音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年11月号

災害に対する私の備え

愼英弘

1 備えあれば憂いはないのか

よく「備えあれば憂えなし」と言うが、「備えがあっても憂いがある」のが災害である。しかし、備えがあれば被害を大きくしなくて済むことは言うまでもない。決して被害を最小限に止めることができるなどということはできない。なぜなら、「最小限」などというものは、そもそも基準を設けて線引きできるようなものではないからである。単に、予想以上の被害を被らなかったときに使われる言葉にすぎない。

ところで、恐ろしいものの代表例として「地震、雷、火事、親父」などが挙げられている。「親父」はさておくとして、地震と雷は自然災害なので避けることが難しく、火事は何もかも一切合切(いっさいがっさい)を灰にしてしまうばかりではなく、個人の努力だけでは避けられないこともあるからである。したがって、だれもが恐れている。その火事を私は体験した。

ここでは、火事の体験をも踏まえて、視覚障害者である私の災害に対する「備え」について述べることにする。

2 自宅の火事

1993(平成5)年2月13日、夜11時頃、自宅の1階から火が出て、木造3階建ての家は全焼した。その火は隣家にも燃え広がり、隣家は半焼した。火が出た1階に居室のあった伯父は焼死した。私は顔にやけどを負った。

2階に住んでいた私と家族は、11時頃寝ようと布団に入っていた。1階から伯父の大声が聞こえてきた。何を言っているのかは分からない。そこで、1階に降りて伯父の部屋に入ろうとしたが、あまりの熱気のために入るのをためらった。私は直感的に「火事だ」と思った。一緒に1階に降りてきた妻(晴眼者)に「どこが燃えているか見て!」と言うと「分からない!」との答えが返ってきた。私はその理由を聞くのももどかしかったので、すぐに2階にかけ上がって布団を持って降りた。布団で火を消そうと思ったが、熱気はますます激しくなり、部屋の中には一歩も入ることができなかった。たとえ入ったとしても、足の裏が焼けたら立っておれないと思ったから入るのをあきらめた。

そして、再び2階にかけ上がって大声で子どもを起こしながら消防署に電話をかけた。電話を終えると、起きてきた子どもに向かって、近所に住んでいる私の実弟の家に電話で火事を知らせるようにと言って、すぐに玄関まで走って降りて外に飛び出した。「火事や、火事や!」と大声で近所の人に知らせた。夜も遅かったこともあり、近所の人はだれ1人外には出て来なかった。それでも火事が発生したことを近所に知らせなければならないので、大声で何度も何度も叫んで、また2階にかけ上がった。小学5年生の子どもに電話をかけたことを確認して、2人は何も持ち出さずに下に降りて玄関の外に出た。妻は何とかして伯父の部屋に入ろうとしていたので、外に出てくるように大声で伝えた。遠くでサイレンの音がしていた。

私は災害が発生したときにはどのように行動すべきかを常日頃から考えている。火事がどの場所から起きるかによってどのように逃げるか、近所にはどのように知らせるかなどである。火事の起きたとき、子どものランドセルや制服などは持って出ようと思えばできたが、それをしなかった。なぜなら、一瞬の遅れが命取りになることがあるからである。すべて常日頃から考えていたとおりに行動した。

火事になったらブレーカーが落ちることを知っておかなければならない。私はそのことを知らなかった。大きな反省点である。妻が「分からない!」と答えたのは、真っ暗だったために見えなかったのである。ブレーカーが落ちることを知っていたならば、懐中電灯を持って来て伯父の部屋を照らしていたはずである。

3 災害に対する私の備え

災害に対する私の備えや考えは、次の4点である。

1.災害のときには近所の者をあてにせず、自力で脱出する方法を講じておくこと:地震に見舞われたときには広い地域が破壊される。近所でネットワークをつくっていたとしても、自分と家族のことを先に考えてしまうので、他人のことにまで気が回らなくなるため、そのネットワークは役に立たない。火事の場合には、ネットワークがあったとしても、近所とのつきあいが親密であったとしても、燃え盛る火の中に飛び込んで助けるなどということは期待できるものではない。

2.比較的遠くの人とのネットワークをつくっておくこと:大地震が発生したとしても、近畿地方全体が破壊されることは考えにくい。したがって、他府県の親しい者とのネットワークをつくっておき、災害時には互いに救助しあえる環境を整えておくことである。

3.最低3日分の水と食料を常に準備しておくこと:3日も持ちこたえたならば、遠くのネットワーク関係者の救助が期待できる。

4.いざという時には体一つで逃げること:重要な書類や金目の物を持ち出そうなどと考えていると、一瞬の遅れが命取りになることを肝に命じておく必要がある。

(しんよんほん 四天王寺大学大学院人文社会学研究科教授)