音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年12月号

報告

第34回総合リハビリテーション研究大会

堀込真理子

「総合リハビリテーションの新生」と、その視点から災害を考える

第34回総合リハビリテーション研究大会は、2011年9月30日(金)、10月1日(土)の2日間、東京霞が関の全国社会福祉協議会・灘尾ホールにて開催された。今大会は、「総合リハビリテーションの新生」という3年間の共通テーマを掲げての中間年であったが、3月の未曾有の大震災で大きな痛みを受けた半年後の開催となり、結果として深い意味を持つ内容となった。あわせて、待ったなしの障害者制度改革等の緊急性から、“リハビリテーション”の真の意が「全人間的復権」であるという視点は例年よりも切に響き、約300人の参加者の静かな共感を呼んだように筆者には感じられた。

本稿は、誌面の都合上、記念講演およびシンポジウムの紹介とするが、その他に、2日目の後半は、労働・雇用、子ども、工学、医療、災害の5つの視点の分科会が開催されている(当日のプログラムは、http://www.normanet.ne.jp/~rehab/参照)。

2つの記念講演

初日の幕開けは、現国際リハビリテーション協会(Rehabilitation International:RI)ノルウェー会長でありRI次期会長でもあるヤン・アルネ・モンスバッケン氏と、日本障害者リハビリテーション協会顧問の上田敏氏による記念講演であった。

ヤン氏は、冒頭に、89周年を迎えるRIの歴史とこれまでの先駆的取り組みについて触れ、特に国連障害者の権利条約成立において果たした積極的な役割について語った。興味深かったのは、自国ノルウェーの労働福祉局による改革である。当局は福祉と労働のための共通機関として2006年に設立され、すべての人の労働に焦点を当てた改革を進めているが、2012年施行のCBRに関する新法では、サービスの個別計画実施に責任を持つため、病院だけでなく自治体にもコーディネーターを置くことが定められたとのこと。専門家の充実や質的な課題を抱えてはいるが、自治体におけるリハビリテーションの責任を強化していることには福祉先進国の弛(たゆ)まぬ歩みを示されたように思った。

一方、上田氏の講演は、総合リハビリテーションの「総合」と「リハビリテーション」の本来の意味を改めて問い直すものであり、参加者全員にこの研究大会の理念を厳かに再確認させた。リハビリテーションとはそもそも「権利・名誉・尊厳の回復」であり、ジャンヌ・ダルクやガリレオがその罪や不名誉を取り消されたことにもこの言葉が当てられているとのことだが、「災害からの復興」の意にも使われるという説明には、その権利性がますます意味を持つことを実感した。また、リハビリテーションの定義や目的、対象も時代の中で変遷したことが説明され、現在の総合リハビリテーションに関わる組織や専門家は、以前の単なるバトンタッチ式から同時・並行的な連携になっていることや、縄張りに捉われず協業する「目標志向的アプローチ」が効果を生んでいることが、参加者に具体的に届いた。

シンポジウム1 総合リハビリテーションと障害者制度改革

初日の午後は、大会実行委員長で日本障害フォーラム幹事会の藤井克徳氏をコーディネーターとし、阿部一彦氏、大川弥生氏、尾上浩二氏、清原慶子氏、久松三二氏の5氏が報告を行った。

被災障害者を支援するみやぎの会の阿部氏からは、さまざまな社会資源を使って地域で暮らしていた方々の生活が、震災によって一瞬にして壊された現状が報告された。被災地格差が大きくなることを防ぐためにも、骨格提言の中で、ピアサポートや当事者団体の役割が強調されていることの意義を提起された。

(独)国立長寿医療研究センター研究所の大川氏は、被災による生活機能低下が何をもたらしているかについて、貴重なデータの提示とともに医師としての見解を述べられた。被災後に心身機能が衰えたという方が多いのは、日々の活動を奪われるから。したがって、その改善は単純に体操を取り入れることやその場限りの不自由さの補完ではなく、地域中心の「参加」の重視であるという提起は、明確かつすぐに役立てることのできる有益な情報であった。

DPI日本会議の尾上氏は、阪神・淡路大震災の経験から、今回の大震災における障害者の安否確認の遅れや仮設住宅の不十分なバリアフリー化について指摘し、原状復旧にとどまるのでなく、今度こそインクルーシブなコミュニティーの新生が成されることの必要性を提起した。またこれまでの施策が、矛盾した構造に付け足し的に展開されてきたことを指摘し、歴史の総括やソーシャルアクションの重要性に触れた。

三鷹市長の清原氏は、非常時の地域社会のあり方を、市ですでに実施している「地域ネットワーク」作りや「災害時要援護者支援事業」の実例とともに分かりやすく提示された。すべての人がいかに地域にあるかという視点と同時に、自治体格差を生まない財源論など、首長としての重要かつ現実的な提起があった。

全日本ろうあ連盟の久松氏からは、震災時の手話通訳、要約筆記、ろうあ者相談員の公的派遣状況や、当時のテレビ放送等の情報保障について貴重な実態報告があった。改正障害者基本法に手話が言語であることを明文化できたことは評価しつつも、専門家の中に当事者を増やしていくことや、障害をもたない人を変えていくことなどの重要性が語られ、今後のコミュニケーション保障の法整備への高まりを感じさせた。

シンポジウム2 総合リハビリテーションの視点から災害を考える

2日目は、「各分野からみた総合リハビリテーション」と題し、午後の分科会のトピックと最新動向について各座長が発表した後、大会常任委員大川氏をコーディネーターとしたシンポジウム2「総合リハビリテーションの視点から災害を考える―東日本大震災での取り組み:これまでとこれから―」が行われた。

シンポジウム1の登壇者2人に加えて4人の方の発表があった。福島県立医科大学の丹羽真一氏は、福島医大こころのケアチームが行ってきた避難所や支援者へのケアおよびそこでの課題について触れられた。震災前からの精神疾患患者の治療の維持のほかに、震災・原発事故によって引き起こされた新たなPTSDおよびアルコール依存や高齢者の認知機能低下、子どものこころのケアなど難題は山積みであること、また、これらへの支援が第3次補正予算に組み込まれたことが報告された。

日本介護福祉士会の舟田伸司氏は、災害担当理事の立場から、介護としての新たな取り組みについて語られた。氏が今回初めて経験された「医療・介護・福祉」の専門職が連携しあう災害ボランティアのパイロット事業は大変興味深いものであったが、「生活の不活発化」の原因として、これまで被災者が普通に営んできた役割をボランティアなどが無意識に奪ってしまう例が挙げられているのには驚いた。

仙台市若林区役所障害高齢課の後藤敬二氏は、被災自治体としての現場の取り組みを語られた。生活不活発病等の知識のないマスコミや商業ベースの団体などが交わる時、時に被災者の自立に向けた意識に対し逆効果になる場合があるという事実や、被災地での奉仕を「授業」「研究」などの場として捉えるボランティアの存在など、現場でないと分からない多くの問題提起があった。

文部科学省初等中等教育局特別支援教育課の丹羽登氏は、教育からの取り組みを語られた。学校現場は、防災はもちろんであるが、被災時の子どもの安全確保や家族への確実な受け渡しが要である。保護者も被災した状況では総合的な判断が必要となる上、避難所となった学校では、教職員には同時に避難者への対応も課されるなどの厳しい現実が語られた。

当日の配布資料の中に、「お外で遊べるよう原発なおりますように」と東電社長に願う福島県いわき希望の園の青年の手紙があった。正常な「遊ぶ・学ぶ・働く・暮らす」がすべて壊された今、まさにこれからが全人間的復興であろう。総合リハビリテーションの新生に向けた3年間の議論は、来年度が最終年。その蓄積を世の改革へ誠実につなげていかなくては、と引き締まった気持ちで大会を終えた。

以上、拙(つたな)い2日間の報告をさせていただいたが、詳細は、『リハビリテーション研究』150号(2012年3月発行)に掲載予定であるので、ぜひご参照いただきたい。

(ほりごめまりこ 社会福祉法人東京コロニー職能開発室所長)