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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

障害者虐待防止にどのように取り組むのか
~「権利擁護支援センター」の実践から~

上田晴男

はじめに

兵庫県芦屋市では、高齢者虐待防止法の施行に対応して地域における権利擁護支援システムの構築に向けて取り組んできた。その結果、平成22年7月に全国で初めて総合的な権利擁護支援を行う「権利擁護支援センター」が誕生した。ここでは、権利擁護専門相談や虐待対応を含めた専門支援、支援ツールとしての成年後見制度の活用等を図る後見センター機能、暮らしやすい地域づくりにつながる権利擁護支援ネットワークの構築という三つの大きな機能を持つ権利擁護に特化した総合的な支援を行っている。今年10月に施行される障害者虐待防止法に基づく虐待対応についても取り組むことになる。そこで、地域での権利擁護支援活動として虐待対応を行う立場から障害者虐待防止法への期待と課題について整理したい。

1 地域の権利擁護支援と障害者虐待防止法~何が変わるのか~

障害福祉関係者や地域で権利擁護支援に取り組む人々にとって念願であった障害者虐待防止法がいよいよ10月から施行される。このことの意義やもたらす変化として、1.法的根拠の確立、2.責任の所在の明確化、3.中核的な支援機関の設定、4.システム化の推進、5.専門性の蓄積、が挙げられる。

第一は、当然のことであるが、虐待状況に陥っている障害者への支援介入を行うための法的根拠が確立されたことである。高齢者においても「高齢者虐待防止法」の施行により、これまでなかなか社会的な支援として介入できなかった虐待について、毎年多くの通報を受けて対応が進んでいる。それは何よりも法的根拠が明確になったからと言える。

次に確認しなければならないのは、高齢者を含めて「虐待防止法」は、「虐待」という状況に陥っている当事者への介入・支援を含めた虐待防止の取り組みを行政責任として位置付けたものということである。このことは、ともすれば虐待防止法が虐待者を厳しく取り締まるものと理解され、しばしば本人や家族、事業者等を委縮させ、基本的な相談・報告等を含む「通報」を躊躇させる結果につながることを懸念しているからである。むしろ、こうした当事者ではなく、都道府県や市町村という行政にこそ強い緊張感と責任感を持って取り組むことが求められる。障害者虐待防止法の施行による「変化」は、各地域における行政の取り組み内容によって具体化されるのである。

この取り組み内容にも関わるが、都道府県に障害者権利擁護センター、市町村に障害者虐待防止センターという障害者虐待対応の中核的な役割を果たす機関の設置が図られたことは、地域における権利擁護システムの構築につながるものであり、その中で支援の具体的な方法等に関する専門性も蓄積されていくことにもつながる。

2 障害者虐待防止に向けて期待されること

障害者虐待防止法では、高齢者虐待防止法と異なる点がいくつかある。この部分が、障害者虐待防止に向けて「期待されるポイント」となっている。

その一つが通報義務の要件である。高齢者虐待防止法では、「生命又は身体に重大な危険が生じている場合」に通報義務を設定しているが、障害者虐待防止法ではこの文言がなく、「発見した者は、速やかに、通報しなければならない」としている(第7条、16条)。

これは日本語の「虐待」という表現(意味として、「むごく扱うこと」、「残酷な待遇」が挙げられている)とも相まって、通報義務を生命または身体の重大な危機がある場合としたことで通報のハードルが上がり、躊躇することにつながり、その結果、対応が遅れて悲惨な事態を招く場合もあることから、今回の「改訂」につながったのではないかと考えられる。このことにより「~かもしれない」の段階での通報(早期発見・早期対応)につながることが期待される。

二つには、身体的虐待の定義に「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」が明示されたことが挙げられる。高齢者虐待防止法ではこの文言がなく、マニュアル等で解説されているのみである。このことは、とりわけ「障害者福祉施設従事者による虐待の防止」を進める上で、行動障害等のある障害者に対して安易な身体拘束による対応を行うことを戒めることにつながり、大きな意味を持つと考えられる。

三つには、高齢者虐待防止法にはない「使用者による虐待」を位置付けたことが挙げられる。このことは障害者雇用の現場での障害者差別の防止や障害特性を踏まえた合理的配慮の確保にもつながり、障害者の社会参加にとって大きな役割が期待される。但し、現実には雇用確保が優先され、労働条件や職場環境の整備、職員との関係調整等についてまで配慮を求めることは厳しい状況にある。しかし、「使用者による虐待」防止について周知を図り、その対応に職場全体で取り組むことは一般の労働者にとっても環境等の改善につながることであり、障害者を雇用している事業所にとっても大きなメリットにもなると考えられる。

3 残された課題

障害者虐待防止法の成立が遅れた要因の一つに虐待対応の対象範囲に関する問題がある。結果的に学校や保育所は「虐待防止に必要な措置を講じる」という範囲にとどまり、今後の対応は3年後の見直しに委ねることになっている。この点は、まさに「残された課題」と言える。10月施行を控えて、具体的な地域での取り組みにかかる「残された課題」について整理したい。

一つは障害者虐待防止法の周知と「虐待」に関する理解の促進についてである。法の周知はパンフレットの配布や研修会で一定程度図れるが、「虐待」自体の理解と対応の考え方については、まずは行政や支援機関がその意味を理解することが必要である。

つまり、「虐待」とは社会的な支援を必要としている状態であり、当事者だけでは改善を図ることができない状況であるという理解である。そのため、直接的な「虐待行為」の有無にかかわらず、本人の状態や生活、および関係性に関する「気になる変化」に注目して(図1)、早い段階で通報(=報告、相談を含む)することが必要なのである。「虐待認定」とは、行政を含めた社会的な支援機関による介入・支援の必要性の確認であり、そのニーズ調査の根拠が「通報」である。こうした点について十分に確認することが求められる。

図1 虐待(支援ニーズ)の発生要因
図 虐待(支援ニーズ)の発生要因拡大図・テキスト

二つには、「障害者虐待対応マニュアル」の作成がある。国のマニュアルがようやく明示された。この内容を基に、都道府県版や市町村版を作成して周知・確認することが必要である。地域レベルでのマニュアル作成には、1.行政や支援機関が作成に関わることで虐待対応プロセスの理解が深められる、2.地域状況を反映した対応プロセスを設定することができる、3.とりわけ相談支援との役割分担や協力体制の設定は地域で異なることから実践的なマニュアルが作成できる等の意味がある。これらの点を確認して早急に作業を行うことが必要である。

三つには、地域の権利擁護支援体制の構築を含めた検討を行い、虐待対応を円滑に進めるための支援機関の確立が求められる。具体的には、虐待対応における法的支援(法律職の確保と活用による対応)を確保することや、成年後見制度の利用が必要な案件に対して法人後見等の第三者後見人を確保できる体制が求められる。また、使用者による虐待案件への個別支援を行うために、就業・生活支援センターとの連携を含めた「権利擁護支援ネットワーク」の構築も必要である。こうした対応を行うには、法律に規定された「虐待防止センター」では難しいと言える。

そこで、芦屋市や西宮市で設置された権利擁護に特化した専門機関である「権利擁護支援センター」の設置が改めて大きな課題となる。権利擁護支援センターでは、図2のようなシステムを前提に位置付けられている。ここでは「権利擁護支援者人材バンク」を設定して協力法律職(弁護士・司法書士)を確保し、権利擁護専門相談や個別支援等に活用している。また、市民にも権利擁護支援者養成研修を提供して受講修了者にさまざま活動を行う権利擁護支援者登録を要請して地域全体で取り組む支援体制づくりを進めている。

図2 地域における総合的な権利擁護支援システム(イメージ図)
図 地域における総合的な権利擁護支援システム(イメージ図)拡大図・テキスト

障害者虐待防止法は、先行する児童や高齢者の虐待対応における課題を一定程度踏まえながら独自のニーズにも対応できる内容になっている。すでに示したように法的にも改善すべき課題はあるが、何よりも地域での実践課題について具体的に取り組むことが今、求められる。

(うえだはるお 芦屋市権利擁護支援センター長)