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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

障害者虐待防止法の施行と推進に向けて

曽根直樹

1 障害者虐待防止法施行に向けて

「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」が平成23年6月17日に国会で可決されました。この法律の目的は、障害者に対する虐待が障害者の尊厳を害するものであり、障害者の自立及び社会参加にとって虐待を防止することが極めて重要であること等に鑑み、虐待の防止、早期発見、虐待を受けた障害者に対する保護や自立の支援、養護者に対する支援などを行うことにより障害者の権利利益の擁護に資すること、とされています。

この法律は10月1日に施行されますが、それまでの間に国及び地方公共団体は、体制の整備、関係機関職員の資質向上、通報義務等について準備し、必要な広報・啓発活動等を実施し、法律の円滑な施行に向けその準備に取り組んでいく必要があります。その具体的なスケジュールは表のとおりです。

表 障害者虐待防止法施行に向けたスケジュール

年月 厚生労働省 都道府県 市町村
平成24年4月 ・市町村・都道府県マニュアルの作成・配布
・体制整備状況調査(第1回)
・体制整備に向けた準備
・都道府県障害者権利擁護センターを市町村等に周知
・労働局等との連携会議
・市町村への助言・指導
・業務マニュアル等策定
・体制整備に向けた準備
・市町村障害者虐待防止センターを地域住民、関係機関に周知
・地域の関係機関との連携会議
・業務マニュアル等策定
5月      
6月      
7月 ・都道府県職員向け研修開催 ・厚生労働省研修受講
・市町村職員・事業者向け研修開催
・都道府県研修受講
8月  
9月  
10月(施行) ・体制整備状況調査(第2回)

また、国、地方公共団体等の具体的な取り組みは次のとおりです。

2 国における取り組み

(1)障害者虐待防止・権利擁護研修の実施

厚生労働省では、都道府県が行う障害者虐待防止に係る研修の企画運営に携わる者等を対象に研修指導者養成研修を平成22年度から実施しています。本年度は6月または7月に実施する予定です。

(2)市町村・都道府県マニュアルの作成・配布

本年4月に、市町村、都道府県を対象とした「市町村・都道府県における障害者虐待の防止と対応」を作成し、配布しました。

本マニュアルは5部構成となっており、第1部では、障害者虐待防止の基本として、障害者虐待の定義や障害者虐待を未然に防ぐための基本的視点、虐待の判断に当たってのポイント、国、都道府県、市町村、国民の責務などを示しています。第2部では、養護者による障害者虐待の防止と対応、第3部では、障害者福祉施設従事者等による虐待の防止と対応、第4部では、使用者による障害者虐待の防止と対応を示しています。第5部では、参考資料として法律の全文と障害者虐待防止対策支援事業実施要綱などを掲載しており、市町村・都道府県における実施体制の整備や運営に活用できるものとなっています。

(3)障害者虐待対応状況等の調査

市町村、都道府県における市町村障害者虐待防止センターや都道府県障害者権利擁護センターの準備状況、職員研修の受講状況、啓発事業の実施状況などについて、年度当初及び法施行時の二つの時点で調査を行い、体制整備を促進します。さらに必要に応じて適宜調査を行い、体制整備の状況を確認することとしています。

3 都道府県における取り組み

(1)都道府県障害者権利擁護センターの設置

都道府県においては、都道府県障害者権利擁護センターを本年10月までに設置することとされています。都道府県障害者権利擁護センターは、次のような業務を行います。

1.使用者による障害者虐待の通報または届出の受理。

2.市町村相互間の連絡調整、市町村に対する情報の提供、助言その他必要な援助。

3.虐待を受けた障害者に関するさまざまな問題及び養護者に対する支援に関し、相談に応ずることまたは相談機関の紹介。

4.虐待を受けた障害者の支援及び養護者に対する支援のため、情報の提供、助言、関係機関との連絡調整その他の援助。

5.障害者虐待の防止及び養護者に対する支援に関する情報の収集、分析、提供。

6.障害者虐待の防止及び養護者に対する支援に関する広報その他の啓発活動。

7.その他障害者に対する虐待の防止等のために必要な支援。

(2)都道府県研修の実施

都道府県においては、国研修の参加者を中心に、都道府県の自立支援協議会等を活用し地域における関係機関の参加の下、市町村職員、相談支援事業者、サービス事業者向けに障害者虐待防止のための研修が実施されています。本年の研修は10月までに行うこととしており、都道府県内全市町村の担当職員が受講することを目標としています。なお、研修は、演習による事例検討を含め、次の内容を一体的に行います。

1.障害福祉サービス事業所等従事者研修=障害者虐待の防止に関する基礎知識や障害者の権利擁護に関する意識啓発、障害者に対する虐待や不適切な対応を防止するための障害特性にも配慮した支援方法についての研修。

2.障害福祉サービス事業所等管理者研修=障害者虐待の防止に関する基礎知識や障害者の権利擁護に関する意識啓発、障害者虐待の防止のための組織・運営体制についての研修。

3.相談窓口職員研修=障害者虐待の通報を受けた際の対応方法や虐待を受けた障害者に対する支援に関する専門的知識、援助技術についての研修。

(3)体制整備に向けた具体的な準備

都道府県障害者権利擁護センターについて、住民や関係機関へ周知すること、使用者虐待に対応するため、都道府県労働局等の関係機関との連携会議の開催、市町村の準備状況に対する助言、サービス事業者への指導、業務マニュアル・指針等の策定を行うことなどがあります。

4 市町村における取り組み

(1)市町村障害者虐待防止センター

市町村においては、市町村障害者虐待防止センターを本年10月までに設置することとされています。市町村障害者虐待防止センターは、次のような業務を行います。

1.養護者、障害者福祉施設従事者等、使用者による障害者虐待の通報また障害者からの届出の受理。

2.養護者による障害者虐待の防止及び養護者による障害者虐待を受けた障害者保護のための障害者及び養護者に対する相談、指導及び助言。

3.障害者虐待の防止及び養護者に対する支援に関する広報その他の啓発活動。

(2)体制整備に向けた具体的な準備

市町村障害者虐待防止センターについて地域住民や地域の関係機関等へ周知すること、地域の関係機関との連携会議の開催、業務マニュアル・指針等の策定、都道府県が実施する障害者虐待防止研修への職員の受講などを行うこととしています。

(3)居室の確保

市町村は、養護者による虐待を受けた障害者を一時的に保護するため、及び養護者の心身の状態から、緊急に養護者の負担軽減を図る必要がある場合などのために居室を確保するための措置を講ずることとなっています。

(4)成年後見制度の利用促進

虐待に係る通報等のあった障害者や財産上の不当取引の被害を受けるおそれがある障害者等についての市町村長による成年後見開始の審判請求や、成年後見制度が広く利用されるための経済的負担の軽減措置等について準備を進める必要があります。

5 虐待防止のためのネットワークと体制づくり

(1)虐待防止ネットワークの構築

市町村、都道府県は、障害者虐待の防止や虐待を受けた障害者の保護及び自立の支援並びに養護者に対する支援を適切に実施するため、関係機関、民間団体等との連携協力体制を整備しなければなりません。具体的には、その役割と関係者の範囲ごとに、以下のネットワークを構築することが考えられます。

1.地域住民、民生児童委員、社会福祉協議会、知的障害者相談員、家族会等からなる地域の見守りネットワーク。

2.障害福祉サービス事業者や相談支援事業者など虐待が発生した場合に素早く具体的な支援を行っていくためのネットワーク。

3.警察、弁護士、精神科を含む医療機関、社会福祉士、権利擁護団体など専門知識等を要する場合に援助を求めるためのネットワーク。

これらのネットワークを構築するため、自立支援協議会の下に権利擁護部会を設置するなどして、定期的に、地域における障害者虐待の防止や対応に関わる関係機関等との情報交換や体制づくりの協議等を行い、地域の関係機関のネットワークの強化を図っていくことが考えられます。また、制度として先行している高齢者や子どもの虐待防止に対する取り組みとも連携しながら、地域の実情に応じて効果的な体制を検討していくことが必要です。

(2)相談・通報・届出に対する組織的対応

在宅で養護者による障害者虐待が起きる場合には、養護者自身が何らかの支援を必要としている場合が少なくありません。市町村においては、日頃から虐待のリスク要因を有する家庭の把握に努め、その要因を分析し、居宅介護や短期入所などの制度を活用するなど、養護者に対して適切な支援を行うことで、虐待を未然に防ぐことが求められます。その上で、虐待の相談、通報、届出を受けた場合に備えて、次のような組織的対応のための体制整備が求められます。

1.個別ケース会議の体制の明確化

相談・通報・届出を受けたときには、直ちに虐待の疑いがあるかどうか及び緊急対応が必要な場合であるかどうかを判断する必要があります。判断に当たっては相談等の受付者個人ではなく、担当部局管理職や事案を担当することとなる者、市町村障害者虐待防止センターの担当者などによって個別ケース会議を開催し、組織的に行うことが重要です。ここで、更なる事実確認の方法や今後の対応方針、職員の役割分担などを決定します。そのために、緊急の事態に速やかに対応ができるよう、事前に各々の具体的な役割を明確化しておくことが必要です。

2.時間外の対応の体制整備

障害者虐待に関する通報等に、休日・夜間でも迅速かつ適切に対応できる体制(時間外窓口、職員連絡網、夜間対応マニュアル等)を整備しておくことが必要となります。このとき、受付機能だけではなく、組織的判断や緊急対応などが適切に行える体制とすることも必要です。そのため、関係する組織との連絡会議の開催など、日常的な意見交換が重要です。

6 普及啓発

市町村、都道府県は、地域住民をはじめとする関係機関等に対し、障害者虐待防止に関するパンフレットの作成や広報誌への掲載、シンポジウムの開催等により普及啓発活動を行います。

7 障害福祉施設・使用者・学校・保育所等・医療機関における推進

障害者虐待防止の取り組みは、障害福祉主管課だけでなく、労働、教育分野との連携や、高齢者虐待、児童虐待所管部局との連携を図ることが大切です。障害者福祉施設の設置者、使用者、学校の長、保育所等の長、医療機関の管理者は、従事者等の研修の実施及び普及啓発、相談体制の整備、苦情処理体制の整備などの虐待を防止するための措置をとることとしており、積極的な取り組みが求められます。

8 障害者虐待防止対策支援事業の実施

厚生労働省では、平成22年度から、地域における関係機関等の協力体制の整備や支援体制の強化を図るための「障害者虐待防止対策支援事業(国庫補助事業)」を創設し、障害者虐待防止の取り組みの強化を図っているところです。

市町村、都道府県においては、前述の施行準備に取り組んでいただくとともに、国庫補助事業を積極的に活用し、関係部局や関係機関との連携の下、地域における障害者虐待防止のための体制整備等に着実に取り組み、障害者虐待防止の推進を図ることが求められます。

(そねなおき 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域移行・障害児支援室虐待防止専門官)