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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年11月号

グループホーム火災にどう対応するか

大西一嘉

1 防火対策は「時間」で考える

火災の時は「戸を閉めて避難」が鉄則である。これは「区画化」と呼ばれる延焼防止対策だが、開口部が閉じられることで、危険な状況になるまでの時間が、少なくとも1分延びる効果があるとみなされている。

出火室が開け放しだと火煙が噴出し、短時間で延焼するし、有害な煙が廊下、階段を通じて、隣室や、上階へと容易に広がるので、避難中の人が巻き込まれて中毒死しやすい。火災を閉じ込めておけば、燃焼を少しでも遅らせる効果も期待できる。

防火対策は「時間」で考えることが重要である。過去の社会福祉施設の火災事例での課題は、以下のように多岐にわたるが、すべて時間に置き換えれば、対策の効果を比較しやすい。

  1. 発見の遅れ(就寝中、自火報不良)
  2. 周知の遅れ(地区ベル鳴動の停止)
  3. 人員不足(夜勤体制、過大な役割)
  4. 逃げ遅れ(自力避難困難)
  5. 施錠、段差(窓・扉、避難経路)
  6. 区画の不備(構造・管理面の欠陥)
  7. 通報、消火(操作未熟、固執行動)

一連の火災対応行動を分割して、個々の行動に何秒かかるかを互いに実測してスタッフの時間間隔を磨く訓練も推奨される。木造の小規模な建物でいったん出火すれば、自由に使える避難限界時間(図1)は、5~8分と考えられ、10分を超えると煙に巻かれてスタッフ自身の安全が保てない。

火災の成長に応じて、防火対策には、1.出火防止、2.延焼拡大防止、3.避難の3つの独立した計画が存在し、それぞれのサブシステムがある。火災初期対応は時間との勝負なので、対応の優先順位や不足する時間の補い方を検討することで、現実的な対応手順を確認できる。

1.出火防止計画/オール電化、内装不燃化、火気管理の徹底、放火対策

2.延焼拡大防止計画

【覚知通報】自動火災報知器、消防機関への自動通報装置
【初期消火】スプリンクラー、消火器、水バケツ、屋内消火栓
【延焼防止】防火区画、防煙区画、難燃化(カーテン、敷物等の内装材並びに、家具、寝具・衣類等)

3.避難計画

【誘導】スタッフ配置、誘導順位、搬送手段、バルコニーで救助待機
【近隣応援】日常交流、協定作り、訓練参加、緊急通報ベル設置

2 避難時間を確保する

図1は、避難に関わる時間の考え方を整理したものである。とにかく避難限界時間に至るまでに、早く逃げることを第一に考える。初期消火や通報にこだわって失敗し貴重な時間を使い切り人的被害を招く例は多い。通報に時間をかけないために、障害者ケアホームでは義務付けられている、消防機関へ通報する火災報知設備などの自動化が有効である。

図1 時間で火災安全が評価できる1)
図1 時間で火災安全が評価できる拡大図・テキスト

消防設備は設置費用がかさむので、一般の緊急通報装置と住宅用火災警報器を連動した簡易システムも開発されている。300平方メートル未満の小規模グループホームでは、自動火災報知設備が義務化されていない(これも問題なのだが…)ことから、導入が検討されても良い。ただし地元消防機関の同意が必要なので、国は積極的に設置補助対象としていない。

避難余裕時間を増やす方法としては、防火・防煙などの役割をもつ区画化に努める(特に階段出入り口の区画化は有効)、避難ルートの多重化(バルコニーの確保、屋外階段、避難滑り台等)などがある。円滑な避難には障害となる物品の放置されやすい廊下、ホールや建物周囲の通路の日常点検も不可欠である。

障害者ホームでは自立した生活を保障するため、自宅と同様に夜間は部屋の施錠をするホームも多い。夜間火災時はスタッフが居室の鍵を開けて回る手順が必要となる。出火場所と鍵の置き場所によっては容易に鍵を取り出せない事態も起こるため、自火報連動解錠装置付き電気錠の導入を検討したい。近隣の人に119通報や、避難後の身柄確保(再進入による混乱が起きやすい)などの応援を頼む、あるいは避難介助方法、毛布等を使った搬送用具を独自に工夫するなども有効である。

3 火災図上訓練FIG(Fire Image Game)

長崎県大村市の高齢者グループホーム火災を契機に改正された消防法施行令が、平成21年4月に施行された。すべての障害者グループホーム・ケアホーム(以下、障害者ホーム)が特定防火対象物となり、社会福祉施設並みの火災安全性が求められ、消防査察を受ける防火管理の取り組み方も重要な関心事になっている。

しかし、小規模な障害者ホーム向けの見本となる消防計画例がない。消防計画の策定方法、消防訓練方法についても十分な情報がない。

そこで、地域居住への移行が急速に進む知的障害者ホームを対象とした消防計画づくりの一環として、実践的な訓練方法(FIG)2)を考案したので紹介する。

FIGでは、あらかじめ準備した100分の1の平面図の上に入所者、スタッフなどの人形キットを並べる。周辺の航空写真を含めて図面上で避難集結場所、隣接建物との関係性なども把握しながら、人形をチェスの駒のように動かし、さまざまな火災状況をイメージする。各々の行動や対処方法を試行錯誤しつつ検討するための訓練ツールとして開発した。訓練のポイントは、通常の訓練とは逆に、失敗する方法を見つけるための訓練だと考えてほしい。

シフト勤務で雇用形態も複雑な職員全員が参加する大掛かりな避難訓練を、頻繁に実施することは難しい。入所者にかかる負担感も大きい。入所者やスタッフは入れ替わりもある。一時的にボランティアが参加したり、体験宿泊者を受け入れる日もある。また、福祉現場の勤務が過酷なため長続きせず、せっかく大掛かりな訓練をしても防火知識や訓練経験が蓄積されにくい構造的な問題もある。

火災事象も想定しきれないことから、FIGを活用し、どのような状況においても落ち着いて判断できる、臨機応変な対応力を身に付けてもらいたい。FIGは、以下の効果が期待される。

1.日常的な職員ミーティングの空き時間を有効に使って気軽に取り組めることから、スタッフが防火に関心を持つ機会が増える。

2.スタッフによる話し合いは独自のアイデアや気付きをもたらす。知的障害者グループホーム等の実態に則した消防訓練づくりに役立つ。

3.入所者自身も図上訓練に同席し参加することで、防火の取り組みへの理解の深まりが期待できる。また、入居者向けに避難訓練の事前説明に有効活用できる。認知行動療法の一つとして、当事者のソーシャルスキル向上にも有効と考えられる。

4.年2回程度の避難訓練では、単一シナリオしか想定できないが、FIGでは複数シミュレ―ションが可能。

4 実訓練とFIGの連携

FIGにより出火点を想定して行った実際の訓練では、建物が危険な状況になるのを5~10分と想定し、3人で1階の6人を避難搬送した。覚知から避難完了まで4分50秒、通報は予想以上に時間がかかった。消火や通報に固執して避難が遅れる事例も多いことから、職員数が限られ避難余裕時間が短い状況ではリスクが大きい。

ところで、障害の軽い方が入所する障害者グループホームでは、夜間支援がない。知的障害者自身による通報、消火、避難の適切な見極めを前提とした消防計画は、現実的でない。

FIGによる訓練後の話し合いでは、以下の事項が提案された。

  1. 避難を最優先した訓練の実施
  2. 個別避難支援計画の作成
  3. 服用薬、医療機器の確保
  4. 家族等との良好な関係づくり
  5. 事前準備品の検討

5 放水すれば住めない

火災対応は、1.事前、2.最中、3.事後、に分けて考えてほしい。事後対応は火災直後にとどまらず、1か月後位まで含めた想定も重要である。消防署の指導では触れられないが、あらかじめ対応を考え、消防計画の一環として検討すべき事項について最後にまとめておこう。

○法人の立場から

放水で住めなくなればホームレス同然なので、生活の確保を消防計画の延長で記述すべきである。バックアップ施設の受け入れ可能性も踏まえ、緊急避難的に寄留可能な場所(地域の町内会館、マンションの集会所など)を探し、事前協議しておく。

被害が大きければ、生活支援継続計画、消防・警察の出火調査や事情聴取、マスコミ対応、火災保険請求、支援中断による事業継続計画など、想像以上に多くの業務が存在する。

近隣へのあいさつ、賃貸物件なら家主との話し合い、ホームの復旧復興計画について、資金繰りを含めた見通しも想定しておくことが望ましい。

○職員の立場から

働く場所を失った非常勤職員は、失業同然となる。被害者が出れば過失致死傷罪などが適用されることもある。火災現場に居合わせた世話人やサービス管理責任者は、警察や消防の事情聴取で長時間拘束される。その間、入居者の面倒はどうするかを考える。

○障害者の立場から

入所者自身の喫煙や放火など、出火原因に深く関わる火災事例が見受けられる。火災調査や事情聴取に備えて、職員の同席の可否、障害者の権利擁護に理解のある弁護士の手配など、取り調べ時の手順を確認しておきたい。

被災後の喪失感や、環境激変に伴う支援のあり方、常用している薬や、医療機器の確保などを検討する。

(おおにしかずよし 神戸大学大学院工学研究科建築学専攻)


【参考文献】

1)「建築防災・安全」、室崎益輝、鹿島出版会、1993年

2)「火災安全を中心にグループホームにおけるリスクを考える」日本グループホーム学会防災ユニット、平成21年度厚生労働省障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト)、pp63-78、2010年3月31日