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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年12月号

日本における共用品(アクセシブルデザイン)の普及

森川美和

1 はじめに

国際連合では、65歳以上の高齢者の割合が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」と定義しています。21%を超えると超高齢社会となりますが、『高齢社会白書』(平成23年版)によりますと、日本の高齢者(65歳以上)人口(平成22年10月1日現在推計)は2,958万人で、総人口に占める構成比の割合は23.1%となっています。

また2006年12月13日、国連は「障害者の権利条約」を採択し、2008年4月3日に批准国が20か国に達したことから当条約は発効となり、多くの国が批准に向けて検討を行っていますが、すでに批准を行った国も含め、障害のある人が社会参加をする際に、社会としてどのようにモノや施設等を整備していけばよいか試行錯誤が繰り返されていることが現状です。

2 共用品(アクセシブルデザイン)とは

障害のある人たちは、日常生活において、大別すると3種類の製品・サービスを使用すると考えられます。1.専用に配慮された福祉用具・サービス、2.配慮されていない一般製品・サービス、そして3.配慮された一般製品・サービスです。この3の配慮された一般製品が共用品(アクセシブルデザイン)です。

1998年日本政府は、「共用品」を国内だけにとどめず国際的に広げるべき事業と位置付け、国際標準化機構(ISO)内にある消費者政策委員会(COPOLCO)総会において、規格を作る際の指針(Guide)の作成を提案しました。その提案は、満場一致で可決、日本が議長国となり3年間で8回の国際会議を経て2001年11月、「ISO/IEC Guide 71 : 2001, Guidelines for standards developers to address the needs of older persons and persons with disabilities(高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針)」という名称でISOより発行されるに至りました。

同ガイドを作成する国際会議において、日本が提案した「共用品」をどのように訳すかが議論となりました。当初、アメリカからは“Universal Design(ユニバーサルデザイン)”、イギリスからは“Design for All(デザイン・フォー・オール)”ではどうかとの提案がありましたが、議論が佳境に差し掛かると提案したアメリカ、イギリスから新たな声があがりました。「“Universal”、“All”では、すべての人が使えなくてはならないと誤解する人が現れるのではないか。すべての人が使えることは理想であるが、それは不可能。不可能だと思われると、このガイド自体が意味をなさなくなる」。そこで再度検討を行い、結果的に“Accessible Design(アクセシブルデザイン)”という言葉が採用されました。

アクセシブルデザインは当時の欧米では新しい言葉ではなかったのですが、日本では聞き慣れない言葉でした。しかし、アクセシブルデザインの意味や位置づけを確認しあう中で、アクセシブルデザインは「すべての人」ではなく「より多くの人」を対象にしたものであり、世界共通の認識が持てること、実現可能で的確な用語であることを確認し、議場で採用されました(これをきっかけに、「共用品」という日本語を国際の場で使用する際、直感で理解できる「アクセシブルデザイン」という言葉に英訳して使用しています)。

ISOで71番目に作成されたこのISO/IEC Guide71では、アクセシブルデザインの定義を次のように定めました。「何らかの機能に制限を持つ人々に焦点を合わせ、これまでの設計をそのような人々のニーズに合わせて拡張することによって、製品、建物及びサービスをそのまま利用できる潜在顧客数を最大限まで増やそうとする設計。」

その実現の方法は、以下の3点です。

(1)修正・改造することなくほとんどの人が利用できるように、製品、サービスおよび環境を設計する。(2)製品またはサービスをユーザーに合わせて改造できるように設計する(操作部の改造等)。(3)規格の採用により、障害のある人々向けの特殊製品との互換性をもたせ、相互接続を可能にする。

また、アメリカのロン・メイス氏が提唱したユニバーサルデザインとの関係を同ガイドでは次のように表わしています。「ユニバーサルデザインは、アクセシブルデザインを包含する概念で、すべての人が、可能な限り最大限まで、特別な改造や特殊な設計をせずに利用できるように配慮された、製品や環境の設計を指す。」

3 共用品の市場規模

本格的な「超高齢社会」を迎え、官民共にいろいろな政策を考えていますが、その基本となるのは、高齢者および障害のある人々がどのような不便さを感じているかを把握することと、今後、どのような物・事に不便さを感じるようになるかの調査が必要です。

日本では他の国が経験していない超高齢社会の中で、高齢者および障害のある人たちへの「不便さ調査」を行い、どのような工夫をしていく必要があるかを把握することを以前から続けてきました。調査で明らかになった不便さは、製品に関しては製造メーカーが、サービスに関してはサービス産業企業が、それぞれ配慮方法を考え、実行してきたことで、日本の市場には「より多くの人が使いやすい製品・サービス(共用品・共用サービス)」がこの10年で急激に増加してきています。その増加は1995年から経済産業省および共用品推進機構が実施している「共用品(福祉用具を除く高齢者・障害者配慮製品)市場規模調査」で明らかになっています。1995年に約4,800億円であった市場規模は、2009年には約3兆4,302億円とこの年で約7倍に伸びました。

1995~2009年度の共用品市場規模金額の推移(単位:億円)
グラフ 1995~2009年度の共用品市場規模金額の推移(単位:億円)拡大図・テキスト
※数値の詳細はhttp://kyoyohin.org/03_download/0300_shijokibo.phpで見ることができます。

この調査の対象製品の中には、高齢者、障害のある人への配慮点がルール化(標準化)されていないものも多少ありますが、多くの製品の該当箇所に関しては企業、業界の垣根を越え標準化していくことによってはじめて、その不便さが解消されている製品も数多く存在しています。

その代表例としては、なじみの深いシャンプー容器があげられます。目の不自由な人にとっては、同じ形・大きさの容器で中身が異なるものを識別することは困難です。中身を表示する字や絵が平面状のシールに印刷されており、目の不自由な人たちにとっては触って確認できない「平ら」なシールだからです。

約15年前、大手シャンプーメーカー(花王株式会社)は、その事実を目の不自由な消費者から聞き、1年かけて調査・研究を行いました。触ってリンス容器と識別できるさまざまなシャンプー容器を試作し、年代の異なる数多くの目の不自由な人、目の見えている人たちにモニター調査を行った結果、シャンプー容器側面にギザギザを付けるというルールを作るに至りました。

同社はそのルールを実用新案として申請し取得しましたが、他社がそのルールをシャンプー容器の側面に使う時にはその権利を無償で公開しました。実用新案を取得したのは、もしもどこかの会社がリンス容器の側面にギザギザを付けた際、目の不自由な人たちはかえって混乱してしまう可能性があるとの理由からでした。その後、シャンプー容器の側面にギザギザをつけるメーカーは徐々に増え、今では国内の一般流通で販売されているほぼすべてのシャンプーにこの同じ工夫が行われています。

また日本の公衆電話、携帯電話、リモコンなどに使用されている10(テン)キーの5番のボタンの上には小さな凸が付いています。小さな凸があるボタンが5番と分かると、目の不自由な人たちは、5を基点に他のボタンの位置を触わって理解し、操作することができます。もしこれらが各社異なる場所および異なる形状の凸点または凹みがついていたら、その機種ごとに覚えなくてはならず、逆に不便さが増してしまう可能性があります。

これらのルール化の活動が活発化してきたのは1996年頃で、シャンプー容器側面のギザギザに代表されるような包装・容器の識別に関するルール、ならびに同じ形状の操作ボタンが並んでいる時に付ける凸点の位置、大きさなどに関するルールを日本の企業、業界が垣根を越え実施してきました。

1996年から2011年11月までに32種類作られている高齢者・障害のある人への配慮設計指針(アクセシブルデザイン規格)は、共用品の市場規模にも大きな影響を与えています。さらには日本提案、日本主導でこれらの日本工業規格(JIS)は国際標準化にも進んでいます。

【高齢者・障害者配慮 設計指針(2011-06-07現在)】

(基本規格)
JIS Z 8071 高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針
(視覚的配慮)
JIS S 0031 視覚表示物―年代別相対輝度の求め方及び光の評価方法
JIS S 0032 視覚表示物―日本語文字の最小可読文字サイズ推定方法
JIS S 0033 視覚表示物―年齢を考慮した基本色領域に基づく色の組合せ方法
(触覚的配慮)
JIS S 0011 消費生活製品の凸記号表示
JIS S 0052 触覚情報―触知図形の基本設計方法
JIS T 0921 点字の表示原則及び点字表示方法―公共施設・設備
JIS T 0922 触知案内図の情報内容及び形状並びにその表示方法
JIS T 0923 点字の表示原則及び点字表示方法―消費生活製品の操作部(2009)
10 JIS T 9253 紫外線硬化樹脂インキ点字―品質及び試験方法
11 JIS X 6310 プリペイドカード―一般通則
(聴覚的配慮)
12 JIS S 0013 消費生活製品の報知音
13 JIS S 0014 消費生活製品の報知音―妨害音及び聴覚の加齢変化を考慮した音圧レベル
(包装・容器)
14 JIS S 0021 包装・容器
15 JIS S 0022 包装・容器―開封性試験方法
16 JIS S 0022-3 包装・容器―触覚識別表示
17 JIS S 0022-4 包装・容器―使用性評価方法
18 JIS S 0025 包装・容器―危険の凸警告表示―要求事項
(消費生活製品)
19 JIS S 0012 消費生活製品の操作性
20 JIS S 0023 衣料品
21 JIS S 0023-2 衣料品―ボタンの形状及び使用法
(情報通信)
22 JIS X 8341-1 情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第1部:共通指針
23 JIS X 8341-2 情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第2部:情報処理装置
24 JIS X 8341-3 情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第3部:ウェブコンテンツ
25 JIS X 8341-4 情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第4部:電気通信機器
26 JIS X 8341-5 情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第5部:事務機器
(施設・設備)
27 JIS S 0024 住宅設備機器
28 JIS S 0026 公共トイレにおける便房内操作部の形状,色,配置及び器具の配置
29 JIS S 0041 自動販売機の操作性
30 JIS T 0901 視覚障害者の歩行・移動のための音声案内による支援システム指針
31 JIS T 9251 視覚障害者誘導用ブロック等の突起の形状・寸法及びその配列
(コミュニケーション)
32 JIS S 0042 アクセシブルミーティング
33 JIS T 0103 コミュニケーション支援用絵記号デザイン原則

4 おわりに

共用品(アクセシブルデザイン)の普及は、超高齢社会を迎えた日本、障害者権利条約の批准に向けて検討を行っているわが国においても重要な分野ではありますが、国際社会においても今後ますます必要とされる分野です。

共用品(アクセシブルデザイン)の普及には、質の良い調査を実施することと、的確な標準化の検討を行い発行すること、そして効率的に情報提供を行うことが必要です。そのためにはこれまで以上に、障害者団体、業界団体、調査機関、行政等々と連携強化を図り、高齢者や障害のある人の生の声を伺い、モノ・施設・サービス、町づくり、施策等に生かすことが求められます。今後もより多くの人が住みやすい社会となるよう努めたいと思っています。

(もりかわみわ (財)共用品推進機構)


【引用文献】

1)星川安之、佐川賢 著『アクセシブルデザイン』、日本規格協会発行、2008

2)共用品推進機構 編著『共用品白書』、ぎょうせい発行、2003