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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年10月号

列島縦断ネットワーキング【長野】

地域や企業と連携して工賃アップ
~エコーンファミリーの取り組み~

小池邦子

新事業体系移行と事業拡大

障害をもって生まれたわが子のために、必死で頑張った親御さんたちが、平成12年に社会福祉法人『花工房福祉会』を設立し、翌13年4月、知的障がい者通所施設「エコーンファミリー」を開所しました。定員20人の小さな施設で、私は教職で親御さんたちとご縁をいただいたことから、その施設長として関わるようになりました。

当初は、親御さんの強い希望で、パン作りと花苗を育てる作業を中心に行ってきました。1年、1年利用者が増えていくのに伴い、平成15年には分場三輪事業所(現就労移行支援)を、平成16年には篠ノ井事業所(現就労継続支援B型)を、空店舗を改修しながら事業の拡大を図ってきました。同時に、通って来る障がい者の特性を活かせる活動の場として、炭焼き(竹炭・木炭)と小物作りも加えてきました。

そんな中、一つ目の転機が訪れました。障害者自立支援法下での事業体系の見直しです。障がい特性を生かした作業・その人が生き生きと働ける場づくり・毎日元気に通って来たくなる事業所づくりを考えた時、新事業体系に移行することがエコーンファミリーの利用者にとってはベストという結論に達しました。もちろんいただく報酬による経営も考慮しましたが、平成19年4月、県下でもいち早く新事業体系へ移行しました。

移行後は、同じ作業場で「早く早く」と急かされていた利用者や「ちょっと待ってね、みんながそろうまで」とやれる力があるのに待ったをかけられていた利用者が、通勤電車の関係で始業(9時)前に着いてしまっても、着替えを終え、自分の働く作業場でできることを始められるようになりました。ゆったりと自分のペースを守りながら活動の準備を始める人、周りから急かされることもなく落ち着いて作業に入れる人と、どの人も笑顔で頑張れるようになりました。

二つ目の転機は、障がい者の工賃アップがクローズアップされたことです。開所当時は定員20人だった利用者も今年は74人、工賃倍増の前に利用者の三倍増という現実に目をつぶることはできませんでした。人数が増えても工賃を下げるなんてことはどんなことがあってもしてはいけないと心に決めていましたので、何とか次の手を打たなければと必死でした。

既存のパン作り・花苗栽培・炭焼き・小物作りに加え、大豆を使った製品を何とか作りたいと試行錯誤した結果、地元産の大豆を使い、なおかつおからの繊維質も含まれる、大豆丸ごとの豆富を作ることにしました。しかし、そう簡単に売り上げは伸びるものではありませんでした。そこでプロの力もお借りして、利用者のためと思い増やして来た作業内容を、もう一度見直すことにしました。

見直す観点は、積極的に事業を拡大する・現状維持でいく・売り上げアップが見込めない作業の縮小もしくは廃止、の三パターンを考えました。

企業連携の炭石けん「炭なでしこ」の誕生

事業拡大にはパンと豆富が上がりました。作業場の拡張工事と設備の充実でもって生産増大を図っていく方向を決定しました。「おいしい豆富」を実感していただいている顧客も増えつつあったので、エリアを広げる作戦で、全く新しい地域の古民家を改修し2号店(朝陽事業所)をオープンさせ、売り上げアップに期待をかけました。

一方、縮小もしくは廃止を検討された炭商品チーム。みんなの同意なら仕方ないのかなと半ばあきらめていましたが、ある時、自分の後ろには10人の障がい者がいる、彼らは暑い夏も寒い冬も、毎日炭焼きをしたり薪づくりをしたりとフィールドで楽しく働いている。その人たちの仕事を簡単に止めてしまっていいのかと葛藤の末、「減る」(消費)をキーワードに動き出しました。

食べて「減る」パンやお豆富は毎日でも買ってもらえる。でも炭はインテリアもシューズキーパーも1度買ったら次はいつ買ってもらえるのか分からない商品。お客様に買ってもらえるもの、炭でも「減る」もので出した答えが「石けん」すなわち『炭石けん』でした。思ったらすぐ行動、廃油を使った炭石けんを作り始めました。牛乳パックへ流し込み固めてできた石けんを前に「小池さんだったらいくらで買いますか?」と聞かれ、金額は即答できなく、出た言葉は「これではお金はいただけないよ」でした。せっかく良い所に目をつけたのですが残念な結果に終わりました。少なくとも、お客様からお金をいただく商品は、思わず買いたくなるパッケージ、使ってみて「いいな。次も…」と感じることのできるものでなくてはならないはずです。

そこから企業連携が始まりました。今までは製造から販売まですべてを事業所が行ってきましたが、初めて石けん作りのプロ(会社)が作る高品質のオリジナル石けんに炭を入れていただき『炭なでしこ』が誕生しました。包装・ラベル貼り、そして販売はエコーンファミリーが手掛けます。自信を持って営業に出かけることができるようになりました。初年度、何と「炭なでしこ3個入り800円」を2千箱売ることができました。縮小もしくは廃止という危機にさらされた炭商品チームもホッとひと息つくことができました。でもここで足を止めている訳にはいきません、さらなる営業、次なる商品開発と歩みを進めています。

企業注文によるパン事業の拡大

一方、最大の売り上げを期待されているパングループでも新しい動きを始めました。夏場に落ち込むパンの需要を何とかしたいとアイスパンを筆頭にメニューの工夫をしましたが、消費ダウンは否めませんでした、ダウンの幅を少しでも小さくしたい、あわよくば夏場もアップを!と考えた結果、パン・クッキー作りの卓越した技術を活かして、企業から商品の注文をいただき、製造をエコーンファミリーが担うという手法です。炭石けんとはまさに逆の方法です。企業側から指示された材料・レシピで製造したものを企業さんに納め、販路は企業さんが開拓してくださるというやり方です。文字通り企業の請け負い仕事をするようになりました。パン作りが一段落した時間帯を有効活用し、ラスク・スコーン・クッキー、時にはチーズケーキまで手掛けています。受注の多少はありますが、安定した収入の場となったと同時に、細心の注意を払いながらの作業の中、単に収入アップだけでなく、障がい者の技能・手際の良さ、ロスタイムの少ない作業工程など、障がい者自身もやりがいを感じて精を出す姿が見られるようになりました。

地域とも連携―大豆コーヒー販売

最後に地域を巻き込んで生まれた商品があります。かつての川中島の地は二毛作(米と麦)の生産地。農業に関わる方々も大勢いらっしゃいましたが、今はあちこちに遊休地が見られるようになりました。この土地をお借りし、「小麦を作ろう」とエコーンファミリーサポート隊が結成されました。登録20人ばかりの五十代・六十代のおじさん・おばさんたちです。初めは麦だけでしたが、豆富を製造するようになってからは、麦の収穫の後に大豆を育てようと動き出しました。しかし大量生産が期待できず、豆富の原料にするには中途半端な収穫量でした。この大豆の使い道はないかと考えを巡らしていた時に、大豆をコーヒーにする企業さんと出会いました、早速、自分たちが育てた大豆を送りました。できた商品は『Soy de cafe』まさに大豆のコーヒーとして生まれ変わりました。ノンカフェイン・妊婦さんや子どももOK、もちろん『川中島産大豆』を大きな売りにして販売を開始しました。売り出して5か月足らずですが、手応えは感じています。新しい分野として、今後の展開に期待したいと思います。

障がいがあってもなくても、生まれ育った地域で普通の暮らしができるために、これからもエコーンファミリーで働く障がい者のため、一人ひとりできることを実行していきたと思います。

(こいけくにこ 多機能型事業所エコーンファミリー所長)