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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年4月号

「自立支援法一部改正」は政治責任の放棄だ

福島智

2012年3月13日、民主党・野田内閣は「障害者自立支援法」の一部を改正する「障害者総合支援法案」を閣議決定し、同法案は国会に上程された。法案の正式名称は、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」案である。

法案は基本理念として、障害者がどこで誰(だれ)と生活するかを可能な限り選択する機会を確保することを記し、障害者の範囲に難病患者を追加した。しかし、本質的には旧来の自立支援法が温存されたと考えざるをえない内容だ。

何が問題なのか。まずはこれまでの経緯を確認したい。

「違憲訴訟」と政権交代

「障害者自立支援法」は、少なからぬ反対を押し切る形で、2005年10月に成立した。

「応益負担」を原則とする同法は、障害が重く支援の必要性が大きい障害者ほど利用者負担も増大するという、国際的にも異例の仕組みを採用した。

これはわが国の従来の障害者施策にもなかった考え方である。この自立支援法に組み込まれた応益負担の考え方は、日本国憲法の基本的人権の規定に反するものではないかとの指摘がなされた。また、2006年12月に国連で採択され、翌年9月にわが国も署名した「障害者権利条約」に明記されている「人間としての尊厳」や「地域生活の権利」にも抵触するとの批判も各方面から出された。

こうした関係者の声も背景に、2008年10月、「障害者自立支援法違憲訴訟」が提起される。全国の障害者ら71人が、14地裁において、被告である国に対し、障害者の尊厳と生存の権利を訴えたのである。

一方、2009年の政権交代時の衆議院選挙で、民主党はマニフェストにおいて、「障害者自立支援法を廃止し、新たに障がい者総合福祉法を制定する」と公約した。2009年9月、政権交代が実現する。

そして、同年12月、鳩山総理(当時)を本部長とする「障がい者制度改革推進本部」が設置されたのである。

その翌月、2010年1月には同推進本部の下に「推進会議」が発足し、さらに、同年4月には「総合福祉部会」が設置された。

推進会議は障害者権利条約を批准するための国内法制定のための改革会議である。それは、現行の障害者自立支援法の骨組を障害者が権利の主体となる法律に根本的に組み替えることを目的とした会議である。また、新たな法体系を構築するための提言を諮問されたのが、総合福祉部会だ。

こうした動きと並行するように、「違憲訴訟」も推移した。2010年1月には、「違憲訴訟」において、政府・民主党は自立支援法の問題点を認め、原告・弁護団と「和解」に向けての「基本合意」を締結する。当時の長妻厚生労働大臣が合意文書に署名したのだ。

「基本合意」の概要の一部は、次のようなものだ。

・国は、(中略)遅くとも平成25年8月までに、障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を実施する。

・障害福祉施策の充実は、憲法等に基づく障害者の基本的人権の行使を支援するものであることを基本とする。

・国は、障害者自立支援法を、立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行するとともに、(中略)障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに対し、(中略)心から反省の意を表明するとともに、この反省を踏まえ、今後の施策の立案・実施に当たる。

こうして、同年4月に全訴訟での「和解」成立という経過をたどった。

推進会議と総合福祉部会

推進会議と総合福祉部会は、違憲訴訟における「基本合意」を具体化するという役割も担うこととなり、精力的に審議を重ねた。推進会議は1回あたりおおむね4時間で、2012年3月12日までに38回の開催。総合福祉部会も、1回あたりおおむね4時間で、2012年2月8日までに19回を開催した。

推進会議は2010年6月7日に「第一次意見」を推進本部に提出し、同月29日には閣議決定されている。

その閣議決定の冒頭では、次のようにその主旨が高らかに述べられている。

「政府は、障がい者制度改革推進会議の『障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)』を最大限に尊重し、下記のとおり、障害者の権利に関する条約の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革の推進を図るものとする。」

そうして、2011年8月30日には、総合福祉部会の55人の構成メンバーの総意として、「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」(「骨格提言」)が策定されたのである。

新法案の問題点

こうした経緯を踏まえると、当然の帰結として、「新法案」は、「骨格提言」を最大限に尊重したものとならねばならない。しかし、実際には、骨格提言は、事実上黙殺されたに等しい状態にある。

たとえば、障害程度区分の廃止が見送られたこともその一例だ。障害程度区分は、必要な支援内容を決める目安である。心身の状態に応じて6段階に区分・判定される。

しかし、障害者の抱える困難は各人で状況が複雑に異なり、本人の支援の必要性やその内容は、それぞれの生活実態に応じて多様である。

それなのに、介護保険スタイルでおおざっぱに区分されてしまうと、適切で適正な支援ができないという問題が従来から指摘されている。

また、骨格提言には、成人の障害者本人に高額所得がある場合や未成年の障害児の場合を除いて、日常生活などで必須の支援は原則無料とすることを求めているが、新法案では触れていない。

民主党は2010年12月の「つなぎ法」から低所得者を無料にし、事実上「応能負担」になっているとしている。だが、低所得かどうかは配偶者の所得も合算して判断しているので、結局、「障害者は家族で面倒をみる」という旧来形の発想から抜け出せていない。

閣議決定の矛盾

骨格提言が新法案にほとんど反映されていないのはなぜだろうか。筆者はその根本的な原因は、民主党の政治的な責任放棄にあると考える。

まず、同じ民主党政権において、政府の諮問機関が策定した「提言」という答申を、同じ政府が軽視・無視すること自体、極めて異常な事である。この異常さを象徴しているのが「閣議決定の矛盾」だと筆者は考える。

先述の2010年6月29日の閣議決定文書の中には次の記述がある。

「応益負担を原則とする現行の障害者自立支援法(平成17年法律第123号)を廃止し、制度の谷間のない支援の提供、個々のニーズに基づいた地域生活支援体系の整備等を内容とする『障害者総合福祉法』(仮称)の制定に向け、第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成24年常会への法案提出、25年8月までの施行を目指す。」

「第一次意見」を拡張・充実させたものが、昨年の骨格提言である。それが2012年3月13日の閣議決定された新法案では、骨格提言がほとんど反映されていない。

また、「障害者自立支援法を廃止」すると、先の閣議決定では明記されているにもかかわらず、今回閣議決定された新法案は、「自立支援法の一部改正」に他ならない。

これはどう考えても、「矛盾した決定」であり、こうした矛盾が根底にあれば、そこから派生するさまざまな問題に、より多くの「矛盾」や「詐称」が生じるのは必然的だといえるだろう。

福祉行政を担う厚生労働省の責任も、もちろん、問題ではある。しかし、同省のスタンスはある意味で一貫している。

それに対して、政治主導を唱えながら、政治的責任を放棄したとしか思えないようなこうした「矛盾」を露呈させている状況は、極めて深刻である。民主党は政権交代時の初心に立ち返り、骨格提言を新法に最大限反映させるように努めてもらいたい。

今回の障害者をめぐる問題は、一つの象徴的な事例である。この国の政治のあり方を思う時、深い絶望を禁じえない。むろん、その責任の一端は、私たち国民一人ひとりにも問われている。

(ふくしまさとし 東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野教授、社会福祉法人全国盲ろう者協会理事)