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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年12月号

障害がある人とユニバーサル・デザイン

畠山卓朗

ユニバーサル・デザインという言葉を聞くようになって久しい。企業の広告などでも目にすることが多くなった。最近の学生に質問すると、ユニバーサル・デザインという言葉を耳にしたことはあるが、バリア・フリーという言葉は知らないという学生が意外に多くいることに驚かされる。

本稿では、ユニバーサル・デザインとは何か、バリア・フリーとどのような違いがあるのかについて解説する。さらに、重い障害がある人とユニバーサル・デザインはどのような状況にあるのかについて筆者の考えを述べる。結論から先に述べると、重い障害がある人は現状でのユニバーサル・デザインの対象者としては十分に捉えられていない。これはとても残念な状況であるが、筆者はそれを乗り越えられる方策が必ずあると考える。いくつかの取り組み例を紹介し、今後のユニバーサル・デザインのあるべき姿を模索する。

ユニバーサル・デザインとは

ユニバーサル・デザインはノースカロライナ州立大学のユニバーサル・デザインセンター所長であったロン・メイス(Ronald L. Mace, 1941-1998)により提唱された概念である。自身がポリオによる後遺症で車いすを使用し、さらに酸素ボンベを常に使用する状態であった。

ユニバーサル・デザインという概念が誕生する以前に、バリア・フリーという概念があったが、ロン・メイスは障害がある人のみを対象とするのではなく、できるだけ多くの人が安心、安全、そして快適に利用することができる製品、生活環境、システムを生み出すことを基本コンセプトに設定した。

ユニバーサル・デザインを深く知るには川内美彦氏(2000年「第1回ロン・メイス21世紀デザイン賞」受賞)の著書『ユニバーサル・デザイン バリアフリーへの問いかけ』を読まれることをぜひともお薦めする。

ところで、従来からあるバリア・フリーとユニバーサル・デザインはどのような違いがあるのだろうか。ある人は「バリア・フリーの時代は終わった、これからはユニバーサル・デザインの時代だ」と言う。また他の人は「バリア・フリーはユニバーサル・デザインの一部である」など、さまざまな解釈があるが、筆者は前述した川内美彦氏の以下の考え方に賛同する。

氏の考えを筆者なりに理解すると次のとおりである。ここに、電気製品があるとする。何らかの障害が原因で特定の人やグループがその電気製品がうまく操作できないとする。つまり、そこにはバリア(障壁)が存在する。その状態を改善し、操作できるようにすること、つまり「バリアを無くす」ことを「バリア・フリー」という。さらに「使える」状態から一歩進んで、できるだけ多くの人が「より安全、安心、快適に使えるようにすること」がユニバーサル・デザインである。

一例をあげれば、一頃(ひところ)、街の中を走っていたリフト付きの乗り合いバスやスロープ付きのバスはバリア・フリーと言える。一方で、近年、街中で見かけることが多くなった超低床バスは、ユニバーサル・デザインということができる。車いす利用者にとって便利であるだけでなく、ベビーカーを押している人、杖歩行の高齢者、さらには重いスーツケースを押している若者にとっても便利に使うことができる。

障害がある人とユニバーサル・デザイン

筆者は長年にわたり重い障害がある人を対象とした支援機器の開発・サービスに取り組んで来た。それはまさしく、バリア・フリーの仕事と言えよう。

その後、ユニバーサル・デザインの新しい概念に触れたときに大きな衝撃を受けた。ただし、実際のユニバーサル・デザインと称される商品を手にとってみると、重い障害がある人には使うことが困難であることは容易に分かる。つまり、ユニバーサル・デザインは「すべての人の使用を保証している訳ではない」ということができる。

バリア・フリーは、特定の個人やグループが抱えている課題を具体的に解決するための手段である。これに対して、ユニバーサル・デザインは「できる限り多くの人を対象にしながら安全・安心、そして快適に使えるようにしようという考え方、あるいは方向性」を示しているのである。

前述したように「すべての人の使用を保証していない」ということの現れは、ユニバーサル・デザイン商品と言われているものであっても重度の障害がある人に使える商品はこれまであまり目にすることはないというのが実態である。

以上のことから、筆者は「重い障害がある人はユニバーサル・デザインにまだ出合っていない状態である」と考えるものである。

この問題を一足飛びに解決するアイデアを筆者は持ち合わせていない。しかし、決して不可能ではないと考えている。以下では、その取り組み例を二つ紹介する。

●音声情報案内システムの開発

近年、公共の建物などでは、視覚に障害がある人のために、音声情報案内システムが設置されているケースが増えている。駅などのトイレでは、四六時中スピーカーから音声が流れ、男性、女性のトイレがどのような配置で設置されているかを教えてくれる。手にした携帯装置のボタンを押すと、バス停留所の場所がスピーカーからの音声で知ることができるものもある。

筆者は、環境側にスピーカーを設置するのではなく、手元の携帯部に内蔵した小型スピーカーから音声案内を受けることができるシステムの商品化に関わったことがある。環境側には音声情報データが内蔵した電子ラベルを設置し、音声データが重畳された赤外線が四方八方に放射され、手に持った携帯部で赤外線をキャッチすることで、目的の位置(階段、エレベーター、公衆電話、トイレなど)の位置を手元にあるスピーカーで容易に分かるようにするものである(図1)。このシステムは視覚に障害がある方々の間で関心が高まり、市役所や区役所、病院、交通信号機などに設置されている。

図1 音声情報案内システム((株)三菱プレシジョン)
図1 音声情報案内システム((株)三菱プレシジョン)拡大図・テキスト

米国では、ADA(Americans with Disabilities Act of 1990、障害があるアメリカ人法)の下に、地下鉄やバスターミナルで設置されている。サンフランシスコの地下鉄BARTの駅で採用されており、地理に不案内な筆者がこの携帯端末を持って券売機を探すときに、容易にその在りかを見つけ出すことができた。つまり、視覚に障害をもたない人においても、言語に不慣れな人にとって便利に使えることを身をもって実感した。現在、このシステムは茨城県立自然博物館において一般の来場者に貸し出しされている。開発スタート時点では、視覚に障害がある人のための支援機器と位置付けていたが、途中からユニバーサル利用の視点を入れることで幅広い活用の可能性が広がった。

●電話機の新しい開発形態

筆者は、国際障害者年のときに当時の電電公社(後に、NTT)から依頼を受け、障害者用電話機の開発メンバーの1人として加わった。通常より大きめのダイヤルボタンで誤操作を減らす、送受話器を持たなくても通話が可能、1個のスイッチ操作のみでダイヤルができる機能を持った電話である。その後、1989年にモデルチェンジが行われ「シルバーホンふれあいS」が誕生し、さらに2011年7月に新たに「ふれあいS2」の製品化が行われた。この新しい電話機の概念設計段階から一つの重要な課題が設定されていた。それは、障害がある人の利用だけでなく、高齢社会で便利に使える電話機としての使命も果たせるということである。構想段階から約2年間をかけて製品化まで漕ぎ着けた。

現在の経済状況を反映して、新たな福祉機器を開発すること自体が困難な状況にある中で、開発コストをできる限り抑えた上で電話機を利用するユーザーと必要な機能を満足させるにはどうしたらいいかが検討のポイントになった。

製品化された電話機は以下のような内容である。まず、電話機本体は高齢者を含む家族が使う場合にも、便利に使えるデザインが採用された。大きなダイヤルボタンと液晶ディスプレー、ダイヤルボタンを押した際にボタンに対応した音声発声機能、送受話器を保持することなく会話できるスピーカーホン機能、さらに電話帳機能などである。一方で、重度肢体不自由がある人のための、共通のプラットホームに呼気スイッチやペダルスイッチ、あるいは障害内容に適した操作スイッチを接続し、残存機能で操作が可能となっている。さらに、聴覚に障害がある人に対しては、骨伝導の受話器を接続できるようになっている。

つまり、一見すると3種類の電話機が新たに誕生したように見えるが、本体モジュールは一種類である。

従来は、個別の障害やニーズに応えて製品開発されていたのに対して、そのような開発が困難な場合は、概念設計段階からどのようなユーザーを含むかを十分議論することで、可能な限り幅広いユーザーに応えられる製品開発の可能性があることを今回の電話機が示している。

今後に向けて

筆者は、今後とも重い障害がある個人やグループに対するバリアー(障壁)を解消するための工夫の必要性があると考えている。一方で、その開発においても、できる限り多くの人が使うことができる製品につなげることができないかを模索することが必要ではないかという考えに至った。 

つまり、障害がある人のための機器デザイナーは、障害をもたない人に便利に使ってもらうためにはどのようにしたらよいかを常に考えることであり、反対に、一般の民生機器を開発している機器デザイナーは、もしも自分に障害があるとしたら、どうすればこの製品が自由に使えるようになるかを想像力を働かせて考えることである。ただし、それは容易なことではない。

乗り越えるためのポイントは、たとえ若いデザイナーであってもいつかは加齢による影響で何らかの障害をもつという当たり前の事実を、できる限り早い時期から気づき真剣に考えることである。つまり、そこでの課題を他人事として考えるのではなく、自らも含めたすべての人の共通の課題と認識するための教育が必要であると考える。

実際の機器設計においては、機器の試作評価機が出来上がってからユーザーに聞くというスタイルではなく、機器の概念設計段階から適切な障害当事者、高齢者、アドバイザーを開発メンバーに加えることが重要である。

障害の有無に関係なく安心・安全・快適に利用できるデザイン、それを追い求め続ける旅はこれからも続く。

(はたけやまたくろう 早稲田大学人間科学学術院教授)


■おすすめの一冊■
川内美彦著「ユニバーサル・デザイン バリアフリーへの問いかけ」、学芸出版社、2001