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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年8月号

知り隊おしえ隊

最近のホール・劇場におけるバリアフリーについて

新井雅之

車いすのお客さんが少なかった20年前

近年、コンサート会場や劇場で、僕と同じように車いすに乗ったお客さんと同席する機会が多くなりました。20年ほど前、僕が車いすに乗りはじめた頃はそうしたお客さんと同席することはめったになく、せいぜいロック系のコンサートでたまにある程度でした。

当時は主催者側も会場側も、車いすに乗っているお客さんに対して現在のような配慮が確立されてなく、「それでもどうしても来たければ拒みませんが、一般のお客さんの迷惑にかからない範囲でお受けします」と言った消極的な対応がほとんどでした。

また、今はどこの会場にもある障がい者用の駐車スペースや車いす用の観劇スペース、トイレ、スロープなどのバリアフリー設備がほとんどなかったため、結果的に行くことが難しく、それを承知の上で見に行くお客さんは障がいの程度が軽い方で、既設の設備にも対応できる人に限られていることが多かったと思います。

ここ10年の間に充実してきたハード面の対応

たとえば僕のように、車いすに乗っている者がコンサートや演劇に行ってみたいと思った場合、真っ先に考えるのが会場に車いすで入れるのだろうか、車いすに乗っている場合、どこで見せてもらえるのだろうか、車いすに乗ったまま見られるのだろうか、あるいは一般席に移って見なければならないのだろうか、車いす用のトイレはあるのだろうか。また、僕は自身で車を運転するため駐車場の有無や、駐車場から会場までのアクセス、雨が降った場合の対処の仕方など、いろいろな心配事が頭をよぎります。

それでも見に行きたければ無理を押してまで出かけますが、その頃は障がい者用の設備はほとんどありませんから、自動車は路駐、観劇場所は通路やステージ脇の空きスペース、トイレは終わるまで我慢するということもありました。

もちろん行くことをあきらめたこともありましたが、僕の場合、どちらかというと、見たいという欲求と探究心が勝り、不便を承知でも押しかけていましたので、主催者側にしてみれば厄介者だったかもしれませんね。

それがこの10年の間に徐々に改善され、会場側や主催者側の対応は大きく変わり、会場にはバリアフリーの設備が整えられ、その結果、たとえ障がいがあろうとも、また車いすに乗っていようともためらうことなくコンサートに、演劇にと、一般の方と同じように楽しむことができるようになり、そうした姿をたくさん見かけるようになりました。

それは、社会全体が“バリアフリー”という社会的意義と時代の求めにより、障がいの有無にかかわらず「社会参加の意思のある者は健常者と分け隔てることなく同等に、かつ積極的に受け入れましょう」というメンタル面の改心とともに、そうしたメンタル面と併せ、ハードの面では既存の施設や設備がバリアフリーに改善され、また新たに作られる施設では、設計段階からバリアフリー環境が取り入れられるなど、メンタル・ハードの両面において環境づくりがなされ、それが年を追って充実してきました。

そのことは、コンサート会場として使われるホールや劇場にも同様の効果を及ぼし、この10年の間にバリアフリー化が積極的に進み、よほど古い施設か小規模で個人レベルのものでない限り、今はどこのホールや劇場でも施設や設備の改善が大きく図られてきました。

変わってきた主催者側、会場側の意識

また、これが最も重要なことだと思いますが、施設や設備の改善とともに主催者側のあるいは会場側のスタッフの心構えが、「たとえ障がいのあるお客様でも、一般のお客様同様に受け入れて楽しんでいただきましょう!」という姿勢に変わってきたことです。それこそが最大、最良のバリアフリーであり、そのおかげで私たちは積極的にコンサートや演劇に出かけられるようになりました。何より主催者側の対応が親切・丁寧になってくれたことがうれしい限りです。

バリアフリーの設備状況

さて、現在都内にあるホールや劇場のバリアフリーの設備状況について、簡単ですがお話したいと思います。その前にお断りしておきますが、僕自身が車いすに乗っていることもあり、お話する視点が車いすからのものになってしまうことをご了承ください。

都内にあるホールや劇場では、そのほとんどで1階席のいずれかの場所に車いす用の観劇スペースが設けられています。その場所が1階席の前列、中央部、後方のいずれかにあるかは会場によって異なりますが、少なくともそうしたスペースが確保されていることで、車いすに乗ったままでも見られる場所があるという安心感が生まれました。介助される方など同行者もそのスペース内にパイプ椅子が用意され同席することができますが、たまに会場によっては同行者の席がスペース内ではなく、近くの一般席に取られることがあります。ただし同行者と離れて座っていると、上演中に介助者とコンタクトをとりたいときに不便ですので、やはり同席することが望まれますね。

車いす用スペースのチケット取り扱い方法は、主催者によって異なります。一般席とは別にこのスペース専用のチケットが販売されるケースや、まずは一般席を購入し(入場券替わりですね)、当日はそのスペースで見るというケースがあります。

余談ですが、この場合、購入した一般席は公演中空いているはずですが、主催者によってはその席を当日券として販売することもあり、一席に対し売り上げ料金が二重に発生しているという問題もあると思いますが、まぁあえて突っ込まないことにしています。いずれにしても、チケット購入の際は、前もって主催者に問い合わせる必要があります。

トイレに関しては、最近ほとんどの施設で障がい者用トイレが一般のトイレとは別に設置されています。これは僕の個人的なリクエストですが、利用したホールや劇場のトイレがウォシュレットになっていない場合、ウォシュレットにしていただけるようお願いしています。以前、介助をする友人から、「トイレ介助のうち“洗浄”という部分はとてもデリケートなことで、肉体的にも精神的にも互いに少なからずストレスが生じる。そのためにもウォシュレットが付いていると、その分のストレスが軽減し、とても助かるんです」と聞いたことがあります。

また、僕自身も手に障がいがあるので、ウォシュレットは欠かせません。そこで未対応のトイレにウォシュレット設置をお願いしていますが、施設によってはすぐに取り付けてくださるなど、総じて前向きな対応をしてくれるところが多く、これには感謝しています。

改善してほしいこと

しかし、実際にコンサートや演劇に出かけてみて、できれば改善してほしいこともあります。たとえばロック系のコンサートになると、観客が立ち上がってしまい視界を遮ってしまうことがあります。あるロック系のコンサートで、ここなら視界を遮ることはないと最前列で見たことがありますが、目の前のスピーカーから大音量が流れ、終演時に全く耳が聞こえなくなるという恐ろしい経験をしたことがあります。

大規模なホール(日本武道館、東京国際フォーラムホールA、代々木第一体育館、東京ドームなど)はスペース的にゆとりがあるため、視界を遮ることのない場所が確保されますが、それ以下の中規模なホールやライブハウスではそうしたゆとりがないため、観客が立ち上がってしまうと視界を遮ってしまうことがあります。

また、チケット購入に関することですが、公演によってはチケットに数種類の席種があり(S席~D席、特等席~二等席など)、それによって値段が設定されていますが、ほとんどの会場では、車いすスペースがどの席種の位置にあるかでそのチケットの値段が決まっています。S席のところにあればS席の値段で、A席のところにあればA席の値段でチケットを購入しなくてはなりません。

一般の方は、自分の懐具合と相談しながら数種類の席種から希望するチケットを購入するという選択権を有しますが、私たちは一方的に「車いす用スペースのチケットはこの値段です」と決められていて席種を選ぶことができません(たいていS席かA席の値段ですね)。不可能な話ですが、平等ということであるならば、席種ごとに車いすスペースが確保されるべきで、時々理不尽に感じることがあります。

臨場感、昂揚感、ダイナミックな感動はぜひ会場に足を運んで!

そうした問題点もありますが、受け入れ側の姿勢と施設・設備の改善が図られたことで、私たちがコンサートや演劇に気軽に行けるようになったことは確かです。最近は、“障がいをもった方”あるいは“車いすに乗った方”を対象にした専用の窓口が用意され、また、各施設が開設するホームページには施設の概要にバリアフリー情報が掲載されるなど、私たちに対する門戸はさらに開かれてきています。

昨今、コンサートや演劇などはテレビやDVDなどで簡単に見ることができますが、それはあくまでもその場の様子や雰囲気を“記録”としてテレビ画面を通じ見ているに過ぎず、いわゆる“ステージ・パフォーマンス”と呼ばれるコンサートや演劇は、テレビやDVDでは決して得ることができません。やはり“生”で見るからこそ体感できる臨場感、昂揚感、包容感、そしてダイナミック感が最大の魅力です。

ましてや大好きなアーティストの姿をこの目で見て、その息づかいを感じ、同一の時空間を共有できる歓びはその場にいるからこそ体感できることで、たとえ世界一の音響機器をそろえたとしても決して得ることはできません。それは、“記録”ではなく“記憶”として、一人ひとりの胸に刻まれ、生涯忘れ得ることのないステキな思い出となりましょう。

その意味でも、ぜひ、会場に足を運び、その場にいるからこそ得られる心の底からわき起こる感動を体感してみましょう。その感動は心を潤し、人生を豊かなものにしてくれます。しかし、それを体感するには何人といえども「現場に足を運ばなければならない」という絶対的条件をクリアしなければなりません。そのためのノウハウさえ知り得れば、容易にだれでもコンサートや演劇を楽しむことができます。まずは、その第一歩を踏み出してみようではありませんか。たった一度の人生、楽しまなくては損ですよ。

(あらいまさゆき 私立高校事務職員、東京都在住)

(追記)僕が今まで利用したホールや劇場のバリアフリー状況を自身のホームページでご案内しています。参考にしていただければ幸いです。

『雅之のホームページ』http://homepage3.nifty.com/welcome-masa-hp/