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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年5月号

差別禁止法、虐待防止法制定に向けて

野村茂樹

1 権利条約による差別禁止、虐待防止の求め

国連総会は2006年12月13日「障害のある人の権利に関する条約」(以下「権利条約」という)1)を採択し、日本政府は2007年9月28日、権利条約を署名した。

権利条約は2008年5月3日に発効している。

権利条約5条2項は「締約国は、障害に基づくあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害のある人に保障する。」と定め、同16条1項は「締約国は、家庭の内外におけるあらゆる形態の搾取、暴力及び虐待(これらのジェンダーを理由とする状況を含む。)から障害のある人を保護するためのすべての適切な立法上、行政上、社会上、教育上その他の措置をとる。」と定めている。

権利条約は、障害に基づくあらゆる差別を禁止し、あらゆる形態の虐待から保護すべきことを定め、締約国にそのための立法等の措置をとることを求めている。差別禁止法制や虐待防止法制の整備が求められているのである。

2 障害に基づく差別とは

イ.障害に基づく差別について、権利条約2条は次のように定義している。

「『障害に基づく差別』とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含むあらゆる形態の差別を含む。」

すなわち

(1)障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限が

(2)いかなる分野についても

(3)不利益な結果をもたらす目的を有する場合(直接差別)

のみならず、

(4)3の目的がなくても不利益な効果をもたらす場合(間接差別)

を差別と定義している。

ロ.権利条約は、さらに「合理的配慮を行わないこと」も差別にあたるとしている。この合理的配慮について、権利条約2条は次のとおり定義している。

「『合理的配慮』とは、障害のある人が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、特定の場合に必要とされるものであり、かつ、不釣合いな又は過重な負担を課さないものをいう。」

権利条約の「合理的配慮」の理解として重要なことは、ある障害者が特定の場合に人権や基本的自由を享受したり行使することができるための必要かつ適切な変更及び調節であるという点である。すなわち、合理的配慮の内容は、障害者個人個人、場面場面ごとに個別具体的に定められるということである。

「合理的配慮」の考えは、「障害」の考え方から生まれたものと考えられる。「障害」は、従来、身体的、知的、精神的な個人の属性に着目し(医療モデル)、その個人の努力により克服されるべきものと捉えられてきた。しかし、最近では、「障害」は個人と周りの社会環境との関係で生まれるものだという考え方(社会モデル)が広まってきている。つまり、「障害」は障害のない人を基準に作られた社会の仕組や偏見などから生み出されるという考え方である。権利条約も障害の社会モデルの考え方に立脚して、障害のある人の実質的な平等を図るために、社会の側に合理的配慮を行うことを求めたものである。

たとえば、資格試験で、受験資格として障害者でないことを定めていた場合は、障害者を受験から排除するものとして差別にあたることは明らかであるが、受験資格に制限を設けなくても、たとえば点字受験を認めないまま放置するのであれば、点字を使用する視覚障害者を実質的に受験から排除することに他ならない。点字を使用する視覚障害者が受験を求める場合、点字受験を用意しないことは、合理的配慮を行わないものとして差別にあたるのである。

3 虐待とは

イ.権利条約は、家庭の内外におけるあらゆる形態の虐待の防止を求めている。防止されるべき虐待はあらゆる形態に及び、適用場面は家庭に留まらないのである。

ロ.虐待には次のような形態が含まれると考えられる。

1.「身体的虐待」―障害のある人に対して有形力を行使すること、または傷害を生じさせもしくは身体を拘束すること

2.「性的虐待」―障害のある人にわいせつな行為をすること又は障害のある人をしてわいせつな行為をさせること

3.「心理的虐待」―障害のある人に対する暴言又は拒絶的な対応その他の障害のある人に心理的外傷を与えるおそれのある言動を行うこと

4.「放置」―障害のある人を衰弱させるような減食、長時間の放置、又は必要な医療を十分に受けさせないことその他の障害のある人を養護すべき義務を怠ること

5.「経済的搾取」―障害のある人の財産を不当に処分することその他当該障害のある人から不当に財産上の利益を得ること

ハ.そしてその適用の場面は、家庭のみに留まらず、施設・学校・企業・医療機関・刑務所等拘禁施設などの生活分野に及ぶ。

4 差別禁止法、虐待防止法の制定を

イ.権利条約が締約国に対し差別禁止法制、虐待防止法制の整備を求めていることは前述のとおりである。それは権利条約1条が、条約の目的を「障害のあるすべての人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し及び確保すること、並びに障害のある人の固有の尊厳の尊重を促進すること」と定めていることからも当然の帰結である。

ロ.権利条約を署名した日本政府は2009年12月、閣議決定により、内閣総理大臣を本部長とする障がい者制度改革推進本部を設置し、その基に障がい者制度改革推進会議(以下「推進会議」という)を設置した。障害当事者が多数参加する推進会議で議論を重ねた結果、2010年6月7日「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」を公表したが、日本政府は同月29日の閣議決定で、推進会議の第一次意見を最大限に尊重し、権利条約の締結に必要な国内法の整備を図るものとした。

閣議決定では、次のとおり「障害者制度改革の基本的な考え方」を示している。

「あらゆる障害者が障害のない人と等しく自らの決定・選択に基づき、社会のあらゆる分野の活動に参加・参画し、地域において自立した生活を営む主体であることを改めて確認する。

また、日常生活又は社会生活において障害者が受ける制限は、社会の在り方との関係によって生ずるものとの視点に立ち、障害者やその家族等の生活実態も踏まえ、制度の谷間なく必要な支援を提供するとともに、障害を理由とする差別のない社会づくりを目指す。

これにより、障害の有無にかかわらず、相互に個性の差異と多様性を尊重し、人格を認め合う共生社会の実現を図る。」

閣議決定は、さらに、「基礎的な課題における改革の方向性」として、地域生活の実現とインクルーシブな社会の構築を掲げた上、「障害者に対する虐待のない社会づくりを目指す。」と述べている。

そして、閣議決定は、「横断的課題における改革の基本的方向と今後の進め方」として、障害者基本法の改正、障害者自立支援法の廃止=障害者総合福祉法の制定のほか、障害を理由とする差別の禁止に関する法律の制定を掲げ、次のように述べている。

「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済等を目的とした法制度の在り方について第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成25年常会への法案提出を目指す。」

日本政府は権利条約の締結に必要な国内法の整備として、差別禁止法の成立を目指しているのである。また、障害者に対する虐待のない社会づくりを目指している。

ハ.障害を理由とする差別を禁止する法律は、以下の諸点を備えることが必要である2)

1.教育、労働、不動産の取得や利用、建物や交通へのアクセスなどの生活のさまざまな場面において、いかなる行為が差別にあたるのかを規定し、障害のある人が差別を除去することのできる具体的規範性を持った法律であるべきこと。

2.差別をしない義務を課される者は、国や地方自治体のみならず、民間の雇用主や事業者などをも含むものとされるべきこと。

3.差別禁止法で禁止される差別の内容としては、たとえば雇用の場面における採用の拒否や入店の拒否などの積極的な不利益取り扱いのみならず、労働が可能となるような物的人的設備の設置や、交通機関の利用が可能となるようにするためのエレベーターの設置などの合理的な範囲での配慮を行わないことも、差別とされるべきこと。

4.差別禁止法に規定した差別を受けた場合、裁判所による救済を得ることの意義が大きいことはいうまでもないが、同時に、裁判所以外の救済機関で簡易迅速に救済が図られる必要性も高い。従って、政府から独立した人権救済機関を早期に設立し、この救済機関において差別禁止法を適用した救済を行うべきこと。

ニ.虐待に関する法規制として、児童虐待防止法が2000年に、配偶者からの暴力の防止及び保護に関する法律が2001年に、また高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律が2005年に制定されているが、障害者に対する虐待防止法はいまだ制定されていない。

虐待を防止し、被害者を救済する虐待防止法の制定が必要である。具体的には次の内容を盛り込むべきである3)

1.各都道府県は、障害のある人に対する虐待問題を専門に取り扱う中核機関(救済機関)を設置すること。

2.広く市民や関連機関が早期に虐待を発見し、中核機関に通報できる制度を創設すること。

3.障害のある人と日常的に関わっている教育機関、雇用主などに虐待の早期発見のための事故報告義務を課すこと。

4.国及び地方自治体は、虐待の被害に遭った障害のある人を救出し保護するための制度を創設すること。

5.国及び地方自治体は、家庭内介助者を支援するための制度を創設すること。

6.国及び地方自治体は、虐待の被害を受けた障害のある人に対する精神的身体的健康回復のための対策を講じること。

7.国及び地方自治体は、虐待予防のための戦略を構築するために、社会において虐待を生み出す環境や背景を調査し、また、虐待を防止するために関わるネットワークを構築すること。

(のむらしげき 日本弁護士連合会障がいのある人に対する差別を禁止する法律に関する特別部会部会長)


1)権利条約の訳文は、すべて「川島聡・長瀬修仮訳」による。

2)日本弁護士連合会「『障がいを理由とする差別を禁止する法律』要綱 日弁連試案の提案(2006年10月)

3)日本弁護士連合会「障がいのある人に対する虐待防止立法に向けた意見書」(2008年8月)