこまで連携できるかは、これからの課題である。

発達障害を抱えていると、自分の気持ちをうまく相手に伝えられず、相手の気持ちを理解することが難しいことが多い。注意されたとしてもその真意がうまく理解できないため、「分かりました」と応えたとしても、同じ間違いを繰り返すことになる。

家庭では保護者から見ると「何を考えているか分からない」、「可愛(かわい)くない」子どもであり、虐待の対象になりやすいと考えられている。本人はどのように行動してよいか分からず、戸惑うばかりである。

就学後も同様なことが考えられる。学校で先生から注意されたとしても、返事はよいのにしばらくすると同じ間違いを引き起こす。先生からみると「可愛くない」子どもであり、時には「反抗的な」子どもと誤解されることもある。同級生からは、「共通のルールが理解できない」、「変わった」子どもであり、“からかい”や“いじめ”の対象になりやすい。

虐待や“いじめ”の対象になると、もともとあった発達障害の症状が一段と顕在化し、時には悪化することもある。このような状態でさらに注意や叱責が続くと、自己評価が低下して劣等感ばかりが強まる。本人なりに社会適応しようと努力しても徒労に終わることも多く、結果として、自分の存在感が持てなくなり、精神的に追い込まれる。

発達障害の中には、そのような状況に我慢できず、衝動性が亢進して学校で興奮して突発的行動に至ることもある。逆に、自分を理解してくれない学校には通わなくなり、一部は“引きこもり”状態となる。それでもなおかつ努力を続ければうつ状態になることもあるし、発想が逆転して、「自分は正しく、社会が間違っている」と被害的になり、反社会的行動に至ることもある。

2 発達障害と医療の対応

(1)精神科医療の現状

大多数の精神科医の対象としている精神疾患は統合失調症であり、その治療システムは統合失調症を中心に作られていた。一方で、発達障害は発達期(18歳まで)に生じるものであり、児童青年精神科の医師が中心に対応していた。また、発達障害は医療だけで対応できないことも多く、治療も統合失調症ほど系統化されていない。「薬物が治療の中心に位置しにくい」、「多職種によるチーム医療が、治療の中心である」、「家族全体を対象にする必要がある」、「保健所、児童相談所、福祉事務所、学校との連携が必要」などの問題は、統合失調症の治療に比べてより日常的な課題である。

これに対応する児童青年精神科の現状としては、「専門性ある医療機関も医療スタッフも少ない」、「専門性ある多職種のスタッフが不足している」、「医療経済的な裏付けが取れない」などの課題がある。

発達障害の多くは、就学前に何らかの課題を抱えており、「早期に診断して早期に治療する」ことが理想と考えられていた。1歳半、3歳における健診をさらに充実すること、あるいは5歳健診が提唱された。しかし年齢が低いほど、保護者は医療的な診断を受けることを躊躇(ちゅうちょ)する傾向があり、最近は「早期の気付きと早期の対応」へと変わってきている。幼稚園の教員や保育園の保育士に発達障害の知識を十分に身につけてもらい、「言葉が遅れている」、「友達が作れない」、「行動がまとまらない」などの“心配”に対応できる巡回指導員や専門的な紹介先の用意が考慮されている。

(2)発達障害と精神科的治療

精神科的治療対象としては、衝動性、自傷、他傷、極端なこだわり、拒食などが挙げられる。成人になってからの発達障害者の医療については、前述したように、系統的な医療システムは存在しない。外来治療においては、一部の熱心な先生や幼少時から診ている児童青年精神科医師がそのまま担当している。入院治療については、民間の専門医療施設が皆無に近いため、通常の精神科医療施設で統合失調症の治療の片手間に治療することになる。多くの治療スタッフは治療ノウハウを持ち合わせず、患者間のトラブルを避けるために、良心的な機関ほど保護室を使用するため、発達障害者にとっては一段と不安を駆り立てられることになる。結果として、良心的な医療施設ほど入院治療に対して及び腰になる。

(3)知的障害を伴う発達障害の合併症治療

精神遅滞(知的障害)を伴う発達障害児・者の身体疾患などの合併症治療は、系統だって行われていない。統合失調症をはじめとした精神疾患でも同様であるが、「本人が異常を訴えることが少ないし、分かった時には手遅れになっていることがある」、「本人が治療に協力的でないし、感謝することが少ない」などがその背景にある。知的障害が重たい場合は、周囲が気づかなければ見過ごされてしまい、手遅れになることもある。仮に周囲が気づいたとしても検査に協力できないなどのために、治療が十分にできないこともある。

身体疾患を治療する医療側も知的障害への理解が不十分なことがある。十分に理解できたとしても、現実には多忙な身体疾患の治療現場で、手がかかり、協力が得にくい患者は後回しにされやすい。治療することによって改善する可能性がある場合でも、治療の対象から外される可能性がある。

精神疾患を持つ患者も身体的治療が受けられるように、精神科合併症治療システムが作られている。精神疾患の治療は精神保健福祉法に則って行われ、対象疾患は幅広い精神疾患に及んでいる。精神遅滞(知的障害)も対象疾患の一つになっており、知的障害を伴う発達障害にもこのシステムが適用される。もし、通常の身体疾患の治療システムが使えない場合は、精神科合併症治療システムを利用することになる。

ノーマリゼーションの概念は医療にも適用されるべきであり、知的障害があろうとなかろうと同等の医療が受けられるべきである。しかしこのシステムは数が少なく、地域によっては十分に機能していないところもある。結果として、一部の篤志的な医師の厚意によって治療が行われている。

3 おわりに

発達障害の概念は大きく変化してきており、発達の初期の段階に気付くものから、就学後に著明になってくるものまで幅は広い。知的障害を伴わない発達障害については、年少時から周囲がその存在に気づき、本人が受け入れやすい適切な対応を考慮できれば、独特な思考や行動があっても、思春期以降の社会的不適応が生じないで済む。

発達障害による社会的不適応がどうして目立つようになったかは、1.見逃されていたのが取り上げられるようになった、2.本当に増えてきた、という議論と同時に、1.家庭機能の変化(親子・夫婦・嫁姑問題、離婚・蒸発、母子・父子家庭、家庭内離婚・別居など)、2.社会的雰囲気の変化(景気悪化による緊張・不安・閉塞感、高度社会化による人間関係の希薄化、差別意識の存在など)などによる受け止める側の要素も考える必要がある。

知的障害を伴わない発達障害についてはスペクトラム(連続体)と考えられており、青年期を乗り越えて成人に達した場合には、特定の分野において、たぐいまれな功績を残す人々も報告されている。発達障害に対する周囲の理解が進み、適切な対応がとられることにより、二次的な問題が減少することが期待される。

(いちかわひろのぶ 東京都立小児総合医療センター)


【参考文献】

・市川宏伸:子どもの精神科医療の現状、3-10、子どものこころのケア(市川宏伸ほか編)、永井書店(大阪)2004

・市川宏伸:発達障害児者の診断と医療ケアの問題、57-63、発達障害者支援法ガイドブック(辻井正次編)、河出書房新社(東京)2005

・奥山真紀子:現代の子どもをめぐる社会現象、53-61、子どものこころのケア(市川宏伸ほか編)、永井書店(大阪)2004

・近藤直司:引きこもり、362-367、現代児童青年精神医学(山崎晃資ほか編)、永井書店(大阪)2002