音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年1月号

障害者政策の形成・実施と当事者参画
―障害者政策委員会に期待するもの

山崎公士

はじめに

2009年12月に障がい者制度改革推進本部(本部長:内閣総理大臣)が内閣に設置され、その下に障害当事者を中心とする障がい者制度改革推進会議(以下、「推進会議」)が置かれた。推進会議は2010年1月から2011年10月まで36回会合し、2010年6月には第一次意見を取りまとめ、また同年12月には第二次意見を取りまとめた。これらを受けて政府は障害者基本法改正法律案を閣議決定し、国会に提出した。同法律案は、衆議院で一部修正の上2011年7月に衆参両院で可決成立し、同年8月から施行された(ただし、「障害者政策委員会」等に関する規定を除く)。その後、第一次意見も踏まえ、障害者虐待防止法が同年6月に可決成立した。さらに、障害者自立支援法に代わる障害者総合福祉法(仮称)を検討するため総合福祉部会が、障害者差別禁止法を検討するため差別禁止部会が、それぞれ推進会議の下に置かれた。前者は2011年8月に障害者総合福祉法の骨格提言を公表した。

推進会議は構成員26人中(オブザーバー2人を含む)15人が、また総合福祉部会でも55人中26人が障害当事者やその家族である。このため推進会議や部会には、当事者の視点から従来の障害者政策・施策を抜本的に変えることが期待された。

本稿では、障害当事者を中心とする推進会議の成果を素材として、障害者政策の形成・実施における当事者参画の成果、限界と今後の課題について考察する。

1 政策過程と当事者参画

推進会議や部会での障害者基本法の改正や障害者虐待防止法・障害者総合福祉法・障害者差別禁止法の制定に向けた議論は、障害者の権利をめぐる法政策形成過程の一コマである。一般に公的な政策は次頁の図のような過程で形成される。

以下、この〔政策過程の一般的モデル〕に沿って、障害者政策の形成および実施過程における当事者参画の意義を考えてみたい。

2 政策課題の形成段階

障害者制度改革という政策課題は、推進会議が発足する以前にすでに確認されていた(政策問題の確認)。2010年1月12日の推進会議初会合で、福島瑞穂内閣府特命担当大臣は、1.障害者施策の基本理念を定めた障害者基本法の抜本改正、2.障害者自立支援法に代わる障がい者総合福祉法(仮称)、3.障害者差別禁止法制の3点について、同年夏までに骨格を示すよう推進会議に要請した。

推進会議や部会は、この3点の政策問題を具体的な政策課題に特定する検討を行った。推進会議や部会での法律の制定や改正に向けた検討は、前記〈モデル〉でいえば〔政策形成〕過程の政策課題の形成に該当する。

従来の審議会等は、一定の意向に沿って選ばれた学識経験者や調整のうえ団体から推薦された者によって構成されていた。これに対し、推進会議や部会は、今までの各省庁の審議会や分科会のメンバーとは根本的に異なり、障害者権利条約に基づき、団体や障害種別を超えた法制度の議論を行える構成となっている。このため、推進会議等は、官僚が実質的に決めた政策を追認する場でなく、障害者が直面する現実的課題を直視しつつ、実質的議論を行える場となっている。

では、推進会議等は実際にこの利点を生かしてきたといえるだろうか。

推進会議においては、前記の法律改正・制定に向けて、地域生活、労働・雇用、教育、健康・医療等に関する障害者の現状、制度の不備や制度改革の方向性等々についてメンバーから膨大な資料が提出され、当事者の視点に立った良質の情報が政策過程に注入された。また、法務省、文部科学省、総務省、厚生労働省、国土交通省、外務省からの省庁ヒアリングでは、特に当事者メンバーから率直で鋭い質問が続出し、各省の政務三役や担当者がたじろぐ場面も見られた。障害当事者の直接参画によって、障害者の権利をめぐる具体的な政策課題が特定できたと評価できる。

図 政策過程の一般的モデル

政策形成 政策問題の確認……社会における課題・争点や問題解決の必要性が認識される
政策課題の形成……政策問題を具体的な政策課題に特定する
政策(案)形成過程…政策課題を解決するための具体的な関連情報の分析を通じて、原案を作成する
政策決定……………政策案を公式・制度的な場で審議し、決定する
 
政策実施 政策執行(実施)……決定された政策を、さまざまな行政作用を通じて現実に実施する
政策評価……………政策執行の結果やその過程で生じた有効性・問題点を評価し、政策の変更や撤廃を考慮する

〔出所〕加茂利夫・大西仁・石田徹・伊藤恭彦『現代政治学(新版)』(有斐閣、2003年)114頁を参考に作成

3 政策(案)形成段階

この段階は障がい者制度改革という政策課題を解決するため、具体的な関連情報の分析を通じて原案を作成する過程で、推進会議や部会に期待されたのはこの段階での議論である。実際に推進会議は、第一次・第二次意見を取りまとめ、この役割を果たした。重要なのは、推進会議が作成した「原案」が政府による政策決定(前記〈モデル〉政策決定)にどの程度反映されたかである。この段階で表面化した問題は、1.他省庁設置の審議会との競合と2.障害者施策をめぐる省庁の抵抗だった。

2009年に内閣府に設置された地域主権戦略会議の方針によれば、地域における障害者関連施策の義務規定や当事者参加等の規定を一律に自治体の裁量に委ねられるとも受け取られた。その結果、障害者施策の地域間格差がさらに増大し、これまでの障害者運動により実現してきたさまざまな成果が大きく後退するのではないかとの危惧が推進会議に広がった。文部科学省の中央教育審議会に置かれた特別支援教育の在り方に関する特別委員会(特特委)は、インクルーシブ教育のあり方に関し推進会議と異なる方向を目指すのではないかとの懸念も推進会議では共有された。

省庁の抵抗は随所に見られたが、障害者基本法の改正を例に説明しよう。推進会議の多くのメンバーは、障害者の権利主体性を改正法に盛り込むことを強く主張した。しかし、結果的には、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の「実現は、全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを前提としつつ」(第3条:下線部引用者)、……あらゆる分野の活動に参加する機会などの確保を図られなければならないものとされた。「権利を有する。」と規定されれば、障害者の権利主体性を障害者基本法に定めたことになるが、権利性を明確に規定するのは「基本法」の性格になじまないなどの理由から、「権利を有することを前提としつつ」との法令文としては珍しい表現にとどまった。

このように、推進会議が関わったのは「原案作成」の前段階にすぎず、その最終段階である内閣府と各省庁の折衝や内閣法制局による法律案の審査などの過程で、当事者の立場から示された推進会議の見解に修正が加わったといえよう。なお、「原案作成」の前段階と後段階で、推進会議での検討成果を生かすため奮闘された内閣府政策統括官(共生社会政策担当)、障がい者制度改革推進会議担当室長ならびに同室職員のみなさまに敬意を表したい。

4 障害者政策の執行(実施)と障害者政策委員会の役割

当事者参画の下でいかに実質的な障害者政策が形成されても、それらが実際に実施されなければ意味がない。政策形成とともに政策実施が重要である。

政府は障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、障害者基本計画を策定しなければならない。改正障害者基本法では、首相は関係行政機関の長に協議するとともに、障害者政策委員会の意見を聴いて、障害者基本計画の案を作成し、閣議の決定を求めるものとされた(第11条4項)。同委員会は障害者基本計画に関して調査審議し、施策の実施状況を監視する役割を担う。同委員会は首相や関係大臣に勧告し、勧告を受けてどのような施策を講じたのか報告させたりする権限を新たに持つ(第32条)。

障害者政策委員会は現在の内閣府に置かれた中央障害者施策推進協議会を改組するものだが、障害者基本計画の策定や実施状況の監視等について格段に権能が強化された。東日本大震災で被災した障害者の経験を生かした障害者基本計画を策定し、国・自治体の防災計画の形成・実施過程に障害者の視点と意向を反映させることも、同委員会の重大な使命となろう。

障害者政策委員会(30人以内)の委員は、「障害者、障害者の自立及び社会参加に関する事業に従事する者並びに学識経験のある者のうちから」首相が任命する。「委員の構成については、同委員会が様々な障害者の意見を聴き障害者の実情を踏まえた調査審議を行うことができることとなるよう、配慮されなければならない。」(第33条)。当事者主体の推進会議で形成された障害者政策の実施段階での監視を担う障害者政策委員会も、当事者中心で構成されるのが望ましい。

結びにかえて

これまでの障害当事者の蓄積された思いを当事者の肉声で表現する場として、障がい者制度改革推進会議は十分に機能してきた。しかし、この声が制度改革にどの程度生かされたのかについては、厳しく評価せざるを得ない。1.各省庁の守旧的姿勢、2.これを打破する方向での政治的意思・力量の不十分さ、3.行政との折衝、立法過程でのパフォーマンス等における当事者委員を含む推進会議全構成員の技術的力量の不足、等々がその背景にあると思われる。

しかしながら、こうした消極的評価は甘受しつつ、障害者政策の形成過程において推進会議が果たしてきた歴史的役割は十分に評価すべきである。1.当事者参画による制度改革の試み、2.短期間に集中審議し、そのため多くの時間と労力を傾注したこと、3.会議の全容を内閣府ホームページ上で動画配信したこと、4.傍聴希望者が毎回受け入れ規模を超える程だったこと、5.不慣れながら、政治・行政と果敢に渡り合い、また広く市民に問題の所在とあるべき方向性を明確に提示しつつあること、は今後のさまざまな分野での制度改革に引き継がれる貴重な経験である。

政府政策の形成・実施過程では、複数の異質な政策案が多元的に提示されれば、より良い政策が形成され、その結果、より質の高い政策が実施されることになる。このためには、政策過程のあらゆる段階が官僚や政治に独占されず、市民参画型で、公開・透明に進行するのが理想である。

従来の政府政策は、官僚が素案を提示し、これを官主導の審議会で多少お化粧直しし、パブリックコメントを経て決定されるのが通例であった。しかし、当事者主体の推進会議はこの慣例を打破した。「私たちのことを、私たち抜きに決めないで!」は障害者政策の形成と実施の全過程でも守られるべき大原則である。

市民参画による障害者政策の形成を実践した推進会議の経験は、今後あらゆる分野で、政府政策の形成過程に影響を及ぼすことになろう。また2012年に設置される障害者政策委員会では、この経験が生かされるであろう。障害者政策委員会が、障害当事者による、当事者の要望を踏まえた障害者政策の実施を、障害者の視点から監視する場として機能することを期待したい。

(やまざきこうし 神奈川大学教授)