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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年4月号

ほんの森

期待を超えた人生
全盲の科学者が綴る教育・就職・家庭生活

ローレンス・スキャッデン著 岡本明訳

評者 花田春兆

慶應義塾大学出版会
〒108―8346
港区三田2―19―30
定価(本体2800円+税)
TEL 03―3451―5665
FAX 03―3454―7024

まさに期待以上のものだった。

昨年(2011)障害者週間の中のシンポジウムの一つが、アート(芸術・文化)をテーマに、従来の専門の法・制度中心のものには無かった特色を、一般的なテーマを借りて親しみやすい形で打ち出していた。しかも、掲げたキャッチフレーズは“だからできること”つまり、障害者だからやってきたこと・やれることの強調を、広く天下に公表しようというのだ。

おおかた一般の常識からは、怪訝(けげん)の視線で迎えられそうだが、実はすでに一冊の本が、見事に実証して見せていたのだから驚きだ。それが、『期待を超えた人生』。

分野がアートでなくて科学なのが少し残念だが、障害当事者だから描けた、でなくては書けないこと、を証明して見せているのだ。他からの視線ではなく自身内部からの視線、それも障害者意識をしっかりと自覚した上で、そこからの視線に徹して、腰を据えての発信であることが注目される。もう一つ見落としてならないのは、この著者が科学的心理学者として、揺るぎない実績と評価を、一般に認められた存在、だという点だ。

だからこそ、一般に迎えられ浸透して行けたのだ。さらに、浸透させるために、学術書ではなく一般向けの読み物として書かれ、読ませる読み物としても功を奏している以上、分野を超えて文学として認められよう。読みやすさの強調には、まず後に続く同じ障害をもつ仲間たちへ、親しく呼びかけようとの配慮があったのだ。

これだけ広範囲の特色を備えた人物、書きこなせる筆者が、ざらに居るとは思えない。決してただの障害当事者や、運動家の自伝ではないのだ。

――小さい頃のけががもとで失明した著者は、もともと数学が得意で、その才能を子どもの時から見せていたが、大学を卒業し、さらには博士号も取得して研究者、科学者としての道を歩むことになる。だが、その道は決して安易なものではなかった。望んだ研究所や大学には障害があるが故に採用を断られ、不安定な青年時代を過ごしたが、やがて適切なポジションを得てその能力が開花し、よき伴侶も得ることになった。たとえ障害があろうとも、本人の努力と周囲の理解・支援、適切な教育の機会があればその持てる力を十分に発揮できることを身をもって実証してみせている――

これは本書を手にする前に、訳者が示してくれた要約だが、触れてみると、落語の考え落ちのようなユーモアもあり、まさに期待以上に親しみへの配慮に満ちたものだった。さらにその訳者自身、障害当事者でこそないが、技術者として、40年近くパソコンの改良など障害者用福祉機器を手がけられている上に、地域で実際に障害者の現実に触れ、だからこそできる、を実証している彼なのだ。

(はなだしゅんちょう 俳人、本誌編集委員)