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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

改正の評価
障害者基本法改正に対する原理的評価

大曽根寛

1 はじめに

本稿は、2011年7月29日に成立し、8月5日に公布された障害者基本法の改正が、「障害者権利条約」(2006年、以下、条約)の考え方を反映したものかどうか、「障がい者制度改革推進会議」(以下、推進会議)でまとめられた「第一次意見」(2010年6月)や、「第二次意見」(2010年12月)を取り入れているものかどうか、そして、今後の政策の基礎となりうるものとなるものかどうか、改正法第1章「総則」を中心に検証することを目的とする。

2 目的規定について

まず、基本法のなかの総則的な条項としては、この法律の目指すところを記述する目的規定がある(1条)。この条文は、いきなり「全ての国民が」という書き出しから始まる。筆者にとっては、冒頭の文言から違和感を禁じざるを得ず、国際連合で、1990年に採択された「移住労働者条約」(日本は未批准)の基本からすると、「すべての人が」というスタートになるはずであり、国際社会にて通用するのかどうか、最初から疑問を生じてしまう。まさか、国際的協調を謳う改正法(5条)が、障害のある外国籍の方を差別する意図はないはずであると解釈したい。

次に、1条は、3つの事柄を1つのセンテンスに押し込もうとしており、だれにもわかりやすい文章とは言えない。これ以上先へと読み続ける意欲をなくすためのテクニックであるはずはないと思うのだが。

むしろ、1.「基本的人権の享有主体としての個人」を承認するとの理念規定、2.「共生社会を実現するため」という目標に関する規定、3.「自立及び社会参加の支援等のための施策」という施策内容に関わる規定等を混在させることによって、この法律の特徴をあいまいなものにしているとも評価することができる。つまり、条約や推進会議の意見に従えば、これらは別個の条文とすべきだったのである。

3 障害、障害者の概念について

まず、「障害」の概念を広くとらえ、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)が例示であり、「その他の心身の機能の障害」としたことは一歩前進したと受け止めることができる。また、医学モデルから社会モデルへと移行しようとする立法趣旨を反映しているのか、「障害及び社会的障壁」の相互作用によって、「障害者」を定義する規定(2条)となっていることも理解できなくはない。

しかし、条約にも、「第一次意見」にも、「第二次意見」にも書かれていたように、障害概念は、可変的で、かつ多様なものであり、障害者概念は、なおさら定義の難しい言葉である。改正法2条では、2号前段において機能障害(インペアメント)のことが書かれているのであるが、2号後段においては、「障害及び社会的障壁により…相当な制限を受ける状態にあるもの」と、いきなり「障害者」の定義へと飛んでしまう。障害と社会的障壁の相互作用の関係性から、障害概念の社会モデルを描き直すという規定形式にはなっていない。ここに、立案担当者の苦労もあるのであろうが、立法全体としては、障害概念の多義性を人々に意識させることなく、「障害者」概念で一貫して各条文を立案しようとしている無理がある。

しかし、これは、おそらく、条約や推進会議が意図した構図(多様性のある障害概念を承認しつつ、「障害のある人」を念頭に置く説明様式)とは別の次元で、相変わらず、障害者と呼ばれるタイプの人々が存在し、その類型に該当する人のための法律であるとの誤解を与えかねない。

このことは、旧法14条が、せっかく「障害のある児童及び生徒」という規定を持っていたにもかかわらず、改正法16条は、あえて「障害者である児童及び生徒」という規定形式に変更をしており、ここには、障害概念を慎重に考えるというよりも、「障害者」を全面に押し出す思想が表れているとも考えられる。

いずれにせよ、この法律では、障害者という用語が多用されすぎており、立法者の意図が実現されない恐れさえはらんでいるのである。これらの点は、障害者権利条約批准の際に、いずれ再考の必要があるだろう。

4 基本原則について

3条から5条は、改正法の「基本原則」の規定とされている。しかし、「第一次意見」においては条約の規定を投影して、1.「権利の主体」の明記、2.「差別」のない社会、3.「社会モデル」的観点、4.「地域生活」の支援、5.「共生社会」の実現が、制度改革の基本的考え方とされていた。「第二次意見」でも、基本とされる理念には共通するものがあった。

しかし、改正法では、地域社会における共生等(3条)の前提として、基本的人権を享有する個人が想定されるものの、共生社会概念の中に人権の尊重が包括されてしまった。これは、推進会議の議論とは異なる方向である。この結果、たとえば、施策内容のなかにおいて、虐待防止のための固有の規定が欠落してしまった(2011年6月に成立した障害者虐待防止法参照)し、国及び地方公共団体の「障害者の権利の擁護及び障害者の差別の防止を図りつつ障害者の自立及び社会参加を支援する…」責務(旧法4条参照)規定を削除することとなってしまった。

さらに、差別禁止の原則に関しては、旧法(3条3項)のままでほとんど手が付けられておらず、「必要かつ合理的な配慮」の条項(改正法4条2項)が入ったものの、障害者差別禁止法制の今後の行方とも絡んで、完成した条文とはなっていない。

(おおそねひろし 放送大学)