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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

フォーラム2011

ソーシャル・ファーム国際シンポジウム報告

上野容子

近年、ソーシャル・ファームの推進をめざして、海外から先駆的な取り組みをしている関係者を招聘しセミナーが開催されている。当シンポジウムは国際交流基金が主催していることからも、わが国の社会的企業の発展が注目されており、社会的企業のひとつであるソーシャル・ファームは、障害者をはじめ社会的に労働の機会を奪われている人たちの新しい職場として期待されていることを改めて実感できる機会となった。以下、報告する。

テーマ:ソーシャル・ファームを中心とした日本と欧州の連携
期日:2011年1月30日(日)
会場:全社協・灘尾ホール
主催:国際交流基金
協力:(財)日本障害者リハビリテーション協会

国際交流基金高橋毅参与の主催者挨拶の中で、欧州のさまざまな取り組みをタイムリーに学ぶ意義について改めて確認できた。福祉国家の北欧諸国においてもソーシャル・エンタープライズ、ソーシャル・ファームが注目されてきている話は、今後の福祉のあり方を示唆する上で大変興味深いものであった。

基調講演:「日本のソーシャル・ファームの発展にむけて」

炭谷茂(ソーシャルファームジャパン理事長/恩賜財団済生会理事長)

炭谷氏は、日本にソーシャル・ファームを導入し推進している第一人者で、各地の創設と取り組みを積極的に支援しており、わが国で2000社設立を目標に挙げている。

ソーシャル・ファームの最も重要な特徴として、障害者をはじめ社会的に労働の機会を奪われている人たちが就労訓練の対象者にとどまるのではなく、事業に共に参画し、労働の主体者であることを強調している。大阪市の手作りカバン製造など、講演ごとに新たな取り組みを紹介しているが、発展のポイントとして、労働集約性を生かす、ニッチなものの開発、企業との提携、ネットワークによる商品流通化と消費者としての協力ネットワークづくり、資金獲得方法として、既存の福祉制度の枠組内でなく、多様な分野の関連助成金や民間助成経営資金の活用等が提案された。最後にソーシャル・ファームは、今後の新しい「公」の形成とソーシャルインクルージョンの理念に基づいた人間としての生き方のひとつであると結んだ。

第1部 報告「欧州でのソーシャル・ファームを中心とした障害者雇用の取り組み」

1.「英国のソーシャル・ファーム~真の雇用創出~」サリーレイノルズ(ソーシャル・ファームUK最高責任者)

イギリスのソーシャル・エンタープライズは、現在約62,000社あり、総売上高は270億ポンド。全企業の5%にあたり、一定の経済効果が評価されている。そのひとつであるソーシャル・ファームは、13年前の5社から現在181社に成長。最も多く雇用されているのは精神障害者だが、労働者の58%が雇用の現場から排除されてきた人たちである。収入の75%以上を売り上げから得ている所がソーシャル・ファーム全体の74%を占める。小規模な組織が多く、ケータリング事業が全体の21%、近年増加しているのは研修、リサイクル事業である。

ソーシャル・ファームUKは、1999年、ソーシャル・ファームの全国的な統括組織として設立され、事業の創設、商品開発、経営コンサルタント、ネットワーク等、ソーシャル・ファームセクター発展に寄与しており、現在助成金獲得のためにロビー活動を展開している。

2.「ウェイアウト協同組合~ソーシャル・フランチャイズ方式による社会的協同組合の普及~」ダニエル・リンドグレーン(ウェイアウト協同組合創設メンバー/開発マネージャー)

スウェーデンのソーシャル・エンタープライズは、働く人たちのエンパワメントを重視し、公的支援組織から独立している。そのひとつであるウェイアウト協同組合は2003年に設立され、元犯罪者担当機関・刑務所・公的雇用サービス機関等の自助団体のひとつで、障害者、薬物中毒、犯罪者、虐待被害者、中期失業中の若者等の労働市場から排除された人々が働いている。協同組合は現在15あり、事業の開発や発展はフランチャイズ方式をとっており、共通の目的を持ち、コミュニティー構築や企業経営、共同開発等に取り組んでいる。

労働者一人当たりの平均賃金は1600ユーロ/月、平均年齢40歳。雇用関係を結んでいるが、福祉制度の一部として位置づけている。業種は、印刷、接客業、ホテル、ハーフウエイハウス等である。

3.「デンマークのソーシャル・ファーム~福祉を推進する重要かつ強力な手段~」ラルス・レネ・ペテルセン(デンマーク・ソーシャルエコノミー・センター長)

近年5年間でソーシャル・エンタープライズに対する関心が高まり、今後のデンマーク福祉社会構築に重要な手段として認識されつつある。ソーシャルエコノミー・センターはソーシャル・エンタープライズのひとつであり、組織的・政治的にも中立の立場で、ソーシャル・エンタープライズと社会的企業家のためにコンサルティングや指導者研修、教育等を担当している。政府から60%、ビジネス活動30%、プロジェクトファンド10%の資金を得ている。

特にソーシャル・ファームに言及した話はなかったが、事業資金内訳から推測されるように、ソーシャル・エンタープライズがその役割を担っているのかもしれない。

4.「フィンランドにおけるソーシャル・ファーム~障害者雇用における役割~」マリヤッタ・バランカ(VATES財団最高経営責任者)

2004年にソーシャル・エンタープライズ法が施行され、ソーシャル・ファームもその中で位置づけられた。従業員の30%は障害者、長期失業者でなければならない。賃金の75%を上限としての補助金制度、事業開発のための特別開発手当てとして総開発費の75%が支給され、その財源は、社会福祉・保健医療サービスの地方自治体補助金である。収入の51%は売り上げから得る。法的な要件を満たせばソーシャル・ファームとしての認定申請ができる。現在、154社が登録されているが、民間企業が全体の5分の4、第3セクター・地方自治体が5分の1となっている。VATES財団は1990年代に開設され、ソーシャル・ファームに関するロビー活動を行う先駆的な全国ネットワーク組織である。

5.「ヨーロッパにおけるソーシャル・ファームの概観」ゲーロルド・シュワルツ(IOM(国際移住機関)プログラムマネージャー)

調査したデータを基に、EU7か国にソーシャル・ファームの法的位置づけがあること、ヨーロッパ全体で約3900社、約10万件の雇用を生み出していること、その中で障害者の仕事は43,000件に上ること、ソーシャル・ファームモデルは全体的に成功していることから、ソーシャル・ファームと社会的協同組合が今後の雇用・労働のあり方に大きな可能性を秘めていると言及している。ソーシャル・ファームに関するデータが少ない現状も指摘された。

第2部 パネルディスカッション

・コーディネーター:寺島彰(浦和大学こども学部教授)

・総合ファシリテーター:フィリーダ・パービス(リンクス・ジャパン会長)

・国内パネリスト:宮嶋望(農業組合法人共働学舎新得農場代表)、大山泰弘(日本理化学工業株式会社会長)、上野容子(東京家政大学教授/(社福)豊芯会理事長)

宮嶋氏は、社会的に排除されてきたさまざまな立場の人たちと共に働く場と共同生活の場を運営し、グレードの高いチーズづくりで定評を得ている。大山氏は全従業員の7割は障害者で、新品種のチョーク作りで業績を上げている会社会長である。豊芯会は、精神障害者の働く場として家庭料理の宅配と飲食店を経営している。各々事業内容は異なるが、障害者や社会的に排除されてきた人たちを積極的に受け入れ、協働してきた軌跡と先駆性、創造性、事業の蓄積性、労働集約性を生かした事業展開は共通するものがあった。

ファシリテーターのパービスさんから、今回シンポジストと共に国内を視察してきた感想と本シンポジウムのコメントとして、今、まさにネットワークを機能させる段階に来ていることが強調された。今後、日本のソーシャル・ファームの盛衰はネットワークが声高に叫ばれる段階から、さらに実質的なネットワークを機能させ、商品開発や販売ネットワーク、経営・事業発展の方法の情報共有等で具体的な成果を上げていくことが求められている。ソーシャルファームジャパンに課せられている期待は大きく、その重責を改めて強く認識する機会となった

(うえのようこ 東京家政大学教授、社会福祉法人豊芯会)