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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

障害者虐待の現状を問う
―実態調査から見えてくるもの―

鈴木治郎

はじめに

国連で障害者権利条約が採択され、早期の批准が望まれているにもかかわらず、わが国ではいまだ批准されていない。一方で成年後見制度や日常生活自立支援事業など、地域生活における権利擁護の仕組みが導入され、障害者の人権・権利擁護がようやく重要視されてきているのも確かではある。

しかしながら、障害者が地域生活する上で何を悩んでいるのか、また、苦情をどのように訴え、それが真に解決されているのか等についての把握が十分なされていないために、障害者の現実がなかなか見えてこない。

そんな中で、障害者施設や精神科病床、職場等における障害者に対する虐待、人権侵害事件等が新聞やテレビ等のマスコミで報じられている。家族の障害者虐待や、施設での職員による虐待・暴行事件が後を絶たないのである。

虐待という事実があっても、「それは虐待だ」と言えない環境だったり、また表現する手段がなければ、虐待が無い(無かった)ことにされかねない。その上、「指導・訓練」にすり替えられ、結局は「自分が悪いんだ」とか「これはお前のための愛のムチなんだ」とされてしまい行為が正当化され、障害者自身に過剰なストレスを強いる。さらには、障害者が暴れたことが原因とみなされ、非社会的な行動を止めるための「抑制・拘束」という大義名分がまかり通る。

本当は、言葉を持たない障害者が暴れたのでも攻撃したのでもない、ただ「自分のことを分かってほしかった」のだという言葉も虚(むな)しく響く…。

これらの現実は、私たちの日々の相談活動から得られる実態からしても、「氷山の一角」に過ぎない。

日本に精神保健福祉法が成立するきっかけとなった、1983年の宇都宮病院事件は世界を震撼させ、DPI(障害者インターナショナル)の仲間が国際調査団に加わる等、原因究明に積極的に関与した。しかし、それから30年近く経つ今も、虐待をはじめとする人権侵害事件が後を絶たない状況である。

神奈川県人権権利擁護実態調査

筆者が所属している「特定非営利活動法人神奈川県障害者自立生活支援センター」では、平成21年度に県の委託により「神奈川県障害者の人権権利擁護実態調査」を実施した。

調査は、当事者によるピアカウンセリングの手法を用いて施設訪問および在宅訪問を行い、障害者の置かれている現状を調査し、差別や人権侵害、さらに虐待などの実態等を把握することを目的とした。調査票を施設入所者、在宅者用に分けて聞き取りを行うとともに、各地域の障害者団体(自立生活センターなど)を通じて郵送やメールによる調査も行った。配布件数1,143件で、回収件数708件(在宅者:529件、入所・入院者:179件)、回収率61.9%となっている。

「在宅者」の状況

1.障害の状況(重複有り)

「肢体不自由」252人(49.4%)、「知的障害」143人(28.0%)、「精神障害」106人(20.8%)、「言語機能障害」28人(5.5%)、「視覚障害」26人(5.1%)、「聴覚障害」20人(3.9%)、「内部障害」16人(3.1%)、「その他」24人(4.7%)

2.以前、施設あるいは病院に入所(入院)していた際の不満について(複数回答)

「特に不満はない」153人(48.3%)、「食事や風呂・トイレなどの不満、不当な扱いを受けたことがある」55人(17.4%)、「プライバシーの侵害を強く感じたことがある」49人(15.5%)、「外出・外泊について不当な制限があった」34人(10.7%)、「無視され、放置された」32人(10.1%)

3.以前、施設や病院で受けた虐待行為類型について

「心理的虐待」23人(85.2%)、「身体的虐待」15人(55.6%)、「介助・介護の放棄、放任」11人(40.7%)、「経済的虐待」「性的虐待」がそれぞれ7人(25.9%)

「施設入所・入院者」の状況

1.障害の状況(重複有り)

「知的障害」103人(57.6%)、「肢体不自由」67人(37.6%)、「精神障害」15人(8.4%)、「視覚障害」「言語機能障害」それぞれ10人(5.6%)、「その他」14人(6.7%)

2.施設あるいは病院に入所(入院)中の不満について(複数回答)

「特に不満はない」74人(41.6%)、「プライバシーの侵害を強く感じたことがある」19人(10.7%)、「食事や風呂・トイレなどの不満、不当な扱いを受けたことがある」16人(9.0%)、「いじめや暴行・虐待などを受けたことがある」15人(8.4%)、「子ども扱いを受けたことがある」14人(7.9%)

3.施設や病院で受けた虐待行為類型について

「心理的虐待」11人(6.2%)、「身体的虐待」7人(3.9%)、「介助・介護の放棄、放任」4人(2.2%)、「経済的虐待」2人(1.1%)、「性的虐待」1人(0.6%)

次に紹介する自由記載(抜粋)の内容を見てみると、虐待の現状は改善してきているのかと暗澹(あんたん)とした気持ちになる。国民の三大義務の一つである「教育」の現場にあっても、それは変わらない。

・小学校~中学校時代、皆についていけないことで、いじめにあった。登校拒否をして「ひきこもり」になった。

生徒を守るべき立場の教師や大人たちは、その時何をしたのか。

・学校で集団によるいじめを受け精神を病んだ。それまでにもしつこいからかいや嫌がらせを何度も受けてきたが、それを放置し、原因をすべて本人(被害者)にあるとしてきた教師たちにはあきれるばかり。

では、社会に出た後に何が待ち受けていたのか。

・いじめにあった。辞める方向に仕向けられた。悩んだが、辞めるしかなかった。ついていけないから、仕事がない。いろいろな仕事をしたが、試用期間で首になることの繰り返しだった。

福祉的就労の場とされている作業所でも、

・作業所内で人権侵害があると思う。職員に家の鍵を取り上げられ外で寝ざるをえなかった人がいる。職員に乱暴な言葉を使われるため、通所時緊張してしまう。

生活の場や自立支援の場である福祉施設では、「福祉の心」が感じられない事例も報告された。

・ろう施設で職員から少しだけ失敗した時とかによく殴られ、傷もすごかった。言っても信じてくれなかった。職員は注意する時、殴るだけだった。

基本的な処遇方法を理解していないのではないか、と思える施設もある。

・施設職員による虐待(身体的、放任、心理的)。車いすの胸のベルトを強く締められ内出血させられた。ベッドの中でおむつを換える時と食事以外はずっと放ったらかしだった。怒鳴り、きつい言葉を使う。重ねたおむつを横になっている床のそばにドサッと落とす。まだ熱い食事を全部混ぜて口に詰め込み、むせるとタオルで口をふさぐ。本人が何も言えない。

さらに、制度・仕組み自体が生み出す虐待も記載されている。

・手が不自由だが、公立高校受験にあたり自己PR書が手書きしか認められなかった、結果は不合格。

調査から見えてくること

障害者虐待は、施設や病院などだけで行われているというのは先入観にすぎない。実際は、家族による虐待、父親が知的障害のある娘を性的虐待をしているとか、母が障害児を餓死させた傷害致死事件などが頻繁に報道される。無理心中に障害児が巻き込まれたりもする。家族による障害児・者殺しは何度も繰り返されてきたのである。

これまで「青い芝の会」が突き付けてきた、家族による障害者殺しは正当化されるのかという問題提起は、反面、障害者がこの社会でどのように生きていくのかを問いかける重い試金石である。

いまだこの社会は、障害があることを「不幸」とし、障害があることでもたらされる負担は、障害者や家族の責任だとしている。そのため、家族による虐待は、社会から追いつめられた家族と障害者との張りつめられた葛藤の過程で現れる。

障害者虐待事件における被害者のほとんどが、家族と暮らしたいと願っている。自らを、親や家族に苦労をかけ悲しませてきた「悪い自分」と苦悩し、家族をさらに苦しめる虐待の被害を自ら進んで語ろうとしなかった。

しかしながら、これら障害者虐待の実態は、障害者がこの社会を生きる時、いやおうなく降りかかってくる障害者差別なのである。

(すずきじろう 神奈川県障害者自立生活支援センター事務局長)