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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

1000字提言

「息」から「声」へ

宮野秀樹

兵庫頸損連絡会には人工呼吸器を使用する会員がいる。数年前、市民公開講座「人工呼吸器使用者の自立生活を実現するために」を開催した際に協力してくれた数名の人工呼吸器使用者が、そのまま会員となって自分たちの生活実態や課題を“当事者の生の発言”によって広く知らせる活動を行っている。

つい最近、その一人であるAさんから「カラオケをしよう!」と誘われてカラオケボックスでの宴(うたげ)に参加してきた。カクテルやサワー、焼酎をガブガブ飲みながらアニメソングや演歌、鹿児島出身・桜島オールナイトライブアーティストの曲などを熱唱した。Aさんも私も四肢完全マヒであるため肺活量が少なく、横隔膜の動きが弱いので大きな声は出ない。よって歌は音痴である。1曲歌うと酸欠になる。従って酔うのも数倍早い。でも、そんなことはお構いなく歌い続ける。大声で笑いながら語り合う。

Aさんはいつも「お洒落(しゃれ)なショットバーがあるから行こう!」「風邪で入院していたけど、やっと退院できた。ストレス解消に焼肉食べに行こう!」と誘ってくれる。聞けば何でもない会話であるが、気管切開の人工呼吸器使用者という医療的ケアを必要とする、またそこにさまざまな壁を抱える人の言葉と考えると胸が一杯になる。そして本来、支援対象としても困難とされがちな最重度障がい者であるにもかかわらず、主体的にAさんから誘ってくれることが何よりもうれしい。

近年、会員である他の人工呼吸器使用者もAさんをお手本に、自ら行動することで課題を見つけ、その課題を仲間で共有化し、さまざまな人を巻き込みながら解決を目指す「相互に語り合い、支え合えるネットワークづくり」を展開している。人工呼吸器使用者交流会と称し、どのようにすれば地域で自立生活できるのか、そのためには何が必要か、を自分たちで考え、自分たちの声で問題提起しようとしている。ブレス・トゥ・ヴォイス―Breath to Voice―「息」から「声」へ。

兵庫頸損連絡会では、息をするのもままならない人たちが、声を上げ、大きな運動のうねりをつくっていこうと願いを込めたメーリングリストや機関誌のコーナーで彼らの声を届けている。

Aさんの話に戻る。カラオケで歌い過ぎたのか、酒を飲み過ぎたのか、2人でフラフラしながら店を出た。「じゃあもう帰るよ」というAさんに「明日は何か用事あるんですか?」と聞いてみた。「明日は愛媛県(四国)に行って講演してきます。日帰りですが」。実にさらりと返ってきた。これを「凄(すご)い」とだけで片づけたくはない。これが本来、人の持つパワーなんだ!こういう人が当たり前である社会にしなくてはならない。そう強く感じた1日であった。

(みやのひでき 兵庫頸髄損傷者連絡会事務局長)