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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

障害分野からみた虐待防止法の評価と課題

小野浩

全国ネットで放映された衝撃の告発映像

3月5日、TBS系列のJNNニュースで、和歌山県海南市の特別養護老人ホームの職員による認知症の入所者に対する乱暴な振る舞いと暴言の一部始終を撮影した内部告発と思われるDVD映像が放映された。放映されたのは、入浴時の脱衣場・洗い場での職員による以下のような暴言と対応である。

女性職員「○○くん」
男性入所者「はい」
女性職員「遊ばれてんねんで、かわいそうに」
女性職員「もうオモチャやな」

洗身介助を受けている男性入所者が身体を掻(か)こうとすると、「掻(か)いたらアカン」と注意する女性職員が男性入所者に手を上げたように見えると、キャスターは解説した。

その後、2人の女性職員が洗身後の男性入所者を更衣のために運ぼうとして転倒したが、床に落とされた男性入所者に詫びることなく、その女性職員は、「どうもないか? どうもあったら困るな。お前へりくつ言うな」と言い放つ。

さらに、着衣後の男性入所者に対して、女性職員は、こんな暴言を吐いている。

女性職員「くるくるパー」
男性入所者「それは何?」
女性職員「くるくるパー」
女性職員「死ぬのはお前やけどな。わかるやろ、100歳にもなれば」

放映されてはいないが、このDVDには、浴室のホースで水をかけられ、「冷たい」「痛い」と訴える入所者に対して、職員は「やかましい」と暴言を吐き、それも映像記録として残されていた。

JNNの取材に対して、同法人理事長を兼ねている副市長は、「入所者に対するお風呂場の件は不適切な言動があったのは事実。個人をいじめようとか虐待しようとかではなく、チームで動いているので、(入所者を)静かにさせる中でのやりとり」とコメントしているが、これは明らかに虐待である。実は、こうした虐待行為は氷山の一角に過ぎないと思われる。

絶えない高齢者虐待事件と虐待防止法

また4月14日付けの産経新聞では、和歌山県紀の川市のデイサービスセンター2か所での虐待・暴行事件後の経過が報道された。

2012年2月に事件が発覚し、25歳の介護士が暴力行為法違反罪で逮捕された。起訴状によると、2011年4月に入浴の際、服を脱ぐことを嫌がった認知症の女性利用者(88歳)の顔や頭を平手打ちしたことが明らかにされている。

同介護士は、2012年3月にも、おむつ交換や食事介助を嫌がった通所者の男性(81歳)の頭を平手で殴ったとして再逮捕された。他の職員による暴行事件も発覚し逮捕されたため、このデイセンターは管理者の逮捕にまで及び、2か所あったデイセンターのうち1か所は閉鎖された。

インターネット動画サイトを検索すると、その他にも多くの告発DVDが配信されている。すべてが事実であるかは定かではないが、厚労省の調査でも増加傾向は証明されている。

2011年に発表された2010年度調査の結果では、高齢者介護施設等の従事者による虐待の相談・通報は506件(前年度比24%増)、虐待判断件数は96件(前年度比26%増)、家庭での養護者による虐待の相談・通報は25,315件(8.2%増)、虐待判断件数は16,668件(6.7%増)であった。いずれも過去最高の件数である。

高齢者虐待防止法が国会で成立したのは2005年でありながらも、介護心中事件や虐待等は減少せず、さらに深刻さを増しているのはなぜなのか。

ウィズ町田での傷害事件の総括

ウィズ町田は、社会福祉法人制度の認可要件が緩和されたことを受けて、町田市内の複数の小規模作業所が共同で2001年に設立した。法人を設立したとはいっても、当初は小規模通所授産施設の運営だったため、無認可時代と変わらない補助金・職員体制にあった。

法人設立後4年目の2005年に、法人内の事業所で職員による傷害事件が生じてしまった。その事業所は重度の自閉症の人が多く、常にパニックや特異的な行動への対応が職員には求められる。しかしその年のある日、帰りに送迎車への乗車を一対一で支援する際に、支援とは程遠い暴力的な行為があり、利用者に大きなけがを負わせてしまった。それだけでなく当該事業所の対応が適切さを欠いていたため、利用者家族に対して精神的・身体的な苦痛をも与えてしまった。被害者家族からは被害届が警察に提出された。

ただちにウィズ町田理事会は、当該職員の処分とともに、被害者家族への親身な対応、原因究明のための調査委員会の設置、行政・関係機関への報告を行った。ここでは特に、原因発生の調査検討の結果について報告する。

職員体制の手薄い小規模通所授産施設であったことは否めないが、適正さを欠いた利用者のパニック時の支援方法(経験主義的な対応)、職員に対する日常的な教育・指導の欠如、管理者の指導性・責任能力の欠如などが明らかにされた。当該事業所職員の個別面談を踏まえて事業所職員による総括会議を行った際にも、職員間の意思疎通の曖昧さ、報告・連絡・相談などが日常化されていないことが浮き彫りになった。

ウィズ町田では、この事件を総括するなかで、法人の事業・運営等の理念を抜本的に見直し、さらにそれを単なるお題目とせずに、職員一人ひとりの意識や実践に浸透させることの重要性を確認し、そのための教育・研修プログラムの具体化を図った。

虐待防止法だけで解決するのか―権利主体と差別規定の明確化と法的規制が必要

施設・事業所での虐待行為を防ぐために必要なことは、利用当事者が権利主体であることを前提に利用者支援の理念や原理・原則を、管理者がいかに職員に徹底するかということである。また、それを日常的に現場で実際的に伝え、成果を点検し、さらに改善のための工夫を怠らないことである。

多くの高齢者介護施設では、介護保険制度がスタートしたと同時に、入所者を「ご利用者様」と呼称するようになった。障害者施設・事業所でも自立支援法の施行と同時に同様の現象がおこったが、それをもって利用者本位の支援の理念が育まれるとは、とうてい思えない。虐待防止法が制定されて以降も、高齢者介護事業所での虐待件数が減少しないことが、そのことを証明している。

障害分野での虐待防止法は始まったばかりであるため、その評価はできないが、法律の構成は高齢者の虐待防止法と同様である。そのため同法は、養護者(家族等)と施設・事業所という支援者側の注意・留意事項および報告義務、市町村等行政機関による監督・制裁措置が定められている。それ自体は、必要なことなのだろうが、もっと大切なことは、利用者本人の権利主体としての法的根拠とその保障である。

具体的には、高齢者や障害のある人たちが権利の主体であることを福祉法に明確に定め、その制度的保障の仕組みを定めることである。障害のある人が福祉サービスの顧客ではなく、権利主体者として必要十分な保障と支援を受けられる法律を制定することである。

その意味では、今国会に上程されている「障害者総合支援法」は、きわめて不十分である。また、現在検討がすすめられている差別禁止法において、直接的差別と間接的差別とともに、合理的配慮の欠如の具体的な規定を盛り込み、その禁止を法制化することである。障害のある人が真に権利の主体であることを明確化した立法が整備され、それに基づく必要十分な支援が保障されるとともに、差別の実態を法的に訴え、解決する制度が保障されなければ、虐待件数の増加への歯止めはかからないであろう。

(おのひろし 社会福祉法人ウィズ町田 赤い屋根)