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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

ぬくもり福祉会たんぽぽにおけるソーシャルファームの取り組み

桑山和子

ソーシャルファームとは

1970年代に北イタリア、トリエステの精神病院を舞台に病院スタッフや患者さんたちが、地域で自立した生活を送りたいという思いを形にしていったのが、ソーシャルファームすなわち、社会的企業の始まりである。ヨーロッパでは、イタリアをはじめドイツ、イギリスなどにも広がり、すでに1万社以上にも達している。

日本では恩賜財団済生会理事長炭谷茂先生を中心に、平成20年にソーシャルファームジャパンが設立され、一般企業では働きにくい人たち、障害者やニートの若者、引きこもりの人、高齢者、子育て中の女性たち等の雇用の場として社会的企業、ソーシャルファームが新たに歩みだしたのである。

ぬくもり福祉会たんぽぽでも、社会的企業の事業を農業と位置づけ、介護事業のほかにソーシャルファームの手法で、平成21年から農業への挑戦が始まった。

その背景には、私が住む埼玉県飯能市から、障害者就労支援センターの委託を受けていたが、採用まで至らないケースも多く課題を抱えていた。なかでも、せっかく就労しても辞めてしまう現実を目の当たりにして、それでは、たんぽぽ(当法人の呼称)で介護事業と同じコンセプトを持つ農業を、ソーシャルファームの形態でスタートさせようと決意したのが発端である。

介護も農業もキーワードは命

たんぽぽは、平成23年には設立25周年を迎える。1999年に、埼玉県で第1号のNPO法人となり、介護保険事業、自立支援事業、子育て支援事業、NPO本来の助け合い事業など、4億4千万規模の事業をこなす法人に成長した。

その秘訣は、常に地域の中で地域住民と一緒に支え合いの社会を作り上げてきたからだ。また職員間に、専門職として地域に貢献していこうとする意識があったこともソーシャルファーム立ち上げの力となった。

法人内でこのような理念が育っていないと、地域住民から17,000平方メートルの農地の提供はいただけない。また、農業はすぐには黒字にできるほどたやすい仕事ではない。それでも夢を形にと背中を押してもらえたのは職員の理解であり、何よりも今、雇用している障害者の体からにじみ出る自信と笑顔だった。

私は「介護」、特に高齢者介護から学んだのは「命が循環する」という当たり前の自然の摂理だ。たんぽぽには地域の小学生が年間を通してやってくる。子どもたちの未完成の若い命が、お年寄りの消えていく命を支え、また子どもたちは、お年寄りから温かい心を学ぶ。「僕たちはおじいちゃんおばあちゃんと命のキャッチボールをしている」。この言葉が一層、私を農業へと駆り立てていった。

農業の基本は種をまき育て、収穫し味わう。食材のくずは有機肥料として畑に還元される。枯れた葉っぱも肥料となる。耕作放置の荒れた畑がたんぽぽに引き継がれ命が蘇る。この当たり前の摂理に気がついたとき、介護も農業も、コンセプトは「命」なんだと心に響いた。

障害者にとって農業とは

たんぽぽでは、現在17,000平方メートルの畑を障害者4人、高齢者3人、引きこもっていた若者1人と法人職員1人で耕作している。

障害者の年齢は30~40歳代、精神、知的、高次脳機能障害などで過去に何度か就労してきたが、辞めて障害者年金で生活していた人たちであった。障害者就労支援センターやハローワークを通して採用した。

なかには、トライアル雇用から正式雇用となって約2年になる男性もいる。資料の印刷や製本なども彼の仕事になっている。

「農業は障害者などに向いていますか?」とよく問われるが、私は自信を持って「向いています」と答える。それは彼らたちが実証してくれたからだ。では何がよいのかと言えば、農業は、人が生きる方策を教えてくれるからだ。喜びも悲しみも生きる辛さも、怠ければすぐ結果となって帰ってくることも。生きることは孤独と思っていたかもしれないが、農業は風が、太陽が、土が、そして作物たちが友達であり、何よりもチームの仲間が語りかけてくれる。畑に出れば、地域の人々が作物を媒介にして声をかけてくれる。多分日本人の源流にある農耕民族の血が、今でもだれの体にも流れているからだ。

無農薬の野菜作りが障害者を元気にする

たんぽぽ自然農園で取れた野菜はすべて、無農薬で有機肥料を施している。農薬を使わないのだから、草取りをはじめ人間の知恵と日々の努力(体力も)が要求される。だからチームワークが必要であり、一人ひとり居場所、すなわち役割や責任感が、いつの間にかお互いの心に生まれている。そのため、労働時間は最初は本人が決める。本人の申し出があればいつでも増やすことも減らすこともできる。4時間の人もいれば6時間の人もいる。機械を使った作業や危険な部分は高齢者が行う。効率を考えたら…と思う部分もあるが、彼らなりに仕事の段取りをして働いている。

また作業チームには、定年退職後の高齢者〔50~60歳代〕が入る。この組み合わせがまた絶妙である。なぜなら、酸いも甘いもかみしめて生きてきた人たちなので、第二の職場として、障害者教育に適している。

今後の課題

障害者を最低賃金以上で雇用していくには、ソーシャルファームの経営が黒字に転換していかなければならない。今は介護保険事業の収益を当てているが、3年を目途に販路拡大、品質の向上に向けて、必死で経営努力を行っている。

そのため、市内の中心市街地の空き店舗を改修して、たんぽぽ自然農園で取れた野菜を使ったお惣菜の販売や季節料理、たとえばおせち料理の販売や、今以上に配食サービスの拡大、それに飲食できる「たんぽぽカフェ」を今秋11月にオープンする。

ソーシャルファームを成功させるためには、市民の力を借りなければならない。市民やレストランのシェフたちと協働で、野菜スイーツやご当地グルメなども開発していきたい。

もちろんここでの営業や接客、調理補助には、障害者を雇用するので、適性に合った訓練プランも提案していく。本業の介護保険のケアマネジメントシステムが生きる場面である。

またソフトの面も充実させて、だれでも立ち寄っておしゃべりできる「居場所」や、たんぽぽのサテライト機能を持った総合相談窓口も兼ねた店舗にしていくつもりである。

今年は猛暑だったが、ファームの皆さんはだれも休むことなく働いてくれた。お陰で、じゃがいも、ごま、ささげ、ごぼう、かぼちゃなど良い物が収穫できた。夏の終わりの障害児の皆さんや家族の方々とたんぽぽ野菜を使ったバーベキュー大会は、心がほのぼのとした一日であった。秋には特別支援学級の子どもたちが芋ほりにやってくる。この子たちが就労できるファームを作っていかなければ…。

農業という絶え間ない作業をファームの皆でこなし、明日も良い天気でありますようにと、一日の労働に感謝して家路に戻る彼らの姿に、私はふと、ミレーの農民風景の絵を重ねていた。

(くわやまかずこ ぬくもり福祉会会長)