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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年10月号

障害学生のキャリア形成支援

石田久之

はじめに

日本学生支援機構の『平成22年度(2010年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』3)によると、平成21年度の障害学生卒業者数は1,180人で、そのうちの548人が就職をしている(就職率46.3%)。また、一時的な職に就いた者39人を加えると、卒業生の49.7%が職業生活に入っている。

高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校を含むが、以下では大学という)における障害学生の修学支援は、近年急激にその量と質を拡大している。たとえば、障害学生の在籍数は、平成17年度の5,444人から平成22年度の8,810人と1.6倍になっている。支援室の設置や支援コーディネーターの配置など支援体制の整備・拡充も進んでいる2)3)

障害者を受け入れ、適切な支援を提供し、自立を促し、社会に送り出す。大学がこの使命を果たそうと考える限り、それは、必然的に障害学生のキャリア形成支援(以下、キャリア支援という)へとつながる。なぜなら、障害学生支援とは、自立した社会人を目指すための支援であり、障害者を含めさまざまなマイノリティーを受け入れ、大学の責務として行う教育の一側面4)だからである。

そこで、本稿では、大学における、1.障害学生のキャリア支援とは何か、2.現在のキャリア支援においてどのような課題があり、その課題の解決のためにどのような方策があるかを考えてみたい。

キャリア教育とキャリア支援

大学におけるキャリア支援には、1.職業社会で求められる人間形成支援と2.就職活動支援の2つが含まれる6)。しかし、障害学生の場合は、これらに加え、卒業後の人生を“障害とどう向き合い、どう障害と共に生きていくか”という大きなテーマの中で、社会で十分に通用する知識と技能の獲得を在学中に行う必要がある。つまり、3.自己受容と能力開拓である。

さて、『大学設置基準及び短期大学設置基準の一部を改正する省令』(平成22年文部科学省令第3号)により、学生が卒業後の社会的および職業的自立に必要な能力を培えるよう適切な学内体制の整備が求められることとなった。つまり、キャリア形成を支援する体制構築が緊急の課題となったことを意味する。同時に、教育課程の実施および厚生補導の両面から行うべきことも明記されている。

石田(2010)4)は、大学におけるキャリア教育とは、学問的な体系とカリキュラム上の位置づけを持ち、その中で学生自身が思考し、社会生活への知識・技術の獲得を目指す体系と定義した上で、キャリア支援を、その体系に沿って、個別のカウンセリング、授業では対応できないアルバイトの斡旋(あっせん)、資格の取得支援などの厚生補導を含みつつ、より学生の独自性に応じた形で、かつ、より現実性を持たせた形での支援としている。

つまり、自己の認識や障害の受容を通し、できることとできないこと、どうすればできるのか等の理解、卒業後をどのように障害と共に生きるのか、という自己への問いかけが必要であり、そのような場としてキャリア支援を位置づけることが重要である(石田・天野、2011)5)

キャリア支援として何を教えるべきか

障害者に職業生活を充実させるための希望を聞いた研究で、「賃金をあげてほしい」(44.0%)、「いろいろな種類の仕事をしたい」(42.2%)、「必要な情報がほしい」(30.2%)、「能力開発や訓練の機会がほしい」(20.4%)、「困難な仕事に挑戦したい」(18.3%)等が報告されている1)。また、企業内の能力開発については、障害者30歳代、40歳代、50歳代のどの年代でも、満足度は30%程度とされている7)

これらの研究から見えてくるものは、障害者の職業生活満足度が、残念ながら高くはなく、職に就いたとしても、その後のキャリアアップに、さまざまな問題が生じていることである。

障害学生の就職の難しさ、また、就職できたとしても、職場でのスキルアップ環境の不十分さやその結果としての職業生活満足度の低さが厳然として存在しており、これらのことを、職業生活に入る前から自身に関わる問題として捉えられるキャリア支援の取り組みが必要である。

次に、自己の能力を正確に把握できることも重要である。これは健常学生も同様であるが、障害学生には、大学入学までに周囲の過剰な配慮や、逆に、関わりの無さがあり、このため、自己の能力を適正に理解できていない学生がいる。キャリア形成には、現在の自己の力量を正しく把握していることが大前提であり、このための支援である。

以上をまとめ、石田(2010)4)はキャリア支援として、1.就労におけるさまざまな課題を意識することへの支援と2.自己の能力を正確に把握することへの支援を、2つの柱に挙げている。

キャリア支援の課題

健常学生において、就職までの関与が大学の責務と考えられている現在、当然ながらこのことは、障害学生においても同様である。ところが、具体的な就職活動支援、さらには、キャリア支援についての蓄積がないため、多くの大学で、模索中というのが現状である。

つまり、第一に、キャリア支援の蓄積の少なさの問題である。このような場合、行政や民間の就職支援機関が開催している就職相談会などへの参加を指導するのは極めて有効である。支援室に就職相談会のポスターが貼られているのを見ることもしばしばである。

また、保護者との連携も重要である。モンスターペアレント等と世情を騒がせているが、保護者も大学も共に障害学生の今と将来を考えようとしているわけで、協力できるはずである。近親者の縁故による就職なども少なくない。

課題の第二は、障害学生の職業へのイメージの問題である。健常学生は、学内外でのさまざまな営みを就労の対象として見、聞くことができるが、障害学生が、障害者の労働場面に遭遇する機会は、あまりないであろう。このため就職活動準備といわれても、自分に可能な仕事や十分にやっていける仕事はもとより、就職活動自体をイメージすることができないことになる。自分のやりたいことだけを考えてトライしなさいというのは、適切なアドバイスではない。障害があっても、実際にやっていけるある程度の確証は提示する必要があろう。この点から、学外実習やインターンシップの促進は大きな意義を持つものと思われる。

さらに、筆者は、障害学生を自大学で採用するような仕組みを作れないかと考えている。障害者を、常に支援する対象とだけ見るのではなく、有能なパートナーとして遇することが、大学として新たな可能性を見出していく道ではないかと考えており、キャンパスで生き生きと働く障害のある職員を目の当たりにすることは、障害学生に就労の具体的イメージを提供する好機となるであろう。

終わりに

本稿では、高等教育機関に学ぶ障害学生のキャリア形成支援について、障害学生支援という自立支援の枠組みとの関係で論じた。1.就労におけるさまざまな課題を意識することへの支援と2.自己の能力を正確に把握することへの支援が必要であることを指摘した上で、大学の1.キャリア支援経験の少なさ、2.障害学生の職業イメージ獲得機会の少なさ等の問題を提示し、同時に、その解決の方策を概括的に模索したものである。大学支援室や行政・民間の就職支援機関等における、より具体的な取り組みについては、次頁以降の論文をご覧いただきたい。

(いしだひさゆき 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター教授)


【参考文献】

1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究―障害者のキャリア形成、NIVR調査研究報告書No.62、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター、2004

2)独立行政法人日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書、2006

3)独立行政法人日本学生支援機構:平成22年度(2010年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書、2011

4)石田久之:高等教育機関における障害学生のキャリア形成支援。職業リハビリテーション、24(1)、pp.11-22、2010

5)石田久之・天野和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向3。筑波技術大学テクノレポート、18(2)、pp.77-82、2011

6)伊藤彰茂:大学におけるキャリア・カウンセリング、キャリア教育概説8キャリア・カウンセリング、(日本キャリア教育学会 編)、pp.148-149、東洋館出版社、2007

7)吉光清:「障害者のキャリア形成に関する調査」結果に基づく年代間比較、九州看護福祉大学紀要、8(1)、pp.93-102、2006