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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年5月号

ほんの森

障害と文学
「しののめ」から「青い芝の会」へ

荒井裕樹著

評者 鈴木雅子

現代書館
〒102―0072
千代田区飯田橋3―2―5
定価(本体2200円+税)
TEL 03―3221―1321
FAX 03―3262―5906

1950年代から70年代にかけての日本の障害者運動は、次の二つの点で重要であった。一つは、脳性まひ者が中心となり、特に重度者が牽引する形で運動が進められたという点、そしてもう一つは、障害者たちによる運動が機関紙や同人誌といった紙媒体を中心的な舞台にし、個人的な感情を綴ることによって展開したという点である。

本書は、文学活動と障害者運動の両面で活動し続けてきた2人の人物に焦点をあて、彼らの文学と文学活動の分析を通して、戦後日本の障害者運動に潜在した「内面」の変遷過程を明らかにしようとするものである。

2人の人物とは、俳人で運動家の花田春兆(1925年~)と、詩人で運動家の横田弘(1933年~)。2人は共に重度の脳性まひ者で、戦前の首都圏で育ち、長い在宅生活の後、結婚して家庭を築き自立生活を送ってきた。

花田は、俳壇の巨匠・中村草田男に師事し、俳結社「萬緑」で活躍するかたわら、1947年創刊の障害者の文芸同人誌『しののめ』を主宰する。一方の横田は、神奈川の詩人団体「象(かたち)」に所属し詩作を続けながら、1970年代には「青い芝の会神奈川県連合会」の中心人物として障害者差別反対運動の先頭に立つ。横田は『しののめ』の同人でもあった。

本書は3つの部から構成されている。第1部〈「綴る文化」の戦後史〉では、『しののめ』の歴史と意義が考察される。第2部〈「いのち」の価値の語り方〉では、『しののめ』に掲載された「安楽死」を巡る議論を題材に、障害者自身が障害者の生命の意義をどうとらえていたのか、またその生命観が1950年代から70年代にかけて、どう変遷していったのかを明らかにする。第3部〈横田弘の詩と思想〉では、若年期の横田が母を主題として書いた詩を読み解きながら、1970年代初めの優生保護法改定反対運動の中で横田が優生思想をどのように認識していたのかを問う。

1960年代の日本とは、核家族化や地域共同体の崩壊などによって、家族という共同体が孤立・閉塞し、許容力を失い始めた時期であった。そのような中で在宅の障害者たちは、家族(親)との葛藤を語ることを通して自己同一性を形成し、そして、それは1970年代の障害者運動における差別告発の思想につながっていく。

文学を手掛りに障害者の「内面史」を明らかにした本書によって、文学研究の新たな地平が拓(ひら)かれたといえよう。

(すずきまさこ 静岡県近代史研究会会員・障害者運動史研究者)