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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年10月号

発達障害のある人への就労支援
―サテライト・オフィス平野の取り組み

酒井京子

1 はじめに

サテライト・オフィス平野は、平成21年10月に障害者自立支援法に基づく障害福祉サービスの就労移行支援事業を開始し、この9月で丸2年を迎えた。定員20人に対し、2年間で46人の利用があり、そのうち22人が就職している。当事業所の特徴として、利用者のほとんどが広汎性発達障害・アスペルガー症候群等の診断を受けていることがあげられる。

発達障害は障害の概念自体の歴史が浅く、利用者の多くは学齢期においては障害の認識がないまま、集団への適応のしづらさ、周囲とのコミュニケーションの不調和を抱えながら学校生活を送り、卒業後はいったん就職したものの、職場への不適応を起こし、離職を余儀なくされたという経験をもつ。

また、学生時代に就職活動をしたものの、結局は就職が決まらず、卒業後は在宅のまま過ごしてきた人やアルバイト先を転々とした経験をもつ人など、安定的な職業生活とは程遠い生活を送ってきた人がほとんどである。外からは見えにくい障害であるため、周囲からの理解や支援が受けにくく、これまでの学校生活や職業生活の中で多くの失敗体験を繰り返すうちに自尊感情が低下し、うつ症状などの2次障害を発症している人も少なくない。

利用者のAさんは大学卒業後、離転職を繰り返し、何年か引きこもっていた後に当サービスの利用に至った。利用開始後9か月経った頃に「利用する前に比べて今の状態はどうか」と尋ねたところ、「とりあえず明日のことを考えるのが苦痛でなくなった」という答えが返ってきた。明日が見えないまま過ごしてきた彼の心の闇がうかがえる言葉である。集団から排除され、自信を失っている人たちが再び自信をとり戻すためには、「自分が人から必要とされる存在である」と再度、認識できる場面を多くつくり、社会の中で自分が役割を果たしていると実感できることが必要である。

当事業所のホームページおよび機関誌作成にあたり、利用者にキャッチコピーを考えてもらったところ、次のような案が出てきた。「自分を大切にし、人とつながるために社会への一歩の手助けをします」「凸凹(でこぼこ)な私たちでも生かせる場所を提案します」「障害者 あなたの居場所 サテライト」「「働きたい」それはあなたの力になる」「自分を大切にしたい、人とつながりたいと思う人たちがいます」。社会の中での自分の居場所の確認を求めていることがわかる。

これまでの利用者46人の平均年齢は29.5歳であり、比較的若い年齢層の利用が多い。最近の傾向としては、大学新卒者(または在学中)の相談が増えている。現在の利用者22人の半数が大学もしくは大学院を卒業しており(11人)、大学中退者も3人いる。

当事業所への紹介経路として最も多いのが障害者就業・生活支援センターであり(7人)、次に発達障害者支援センター5人である。発達障害者が仕事に関して困った時に、身近な相談機関としてこの2センターが役割を果たしているといえる。医療機関からの問い合わせや見学、体験利用も多いが、実際に利用に至ったケースは2人である。

2 就労のための支援内容

事務職での就職をターゲットにした支援内容であり、民間のテナントビルの一室を借り、一般のオフィスに近い形態で事業所を構えている。8人の職員は、職場の上司の役割を果たし、仕事の指示やアドバイスを行う。

プログラム内容としては、職務遂行能力(職業スキル)の習得もさることながら、社会の一員である自覚(実感というべきか)をもつことができるよう、事業所の中で一人ひとりの役割(仕事)を設定し、責任を持って遂行してもらっている。対人面の些細なことで不安になったり、感情的になる人もいるため、気持ちをコントロールするためのグループワークや日々の1対1での面談を重視している。

発達障害の特性に対応した道具や方法を用意し、たとえば聴覚過敏で周囲の音が気になる人は耳栓を使用したり、質問をするタイミングがつかめない人には「質問カード」を使い、声をかけるのではなく、紙に書いて渡すという方法を使ってもらう。紙に書くことで質問内容も整理することができる。その他、周囲の視線が気になる人には簡易パーティションで視線をさえぎることにより仕事に集中できたり、体幹バランスが悪く姿勢が崩れてしまう人は姿勢矯正クッションを使うなど、一人ひとりの特性に応じた作業環境を整えている。これらの道具は実際に職場実習や就職先に持っていき、そのまま引き続き使用するケースが多い。また、気分転換できるよう、カームダウンスペースとして、一人になれる個室と屋外での休憩場所を準備し、混乱した時や気分を切り替えたい時に、随時使用できるようにしている。

ストレスをため込みがちな人が多く、希望者には相談時間を定期的に設け実施している(週1回程度)。相談を繰り返すことで、就職後も安心して相談できる体制を目指している。気分転換の方法としてスポーツを推奨しており、月1回体育館を借りて、ボーリング・卓球・バトミントン・トランポリン・バスケット等を実施している。好きなスポーツを選んで、定期的にスポーツするよう促している。

おおよそ利用開始半年間は基礎訓練期間として、パソコンの操作方法(ワード・エクセル等)や事務用品の使用の仕方を学び、資格試験にも挑戦している。

また、グループワークを積極的に取り入れており、内容としては、1.お互いのことを理解し、話をするきっかけをつくるグループワーク、2.マイナスの感情を緩和させる方法をさぐるグループワーク、3.障害の特性についてみつめ、自己の個性や特徴をまとめるグループワーク、を行っている。これらは、大阪市発達障害者支援センターと合同で実施している。

社会人マナー講座も実施し、職場での暗黙のルールや基本的な態度をグループで学習する。障害の特性上、場の空気が読めず、暗黙のルールが理解できない人が多く、基礎的なことを学習後、日々の訓練場面で実際に起こった事例を話し合い、その時の行動が他の人にどのように思われるのか、望ましい行動について話し合っている。

これらのグループワークを通じ、辛いという思いを抱えているのは自分だけではないことを実感し、不得意なことを認め、工夫を行えるようになる人もいる。また、他の人の考えを聞くことにより、凝り固まっている考え方を少しずつ解きほぐすことができる人もいる。

なお、利用者の中には、視覚情報には強いが、耳からの情報が苦手であり、文章から場面を想像できない人もいるため、できる限り板書するなどして視覚的に情報を提供し、コミック会話を使用する等の方法を行っている。

3 学校との連携

最近の傾向として、学生を支援している機関からの相談が増えている。学生生活に適応できず、中退も視野に入れ、その後の進路の選択肢のひとつとしての相談であったり、卒業を控え、就職のための進路選択を考えるにあたっての相談である。在学中はなかなか働くことのイメージがもちにくく、就職活動をしても、たとえば面接で過度な緊張をし、うまく自分を表現できずにうまくいかないことが続くと、自己否定感につながり、就職活動をやめてしまうケースもある。

当事業所のサービスは正式には在学中の間は利用できないが、事務系の職務の職業適性を把握したいという場合には、枠に空きがある時はインターンシップ的に2週間の体験プログラムを利用することは可能である。また、就職が決まったとしても、実際に働く上で彼らの力が十分に発揮できるよう適切な環境を整えることが大切であり、それらの調整を行う際には就労支援機関と連携を図りながら進めていくことが必要となってくる。

4 就職に至った事例

利用者のBさんは、高校卒業後、就職先が決まらず、就労支援機関の支援を受けながら就職活動をする方がいいだろうという保護者の希望もあり、当事業所のサービスの利用を開始した。パソコンによる事務業務についてはある程度の基礎的な事柄はすでに習得しており、今後はより高度な業務にも従事できるようパソコンのスキルアップを図った。

一方、社会人としてのマナーやルールはこれまで学んだ経験がなく、基本的な労働習慣が身についていなかった。また、自分の感情をコントロールすることが不得手であり、ストレスがたまるとイライラして大声を出したり、パニックになることもあった。

そこで、ビジネスマナーについて基本的な事柄を学ぶとともに、具体的な場面でその都度、指摘をすることにより(報告・連絡をきちんとすること、時間を守ることなど)、その場にふさわしい行動がとれるようになってきた。また、自分の障害について学び、理解するとともに、自分の得意・不得意な事柄や他の人から配慮してほしい事項について整理したり、マイナスの感情(怒り、イライラなど)のコントロールについて学習することにより、安定的に業務に従事できるようになり、事業所内の雰囲気を乱すこともなくなってきた。

Bさんは、1年間の利用の後に希望していた事務職で就職し、今も働いている。職場からは、思いがけない場面に直面すると混乱することもあるが、仕事に関しては丁寧でミスもなく、あいさつや報告・連絡・相談などは問題なくできているという評価を受けている。なにより、働き始めてからの顔つきがぐんと大人っぽくなったことが社会人としての成長を感じさせてくれる。

5 おわりに

発達障害者支援法施行後、少しずつ発達障害のある人への相談体制・支援体制は整いつつあるが、就労支援を行う機関はまだまだ少なく、大きな課題である。しかしながら、当事業所のように発達障害に特化した就労支援機関が少しずつではあるが、広がりつつある。教育を受けている間は学校が中心となり支援が受けられるが、成人期にはその支援がなくなり、学校卒業後、スムーズに就職ができないと所属をもたず、社会とのつながりが無い状態に陥ってしまう。教育から就労への移行(つなぎ)は極めて重要であり、教育機関と福祉・労働の支援機関がガッチリとタグを組み、スムーズな移行へと導くことができるよう支援をしていくことが大切である。

当事業所の取り組みもまだまだ緒についたばかりであり、試行錯誤しながら実施している状況であり、各方面からご指導を賜ることができれば幸いである。

(さかいきょうこ サテライト・オフィス平野所長)