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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

地域で当たり前に暮らし、社会参加の実現のためのサービスや事業は進むのか

阿部一彦

厚生労働省障害保健福祉部の平成23年度予算を見ると1兆1,815億円と前年度比613億円のプラスであるが、そのほとんどは個別給付である介護給付や訓練等給付についての義務的経費の増加であり、地域生活支援事業等についてはほとんど変わっていない。

個別給付は一人ひとりのニーズに応じて、国、都道府県、市町村の負担が義務的経費化されるのに対して、地域生活支援事業は「地方分権の流れを踏まえ、各自治体が自ら創意工夫を活かし、柔軟な形態で効果的・効率的な事業展開が可能な仕組み」で「各自治体の裁量で個々の事業に配分することができる統合補助金」とされている。表現はもっともらしいが、必要とされるサービスが数多くあると言及し、それにもかかわらず限られた経費しかないので、何とか各自治体で責任を持って裁量的にサービス提供しなければならないというものである。これが地方分権の流れを踏まえたものであるとすれば、地方分権は極めて限られた予算のもとに、さまざまな選択肢を示しながらも、それらの活用に当たっては、地方自治体に重い責任を負わせる不都合な仕組みであると考えられる。

本稿では地域で当たり前に暮らし、社会参加の実現のためのサービスや事業として、地域生活支援事業の現状と課題について取り上げる。

地域生活支援事業には、必須事業として相談支援事業、コミュニケーション支援事業、日常生活用具給付等事業、移動支援事業、地域活動支援センター機能強化事業がある。障害者の権利条約においても強く指摘されているように、コミュニケーションや移動は基本的権利であり、それらに対する支援の充実は当然提供されるべきものである。

しかるに、コミュニケーション支援事業は法律上、必須事業であるにもかかわらず、実施していない市町村が約4分の1ある状況(平成21年3月31日現在)である。手話通訳者設置事業は約7割の市町村が未実施であり、要約筆記者派遣事業については約5割の市町村が未実施という状況である。当然の権利が保障されていないのである。

そして、コミュニケーション支援事業や移動支援事業などの必須事業を実施していない市町村について、近隣市町村と連携して、サービス提供者の育成・確保に取り組むために特別支援事業の活用が求められるが、その具体的な取り扱いは、予算成立後に示すとされている。

また、他の必須事業についても現在の状況では、各事業が実施されているのか、いないのかだけが問われ、量的ならびに質的に十分なサービスが行われているのかについては何ら問われることがない。すなわち、サービス内容の実態については極めて不明瞭である。

そのような中、平成23年10月から、重度視覚障害者の移動支援が同行援護として個別給付化されたことは評価できる。今後も地域生活支援事業に位置づけられている事業について、個別に量的ならびに質的に十分な検討を行い、必要な場合には個別給付化、すなわち自立支援事業に位置づけるべきと考えられる。地域生活支援事業には、必須事業のほかにも地域で当たり前に暮らし、社会参加するために重要な事業が多い。その中でも誌面の都合から、社会参加促進事業、特に障害者スポーツ事業を取り上げる。

社会参加促進事業には、スポーツ・レクリエーション教室開催等事業、芸術・文化講座開催等事業、点字・声の広報等発行事業、奉仕員養成研修事業、自動車運転免許取得・改造助成事業などがある。スポーツ・レクリエーションや芸術・文化活動を生活に取り入れることは、日常生活、社会生活を豊かにすることでもあり、地域で当たり前に暮らし、社会参加するために極めて重要である。

しかし、各地で開催されているスポーツ大会は全国障害者スポーツ大会の選手選考のための予選会が主であり、陸上競技、卓球、水泳、フライングディスクなどの種目に限定されている。そして、冬季競技を除くと、6月中の選手選考会に間に合わせるための予選会がその年度のスポーツ行事になってしまい、極端な表現を用いると、年度が始まって2か月余りで、障害者のスポーツシーズンは終わってしまうのである。

そこで、「障害者スポーツ特別振興事業」や「体育館等バリアフリー緊急整備事業」が基金事業としてメニュー化されているが、十分な経費が準備されているとは言い難い。スポーツ・レクリエーション、芸術・文化活動は、障害のない人が生活の中に当たり前に取り入れているように、障害がある人にとっても適切な支援のもとに、日常的に取り組んで生活を豊かにするものではないだろうか。十分な予算措置が求められる。

自立生活とは、自己選択と自己決定に基づき、自己実現することである。現在、地域生活支援事業として位置づけられている事業は、地域で自立した日常生活または社会生活を営むため、すなわち当たり前に暮らすために必要な選択肢であるが、その量的、質的な検討が行われていない、不明瞭な位置づけにある事業である。

今回の予算では、「障害者総合福祉法」(仮称)の検討にも資する基礎資料とするために「全国障害児・者実態調査の実施(3.2億円)」が計上され、これまでの法制度では、支援の対象とならない人も含む障害児・者等の生活の実態等を把握するための調査を実施するとされている。日常生活・社会生活のQOLという観点から、この調査を活用して、地域生活支援事業であるコミュニケーション、移動、社会参加などのニーズと実態について明らかにしてほしい。そして、それらの事業の量的・質的な検討を行い、だれもが当たり前に暮らすための社会環境の整備が充実することを切望する。

(あべかずひこ 仙台市障害者福祉協会会長、東北福祉大学教授)