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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年12月号

米国におけるユニバーサルデザインの起源からの考察
―ユニバーサルデザインに欠ける視点

井上滋樹

1 はじめに

私は、「子どもからお年寄り、病を患っている人、障害者など、年齢や性別、障害の有無にかかわらず、あらゆる人の立場に立って、公平な情報とサービスや人的なサポートを提供すること、ユニバーサルデザインのハード面だけでない、コミュニケーションや人的サポートなどのソフト部分を担う役割」を、ユニバーサルサービスと定義した[注1]。この定義からも分かるように、ユニバーサルサービスはユニバーサルデザインと対比することにより生まれた概念である。

ここでは、まずは、1980年代に米国で生まれ、その後、日本に紹介されたユニバーサルデザインに欠ける視点について考察する。米国では、ユニバーサルデザインが生まれた背景にあった公民権運動や、アメリカ障害者法(以下ADA)にユニバーサルサービスに関連する領域の事項が含まれていること、また関連する領域でユニバーサルサービスが実際に機能している事例を示す。

それらのことから、ユニバーサルサービスがその重要性に対して日本での取り組みが遅れていること、具体的な研究の必要性があることに触れる。

2 米国のユニバーサルデザインの起源と発展

(1)公民権運動からADAへの流れ

ユニバーサルデザインは、「すべての人にとって、できる限り利用可能であるように、製品、建物、環境をデザインすることであり、デザインの付加や特別なデザインが必要なものではない」と定義されている[注2]。

Vanderheidenらによって、1997年に発表されたユニバーサルデザインの7原則(表1)によると[注3]、7つの原則は主に、使用を前提とした製品、建物のデザインを指すものであり、人によるサポートやコミュニケーションまでは言及していないことが分かる。原則4は「情報の理解」に関するものだが、その定義をみると「使用状況や、使う人の視覚、聴覚などの感覚能力に関係なく、必要な情報が効果的に伝わるように作られていること」というように「使用」を前提とした「作る」ものを対象にしている。これらのことから、ユニバーサルデザインは、主に建築物や製品を対象とする「デザイン」の領域の考え方であることが分かる。

表1 ユニバーサルデザインの7原則

原則1 誰にでも公平に利用できること
原則2 使う上で自由度が高いこと
原則3 使い方が簡単ですぐわかること
原則4 必要な情報がすぐに理解できること
原則5 うっかりミスや危険につながらないデザインであること
原則6 無理な姿勢をとることなく、少ない力でも楽に使用できること
原則7 アクセスしやすいスペースと大きさを確保すること

このように定義されたユニバーサルデザインが生まれた背景は、公民権(市民の権利)運動に起源がある。そこで米国の公民権運動について述べる。

1963年8月にMartin Luther King Jr. 牧師はリンカーン記念堂で講演を行い、公正であらゆる人を包括できる社会に向けた公民権の方向性を定義づけた。「私には夢がある。将来この国が立ち上がり、『すべての人間は平等である』というこの国の信条を確実にする日が来るという夢である。私たち全員は、平等な社会を形づくることを自明の理とするのである」と述べた。

その後1964年には、人種・宗教・家庭のルーツ・性別などに基づき、就業や公共的施設への出入りなどで差別することを禁じた公民権法がアメリカ議会を通過・成立したが、これはその後制定された1974年のリハビリテーション法504条や1990年のADAの土台となった法律である。

リハビリテーション法504条は、連邦政府の補助を受けている基金やプログラムなどで障害者に対するあらゆる差別を禁じており、公民権を勘安した初めての連邦法である。これを背景に公正住宅修正法、さらにはADAが法制化されることになり、それらがユニバーサルデザインを生む背景となった[注4]。

重要なことは、差別撤廃のために生まれた公民権法から、リハビリテーション法、ADAに至るまで、単に建物のバリアを取り除くといった建築などのハード面だけを規制している法律ではないことである。

1968年の公正住宅法に則る形で1988年に制定された公正住宅修正法は、住宅に関する各種差別の禁止を明示した。人種、皮膚の色、宗教、性、障害、婚姻(家族状況)、国籍の差別を禁じる法律で、当然、住宅の建築に関することが多く含まれるが、この法律で対象となっているのは、障害者だけでなく、また、建築などのハード面だけでなく、情報などにおける差別も含まれる。

たとえば、人種での差別を禁止していることから、米国で住宅を賃貸する際に、日本人だからという理由で拒否することは法律違反となる。障害があることによる差別を禁止することから、たとえば、聴覚障害者が、ドアに光で来客を知らせるフラッシュランプの設置が必要な際に、大家である住居の持ち主がその設置を拒むことも法律違反となる。このように、公正住宅修正法はユニバーサルサービスの領域をカバーするものである[注5]。

(2)ADAについて

1990年に成立し第1章から第5章で構成されるADA(表2)は、障害者関係の全公民権法規の中で現在でも最も影響力の大きい法規である。ADAは、公共的に利用されるあらゆる用途のすべての建築物やそれに関係する施設で要求されるアクセシビリティーに関する技術的諸要件を含めたものであるが、それは全体の一部にすぎない。ADAは、雇用に関連するすべての側面をカバーしており、雇用形態・労働の継続・支給金の問題ならびに雇用打ち切りなどについて扱っている。そして、小売店・レストラン・ホテル・交通や通信などの公益事業・娯楽施設・文化施設などの私営産業を法律の適用範囲対象にしている。もちろん、政府当局や公営の交通事業・情報通信サービス業など、州政府や地方政府が関係するすべての環境を法律の適用範囲対象に指定しており、今なお適用範囲を拡大している。

表2 ADA目次

第1章 雇用
第2章 連邦、州政府によるサービスとプログラム
第3章 私的に運営される宿泊施設、商業施設
第4章 テレコミュニケーション
第5章 救済措置

ADAの第1章は「雇用主は適切な配慮で障害者の雇用機会均等を求人・雇用・賃金・手当てなどすべての場面で守る」、第2章は、「あらゆる事業・活動・サービスを受ける権利について、州政府や地方公共団体が障害で差別することを禁止する」というものである。

第2章では、効果的なコミュニケーション(Effective Communication)について、「障害者とのコミュニケーションは、障害のない人たちとのコミュニケーション同様、効果的でなければならない」としている[注6]。また、「コミュニケーションに支障をきたす障害者は、過度の負担とならない限り、補助・援助供給を受ける権利がある」と明記さている[注7]。

たとえば、行政が全盲や弱視の人に水道料金を請求する場合、請求書に書かれた文字が読めない場合は、音声や拡大文字などその人の求める方法で伝達することが義務づけられている[注8]。特筆すべきは、ADAの第3章が、公共の施設だけでなく、民間の施設にも適用されることである。

たとえば、民間の飲食店で、視覚障害者がメニューの読み上げを店員に依頼したのにもかかわらず、その店員がそれを拒否したら法律違反になる。また、企業が、講演会を開催した際に、スクリーンに文字を映し出すことを聴覚障害者が希望したのにもかかわらず、それを実施しなければ法律違反になる。聴覚障害者といっても、手話をする人、筆談をする人など、効果的なコミュニケーションは異なる。本人の希望に基づいて効果的な対策を求める点に、この法律が幅広く有効に機能する大きな理由がある[注9]。

これまで述べてきたように、ADAには、障害者が必要とするコミュニケーションに関する条例が明確に規定されている。ADAは、建築や商品などのハード面だけでない、コミュニケーションや人的サポートなどのソフト部分までもカバーするものであるということができ、これらの事項が米国ではすでに法律の中に明文化されていることは注目すべきことである。

(3)日本におけるユニバーサルデザインに欠ける視点

Ostroffによると、Ron Maceがユニバーサルデザインという言葉を初めて紹介したのは、1985年、“Designers West”誌の記事の中であった[注10]。

公民権法(1964年)から、リハビリテーション法504条(1974年)、公正住宅修正法(1988年)、ADA(1990年)に至る大きな流れのなかで、1985年にユニバーサルデザインが提唱されたことになる。

1990年代以降、ユニバーサルデザインが日本にもたらされ広まっていくことで、建築や製品などを対象とする領域において、障害者や高齢者を含め、より多くの人に利用しやすくしようという、ユニバーサルデザインが推進されてきたが、これまで示してきたことから大きな疑問が生まれる。すなわち、米国でユニバーサルデザインの考え方の背景にあった公民権運動からADAへの流れのなかで、国民を巻き込んだ多くの議論の後に法制化されたコミュニケーションや人的サポートなどの取り組みが、日本では十分に検討、推進されてこなかったのではないかという疑問である。

米国では、障害者の基本的な人権の観点から、ADA第2章と第3章で記されている明確な「効果的なコミュニケーション」の規定や、それによる罰則規定があるが、それが日本にはない。つまり、日本では障害者が求める効果的なコミュニケーションをしなくても、法律違反とはならないのである。このように、日米のこの領域における取り組みには大きな違いがある。

これまで述べてきたように、米国においては、ユニバーサルサービスは公民権運動からADAにつながる一連の社会運動の流れに含まれる考え方であり、その一部が法律に組み込まれているなど、社会で有効に機能している。ユニバーサルデザインが日本に紹介されてから久しいが、日本では、サービス面の取り組みについては、いまだに法制化のはるか前の段階である。それが、ユニバーサルサービスに関する議論や研究、具体的な取り組みなどが求められるひとつの理由である。

(いのうえしげき 博報堂ユニバーサルデザイン所長 博士(芸術工学))


【注・参考文献】

[1]井上滋樹著「ユニバーサルサービス・すべての人が響きあう社会へ」、岩波書店、2004

[2]The Center for Universal Design, North Carolina State University (1997)による。

[3]この原則は、以下のユニバーサルデザイン提唱者により編集された。Bettye Rose Connell, Mike Jones, Ron Mace, Jim Mueller, Abir Mullick, Elaine Ostroff, Jon Sanford, Ed Steinfeld. Molly Story, Gregg Vanderheidenである。

[4]Ostroff, E. : Universal Design Practice in the United States, in Ostroff, E. (ed.) : Universal Deign Handbook, The McGrawHill Companies, Inc., 3-12, 2001

[5]Fair Housing Act, United States Department of Justice

[6]U.S. Department of Justice American with Disabilities Act Title II Technical Assistance Manual II-7.1000, 1993

[7]U.S. Department of Justice Nondiscrination on the Basis of States and Local Government Services Regulations, 28 C.F.R. Part 35, 35.160, 2005

[8]ADA Best Practices Tool Kit for State and Local Governments Chapter 3, General Effective Communication Requirements Under Title II of the ADA, February 27, P-1, 2007

[9]Americans with Disabilities Act, ADA Title III Technical Assistance ManualCovering Public Accommodations and Commercial Facilities,III-4.0000 Specific requirements III-4.3200 Effective communication, 1993

[10]Ostroff, E. : Universal Design Practice in the United States, in Ostroff, E. (ed.) : Universal Deign Handbook, The McGrawHill Companies, Inc., 3-12, 2001