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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年2月号

「中絶の権利と生まれる権利」の論争を障害児の親の観点から捉える地平
―権利論のアポリアを解く視点を探る―

麓正博

1 はじめに―もう一つの視点―

話題の本に触れる形でという編集部の依頼であったが、筆者は生命倫理の専門家ではなく、この原稿を受諾するにあたって多少の躊躇(ためら)いがあった。まず筆者自身のスタンスを述べておく必要があるように思う。私は長く障害者のケアをし、多くのご家族と出会い、励まし励まされながら福祉の仕事をしてきた者である。今ここに生きている障害者がいて、問題や悩みを多く抱えながらもその人たちを包み込み、この社会の中で営々と暮らしを築いている家族たちがいる。その当たり前の日常の事実を、生命倫理はどのように捉えてきたのか。その問いを抱きつつ、この原稿を書いてみたいと思う。

2 森岡正博『生命学に何ができるか―脳死・フェミニズム・優生思想―』(勁草書房)を読む

最初に、「生命倫理への生命学的アプローチ」という新たな知の方法を提唱している森岡正博の本を取り上げたい。森岡はこの中で、「1972年前後に起きた、ウーマン・リブと“青い芝の会”の衝突という事件こそ、日本の生命倫理のその後の議論の深まりの方向性を決定づけたと言える」と述べ、リブと障害者の主張をそれぞれ詳細に論じている。しかし、その論述には障害児を産み育てている多くの親たちの考察がない。何故(なぜ)なのか。

誤解のないように言えば、筆者はその両者の間で論じられた「権利」の問題や思索の深まりの重要性を認識した上で、その論争の隠れた当事者とも言うべき障害児をもつ親たちのドラマにもまた重要な意味があるのではないかと言いたいのである。確かに、障害児をもつ親たちは、この論争に対して明言を避けてきたし、“青い芝の会”からしてみれば「障害児殺し」の加害者であって、論争に参加する資格もないのかもしれない。しかし、「内なる優生思想」に煩悶しながらも生命の掛け替えのない輝きを発見し、生まれた障害児を受け入れ、必要なケアを行い、時にそこに喜びや新たな生き甲斐(がい)を感じて、差別や偏見とも闘いながら日々をたくましく生きている多くの親たちは、生命倫理とは何の関係もないのだろうか。筆者は、書かれなかった事実の中の倫理的な闘いに、生命倫理のもう一つの大きな意味があると考えたいのである。そこから、両者の主張の新たな意味が見えてくるのではないか。

3 『障害をもつ子を産むということ―19人の体験―』(中央法規出版)が意味するもの

この体験集には、障害児をもった親たちの「ショック」「否認」「混乱」「怒り・悲嘆」「努力」「受容」等のすべてが語られ、彼らの価値と生き方の倫理的闘いが綴られている。『「望まれて生まれてきた」と伝えたい』『死を願うほど娘は強くなっていく』『心の中にある「差別観」を確認していく日々』『「障害」はきれいごとではすまされない』『「おめでとう」と言ってほしい』『奈落の底で身につけた母としての力』『「この娘は恥ずかしくない」と思えるまで』『障害をひとつずつ受けとめてきた2年間』などのタイトルをみても判(わか)るように、ここには“論争”の中で展開された「健全者のエゴ」「内なる優生思想」との内的闘いや、「出生前診断」「選択的中絶」等への内省的意見が語られている。この体験に顕(あらわ)れた苦悩も、森岡の言う「彼らの生命倫理」と言えるのではないか。

たとえば次のような体験を、生命倫理はどう捉えればいいのだろうか。『…その日、雨だったのか、晴天だったのか覚えていない。…けれど、はじめて望と会ったあの時のことを私は決して忘れはしない。…赤ん坊は、少し黄ばんだバスタオルに包まれて、小さなベッドの中にいた。充分な髪の毛。小さな目と口。おでこから鼻にかけてが赤味を帯びていた(後になって、それがあざだと気づいた)。はかなげで、いとおしくて、涙があふれそうだった。抱きしめて、「よくがんばったね」と泣きたかった。…私は、必死で涙をこらえた。NICUに入る時、私は身体だけでなく、心も覆い隠し武装したかのようであった。…その日のことを私は次のようにメモをしている。「赤ちゃんと対面する。右上腕がかろうじてあるだけ。両足は無い。ここまで見事に無いと悲しみを通り越し、その生命力に驚く。少し抱かせてもらう。ミルクを15cc与える」。…この腕に抱いた娘は、温かでこわれそうだった。覚悟しなさいと言われ続けたのに、こんなに元気に生まれてくれた。母性本能のかけらもなかった私は、娘を守る母になっていた。…私たちは、娘を「望」と名づけた。娘が大きくなったら、あなたは私たちに望まれて生まれてきた子なのだと話してやろうと思った。』

また別な体験談にはこうも綴られている。『世の中の障害者の親の何人もが「どんな子であっても産みたいと思った」と言い、「障害は個性である」と胸を張って言える人がいることも知っています。私たちもボランティアを通し、そんな親子とかかわったこともありましたし、障害イコール不幸と決めつける差別的意識に怒りも感じていました。しかしながら、自分がその身になった時、それは違ったものです。どんな価値観でどんな生き方をしてきたか、私たち夫婦に差し出された踏み絵のような気すらしました。ただ正直言ってあの時、私にはどんな子でも受け入れられるという強い信念よりも、数時間前にみせられたファイルの中の超未熟児の必死に生きようとしている姿が目に焼きついていたのです。「産んでみたい」。私は主人の手を握りしめ、主人も「まあ何とかなるよな」。実に簡単な話し合いでした。今思うとゾッとするくらいのものだったのです。先のまったくみえぬ荒野に立ったような気分の私を、ただあの一冊のファイルだけが後ろから押してくれたような気がします。』

1970年に横浜で起きた「障害児殺し」が生命倫理にとって大きな事件だったとすれば、こうした一つ一つの体験もまた大きな事件である筈(はず)である。ここで語られた体験や医療、看護、福祉に対して投げかけられた数々の意見や要望の意味を、我々はまだ十分に掴(つか)んではいない。ここにこそ、生命倫理学の大きな課題が隠されているように思えてならない。

4 J・ハーバーマス『人間の将来とバイオエシックス』(法政大学出版局)の可能性

ハーバーマスは、現代を代表するドイツの哲学者である。彼の理論は、近代の「労働」に依拠する社会理論の限界性やそこで展開される主体中心的理性(道具的理性)のアポリアを追究し、「コミュニケーション的理性」へのパラダイム転換を図ったことで有名である。理性の枠組み自体のパラダイム転換を行うことで、近代の主体哲学(意識哲学)の諸々のパラドックスから脱出を図ろうとしたのである。

ハーバーマスは、この試論的著書の中でこう述べている。『優生学によってプログラムされた人間は、彼の遺伝形質にその表現型上の現れに特定の影響を与えることを狙って操作がなされているという自覚とともに生きていかなければならない。こうした事態にどのような規範的価値評価をするかを決めるためには、このような道具化によってどのような基準が破られることになるのかを明らかにしておかねばならない。』また、カントの道徳原理を引いて『定言命法の「目的条項」は、どんな人格をも「そして同じくどんなときにもそれ自身を目的として」みるべきであり、「決して単なる手段として」用いてはならない、という要求を含んでいる。当事者たちは、たとえ葛藤が生じた場合でもその相互行為をコミュニケーション的行為の態度で継続しなければならない。彼らは…第三人称の観察者のパースペクティヴから他者を対象化したり、自己の目的のための道具として用いたりしてはならない、ということである。…定言命法は、第一人称単数のパースペクティヴを放棄して、間主観的に共有されるわれわれという〔第一人称複数の〕パースペクティヴを優先することを、すべての人に要求するのである。』と。

こうしたハーバーマスの主張に学べば、“論争”に顕われた権利論のアポリアは、主体中心の権利主張の帰結であり、他者を客体とみて道具的に思考する理性の限界と言えるのではないか。筆者は、権利論のアポリアを解くには、個体主体論的思考から相互主体的な関係論的思考への転換が必要なのではないかと考えている。先の体験集に顕れた相互主体的「受容」への道程の中にこそ、「類的アイデンティティ」への新たな地平があるように思える。

医療技術や生命科学が飛躍的に発達している現代だからこそ、生命を産み育てる日々の庶民の類的営みに注目した生命倫理学が基準としてあってほしいと願っている。

(*もう一冊『優生学と人間社会―生命科学の世紀はどこへ向かうのか―』(講談社現代新書)を取り上げたかったが、紙数の関係でできなかった。この本を読むと、個々の「産む・産まない」という行為がいかに優生学・優生思想に左右されてきたかに気付かされる。認識の覚醒が促される良書である。)

(ふもとまさひろ 目白大学非常勤講師)