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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

ワールドナウ

ミャンマーにおける視覚障害者自立支援システムの構築

塩崎真也

はじめに

インドシナ半島の西部に位置するミャンマーは、1年中日本の夏のような熱帯の国である。最も暑い時期には気温が40℃以上にもなるため、ここでは半そでシャツに民族衣装のまきスカート、裸足(はだし)にビーチサンダルという姿が一般的だ。

人口は約6千万人で、大多数のビルマ族を中心に、100を超える民族から構成されている。多くの国民が上座部仏教を信仰し、その他には少数のキリスト教・イスラム教・ヒンズー教などが混在している。

ミャンマーのランドマークとして黄金に輝くシュエダゴンパゴダには、熱心に祈りを捧げる人々の姿が絶えない。ミャンマーは国際的に「最貧国」と位置づけられているが、純粋に祈りを捧げる姿は、万能当たり前の経済先進国に生まれ育った者に人間の傲慢さを教えてくれているように感じてならない。ミャンマーの照明設備はまだまだ不十分ながら、仏教徒の聖地とされるここだけは、毎晩大変美しくライトアップされており、この国の人々の信仰心の強さを垣間見ることができる。

このような国で、ミャンマー初となる視覚障害者のための本格的医療マッサージ教育機関、「ミャンマー視覚障害者医療マッサージトレーニングセンター」が開校した。今回は、本センターの様子を常夏のミャンマーからご紹介させていただきたい。

ミャンマーの視覚障害教育と医療マッサージへの期待

本センター設立構想は、ミャンマーを中心に国際医療協力を行う「NPO法人ジャパンハート」(本部・東京都大田区、代表・吉岡秀人医師)の「ミャンマー視覚障害者自立支援プロジェクト」の一環として、2009年夏に開始された。

ミャンマーには約30~40万人の視覚障害者がいると推定され、その多くが差別を受け、教育や職業はもちろんのこと、一般的な社会参加の機会すら得られないのが現状である。

盲学校は全国に8校あり、国立2校はミャンマー政府社会福祉省の直轄下に置かれ、私立学校(キリスト教系2校・仏教系3校・その他1校)の多くが視覚障害者によって設立されている。都市部の学校では、日本と同じような本格的な視覚障害教育が実践されているが、点字指導やピアレクリエーションなどに重点を置いた視覚障害福祉施設のような性質を持った学校もある。そのため、入学した学校によって、受けられる教育内容に大きな差が生じると言える。

また、ミャンマーでも大学や大学院を卒業した人を含めたすべての視覚障害者の経済的職業自立が大きな課題となっている。各盲学校では、音楽・占い・竹細工・マッサージなどの職業教育が行われているが、これまでのところ、どれも経済的自立には結びついていない。

一方、ヤンゴンの日系企業が社会貢献の一環として営業を開始した「Genky」や、ミャンマー盲人協会が日本の関係団体の支援を受けて開設した「Yumeai」等、ミャンマーにはいくつかのマッサージ店があり、客も絶えることがなく、視覚障害者の新たな職域として注目されている。

このような状況を背景に、マッサージは新しい職業教育分野として各盲学校で積極的に導入されているが、体系的な教育カリキュラムは皆無である。先輩から簡単に実技のみを習うのが一般的で、決して医学的に安全で上手な技術とは言えない。しかし、私が実際にマッサージを受けたすべての視覚障害マッサージ師がこの仕事に真摯に向き合い、誇りを持って生き生きと働いていたのが印象的だった。

そこで、本格的な医療マッサージトレーニングセンターを設立し、医療マッサージによる視覚障害者の自立支援システムを構築すべく、日本・ミャンマー両国の多くの関係機関の協力の元に本プロジェクトが開始された。

なおこれは、ミャンマー政府社会福祉省および日本政府外務省の全面的なバックアップの元に、ODA(政府開発援助)の一環として実施されている。

トレーニングセンター開校

「ミャンマー視覚障害者医療マッサージトレーニングセンター」は、2010年5月17日に開校した。開校式には、在ミャンマー日本大使館・ミャンマー政府社会福祉省をはじめ、多くの方々のご出席をいただき、ミャンマー国内メディア各社も訪れ、全国的に大きく取り上げられた。

本センターは、ミャンマー全国の盲学校医療マッサージ教員の養成を最大の目的としている。そして、今後各関係機関との連携の下に段階的に仕事を進めていき、教員養成・教育制度も包括した環境づくりを行い、ミャンマーにおいて、長期的・安定的に視覚障害医療マッサージ教育が実践できるような総合的な自立支援システムの構築を最終的なビジョンとしている。

本センターの学費・食費・寮費などはすべて無料である。ただし、すべての授業に100パーセント出席することと、卒業後2年間は必ず母校で指導者として勤務することが義務となっている。さらに、2学期続けて基準を下回った成績不振学生は退学処分となる。

教育過程は2年間で、4か月間を1学期間とする2学期制である。

1年次は、学生全員がセンター内で生活をしながら、8か月間合計15科目・800時間の授業を履修する。教育カリキュラムは、解剖学・生理学・臨床医学等の医学に関する科目、按摩・マッサージ・指圧に関する実習科目、教育原理・視覚障害指導法などの教職科目から構成されている。

2年次には母校に戻り、指導教員の下で教育実習を行い、教育実習と卒業研究を終えた学生には卒業証書と医療マッサージ教員の免許が授与される。

学生のキャンパスライフ

本センターは、ミャンマーの最大都市ヤンゴン中心部から車で約30分ほどの閑静な高級住宅街にあり、2階建ての大邸宅を借用している。1階には、事務室・応接室・食堂・男子居室があり、2階には教室・実習室・女子居室がある。教室には解剖学の授業で使用する骨格模型と内臓模型、そして、実習室には6台のマッサージベッドが設置されている。このようなキャンパスで、各出身盲学校長の推薦を受けて全国から集まった19歳から34歳までの12人の視覚障害学生たちが、今年の1月までセンター職員の指導の下、共に生活した。

授業では、学生の習熟度格差が非常に大きいため、教育内容を十分吟味した上で指導に臨んだ。そして、授業についていくのが難しい学生には、他の職員と連携し、授業時間外の個人指導で対応した。一方、学生たちの方も優秀な学生を中心にいくつかの学習グループを自主的に結成し、放課後にはお互いに声を掛け合い皆で集まり、その日に習った内容を確認しあう姿も日常的に見られるようになってきた。

また、本センターが昨年8月に、筑波技術大学・AMIN(アジア医療マッサージ指導者ネットワーク)の多大なご協力の下にヤンゴンで開催した「第1回ミャンマー視覚障害者医療マッサージセミナー」も、本センターの学生たちにとって貴重な経験となった。受講内容はもちろんのこと、ミャンマー全国から集まった盲学校関係者・医療マッサージ関係者の方々と交流を深め、刺激を受けたようである。

それから、年に2回、教室をパーティー会場に作り変えて行ったレクリエーションも大変良い思い出となった。みんなでごちそうを囲んで、ギターや伝統楽器のミャンマーマンドリンを演奏しながら歌い、医療マッサージを志す視覚障害者の仲間としての一つの輪ができた。

このように、出身校・民族・宗教、これまでのバックグラウンドも全く違う学生たちが、共通の目標に向かって、協力しながら努力を重ねている。

10年後・30年後のミャンマー社会の想像

ミャンマーの学校では今が夏休みで、6月に新年度がスタートする。本センターも2011年度からはそれに合わせて授業を開始するが、キャンパスではもうすでに新年度の準備が進められている。

2010年度はセンターを開校し、第1期生12人が教員養成カリキュラムに基づき800時間の履修を無事に終えた。そして2011年度は、センターに新1年生を受け入れ、2年生は教育実習を開始する。また、その実習に合わせて、「ミャンマー盲学校医療マッサージ科標準教育カリキュラム」を試験的に導入し、全国の盲学校一斉に医療マッサージ師の養成を開始する予定である。

私はこのプロジェクトを進めるなかで、10年後・30年後のミャンマー社会を想像するということを最も大切にしている。そして、最終的なビジョンを実現するため、すべての関係機関と連携を図りながら今すべきことを常に直視し、プロジェクトを着実に推進していかなければならないと考えている。

早速、1年生の総まとめとして、学生全員に、「2020年におけるミャンマーの盲学校医療マッサージの創造~今自分たちにできること」というテーマでスピーチをさせた。多くの学生から明るい夢や堂々とした頼もしいビジョンが聞かれ、「盲人のあなたがマッサージを勉強したり学校に行って何になるのと言われて悲しかったけど、その人たちにも胸を張って病気や痛みを和らげる医療マッサージをしてあげたい」、「これからは僕たちがミャンマーの医療マッサージ教育をリードし、大切に育てていきましょう!」、「たとえ視覚障害があっても寄付をもらうのが当然と思うのはおかしい。しっかり勉強をさせて、可能な限り職業で給料を稼ぐことの大切さを母校の生徒にも教えていきたい」という言葉には大変感動させられた。

おわりに

本プロジェクトはまだまだスタートしたばかりで、さまざまな課題や事情を抱えたミャンマーにおいて、しなければならない仕事は山積している。

これからもトレーニングセンターの充実とプロジェクトの確実な一歩を積み重ねるべく、引き続き職員一丸となって努力を重ねていく所存である。今後とも、多くの皆様のご支援・ご協力をお願い申し上げたい。

最後に、本センターを取り上げ、紹介してくださったすべての関係者の皆様に心より感謝申し上げたい。

(しおざきしんや ミャンマー視覚障害者医療マッサージトレーニングセンター講師、 NPO法人ジャパンハート「ミャンマー視覚障害者自立支援プロジェクト」指導専門家)